第2話 投げ出された世界で二人は。
中城ハジメは、大草原の真ん中に寝転んでいた。見渡す限りそこには草原が広がっているだけである。
草原で寝転ぶ、とは案外誰しも憧れるシチュエーションではないだろうか。このまま、時の流れから身を投げてしまいたい。嫌なことを忘れてしまいたい。こんな風に、何かあれば寝転がればいいのだから。そうすれば、草原は黙って包み込んでくれるのだから。
だが、世界はそれを許さない。例外無く人間は時の流れに身を委ねるしかなく、はっきりとした目標を持たずになんとなく忙しなく生きるのだ。
そんな中、中城ハジメ、彼は例外と呼ぶべき環境にあった。彼の住む住宅街は草原と化し、空には無数の星が見える。彼は星座に興味を持つほどのロマンチストでもないので、おそらくオリオン座などのれっきとした星座を見つけることはできないだろう。
そもそも、星座の捉え方は人それぞれだ。各々の感性によって形成されるものであるのに、一個人が自分の感性を押し付けて星座と決めてしまうのは傲慢以外のなにものでもない。
それも、「この世界」にそういった風習があればの話だ。今話した内容は、中城ハジメが「今まで住んでた世界」での話であるのだから...........
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頭がボーッとする。痛いというわけではないが、不快感を及ぼす類のものだ。相変わらず、さっきと身体の調子は変わらないようだった。
それでも、意識はハッキリとしているだけマシとも言えよう。いや、今の状況を冷静に分析して考えるとマイナスだ。超マイナス。
僕の寝転んでいるここはコンクリートじゃない。草だ。お世辞にも都会と呼べる場所には住んでいなかったが、ここまでの田舎は見たことがない。正直これだけでも絶望的なのだ。
見渡す限りの大草原に、建物も人気も一切なし。変な世界に連れてこられた上に、生き続けるのも不可能に近い場所に投げ出された。どれだけの悪行をしてくればこんな奇跡が起こるのか。僕はこんな異世界ファンタジーを知らないぞ。というか、こんな非日常を求めいたのではない。可愛い女主人の屋敷にニート要員として雇ってもらいたかっただけなのだ。お帰りくださいませ御主人様。
ただ、嫌なことばかりでもないようで、星はとても綺麗だった。レンカと二人で寝転がって、星座を数え合いたい....。思いをぶつけてくれたレンカと。
まぁ、僕自身は星座は全く知らない。数え合うというよりは教えてもらう形になるだろうが、それもいい。それでも、世界はそれをも許さない。見渡す限りの大草原ということは、そこにレンカはいないということだ。
と、状況整理はそろそろ終わりにして、レンカを探しに行かねばならない。クソ最悪の状況を最悪に変えてやろうじゃねぇか。
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こうして中城ハジメは突然放り出された異世界で、気味の悪いほどに落ち着いた様子で決意を固めるのであった。
生まれて間もない赤ん坊が危険な森へ突っ込んでいくかのように...。
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吉野レンカは才色兼備だと言われることがよくある。だが、それを嬉しいと思った回数は多くない。少しばかり、人より優れたものを授かっただけでこの扱いだ。
私も普通の人として生活をしたいだけなのに。友達は皆、上辺だけではそう振舞ってくれるが避けられている気がしてならない。
彼女たちは気付いていないだろうが、私は気付いている。私のいないときの空気といるときの空気に。これは私が優れてるのではなく、経験上知ってしまっただけだ。
それでもハジメだけは違った。最初あったときは、「可愛いけどめんどくさいやつ」と私を評した。それどころが、「お前妹みたいだよな」と年下扱いしたり、私がこの悩みを打ち明けたときは「めんどくささを極めてやがる」と、今まで散々な暴言を吐いてきたのだ。
そんなことができるのはハジメ、ただ一人だった。そんなハジメに抱く感情が徐々に変わっていったのを今でも鮮明に思い出せる。
変わった人間に抱く「興味」は、惚れた人間に抱く「興味」へと変わってゆく。よくあることなのかな。よくあることであれば、ハジメにもそうであって欲しい。
それぐらいに、ハジメのいないこの状況では寂しさが募る。ハジメのことを思わないと寂しさで死んでしまいそうであった。
見ず知らずの草原に一人でいるというのは、誰しも不安になる。それも、よく知った路地から急に変わってしまえば。
ハジメもそれは同じなので、ここに来てくれる可能性は決して高くないことは分かっていた。
なので、ここの住民でもいいから来て欲しいと願っているのも無駄のようだ。人の来る気配が全くしない。きっと、開発もされていないほどの田舎なのだろう。そんなところに足を運ぼうとは私も思わない。それくらいは分かっていた。
こんな状態では、目の前に広がる星の海も真っ暗に見える。大好きで、必死に覚えた星座もさっぱり分かりそうにない。
これが、才色兼備の吉野レンカの本性だ。寂しがりで、いざとなれば何もできずにその場で佇むことしかできない。
こんな風にどこにでもいる女の子になれば、もっと楽しかったのかな。きっと届かない恋もせずに済んだのかな。
今は辛いことを忘れたい。あわよくば、再び目を覚ましたときにはよく知った路地に戻りたい。そんなことを思いながら吉野レンカの意識は遠のいていったのであった。