第8話 初仕事 後半
僕は浴槽の掃除をするために、レーニャさんとレンカと男湯に来ていた。
昨日入ったときは人がたくさんいたので気付かなかったが、ここも相当広い。セインってのはどんな資産家なんだろうか。
セインの貯金当てゲームをしても絶対に当てられないくらいたくさん持ってるのだろうか。
そんなバカなことを考えてる間に、レーニャさんが雑巾的な布を3つ持ってきた。心なしか雑巾よりは綺麗に見えたが、何より水着と質が同じなのである。
言ってしまえば、僕たちの履いている水着は雑巾だと言ってもおかしくないのだ。
どうやら異世界というのは、思った以上にレトロらしい。
そもそも魔法を使ってダイナミックに掃除をするのかと思いきや、ひたすら雑巾で磨くだけなのだ。
もしかして、過去に飛ばされただけなのでは....とすら疑問に思えてくる。
レーニャさんの方を見ると、ドジを踏むようなことはせずに慣れた手つきで磨いていた。
どうやらその辺の掃除は終わったらしく、雑巾で拭きながら移動するようだ。
だが、様子がおかしいのだ。前を見ようとせずにこちらに突っ込んでくる。おいおい....ラッキースケベはなさそうだなと思ったらこれかよ....。
避けようとした頃には彼女は僕の胸にダイブしていた。
「いったった....。あれ、ハーくん....?」
彼女は状況を呑み込めていないらしい。そう、仰向けに倒れた僕の上にうつ伏せで倒れているこの状況に。
いくら彼女の胸が主張することを知らないからとはいえ、多少の弾力はあるし何より可愛いので、正直なところ嬉しい。
「すいません、僕が前を見ずに拭いていたせいで....」
彼女にも面子があると思い、適当な嘘をついておいた。
「それ私もだよ、ごめんね!怪我はない?」
「僕のことより自分の心配をしてくださいよ」
両手で僕の顔を抑えて心配そうに覗きこむレーニャさんにそう言った。僕はこれでも人並みに鍛えているので、多少の怪我ならば平気なのだ。
「う、うん....平気だよ....ありがとね....?」
彼女は嘘をついていた。顔が赤くなっているのだ。きっとどこかにぶつけただろうに、我慢しているのか。
これ以上は何となく気まずかったので再び掃除をすることにした。
その後、1時間程かけて女湯の掃除も終わった。
あの事件があってから僕はレーニャさんの行動に度々目を配っていたが、彼女は時々顔を抑えて俯いてた。
そんなに痛いとは思わなかったので、悪いことをしたな。
気が付くと、昼飯どきだったので食堂に行って食事を済ませると。
レーニャさんが「動きやすい格好で門の前に来てとハーくんに伝えて欲しい」とレンカから聞いた。
どうして僕には言ってくれなかったのか。
それより、動きやすい格好も何も僕の持っている服は制服だけなのだ。それと、貸してもらっているタキシード調の服。どちらの方が動きやすいか考えながら部屋に戻ると、ベッドの上に服が置かれていた。
次はどのような、ビックリファッションが登場するかと思いきやこれまた予想していたものは違っていた。
普通なのだ。ごく普通。
上は胸元にリボンのついた薄手の白シャツ。その上に袖のない薄緑のベストのようなものが縫い付けられていた。
下はただの黒ジャージだった。
門のところで二人と合流してから気付いたのだが、どうやらレンカとおそろいになっているらしい。ベストのところが薄青という以外は全く一緒なのだ。
もしかすると、この服装が至って普通なのかもしれない。選ぶ必要がないという面では楽でいいものだが。
僕とレンカを交互に見ながら満足そうな顔をするレーニャさんがやっと口を開いた。
「次の仕事は、採集です。食料を探しに行きますよ〜」
来ました、採集!....あれ?採集なのか。
次こそ、異世界らしく魔法で野生の動物を狩猟したりできるのかと思ったのに。悔しいですっ!!
本当にここは異世界なのか?
徐々に僕はこんな疑問を抱くようになっていたのだが、この世界の恐ろしさを知ることになるのはまた別のお話ということで。
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時間を遡ること1日半。
中城ハジメの妹、中城アンナ。齢13の中学1年生。
そして、中城アンズ。上に同じ。
この双子の妹たちもまた、謎の光に包まれて見知らぬ土地に来ていた。
彼女たちの周りには、住宅街にはあるはずのない森が生い茂っていたのだ。そして近くには高床式倉庫から階段を取ったような小屋が1つあった。
これはどうやって中に入るのだろうか。考えても分かりそうになかった。
さて、ここらで状況整理は置いといて、この双子の話をしよう。
双子にしては印象が随分と違う、というのが大概の人の感想だ。
姉のアンナはモデル候補とも呼ばれるくらいのスタイルの良さとつり目気味のカッコいい系の顔を持ち合わせている。
何故モデルではなくモデル候補なのか。それは、彼女の性格にあった。
彼女は非常に自由で規律を気にしない質なので、問題行動を平気で引き起こしてしまう。その後、見た目だけで判断して彼女をスカウトした事務所がそれを知って呆れて手放すというわけだ。
それに比べて妹のアンズは姉に比べれば幼児体型と言える。さらに顔自体は姉とさほど変わらないのだが、決定的に違うのは目だ。アンズの目は、垂れ下がっている。
これが更に悪い方向に働いて、ロリコンの餌食となってしまった。
ロリコン自身に行動力がなかったのが唯一の救いで、彼女に話しかけるロリコンは一人としていなかった。
噂では、彼女のファンクラブが裏で働いていたとか....。
彼女の性格が姉と同じならばファンクラブなど存在しなかっただろうに、彼女はとてもお人好しに育ってしまったのだ。
どうやら幼い頃に兄によくしてもらったお礼にと、彼女が小学校高学年になった頃から兄に優しくしすきたのが、他の人にも態度に出てしまったらしい。
こうして、完璧美少女アンズは出来上がりました。
こんな真逆の双子は果たしてこの世界で生き残れるのでしょうか。
ハジメとレンカの知らないところで、新たな物語が動き出します....。