左ストレート
改稿しました
ポーカーフェイスも、伯爵家にいた頃を思い出し、令嬢スマイルをよみがえらせることでマスターした。シナモンの胸にも慣れ、社交ダンスを踊るときのように、優雅な動きを心がければ、コインを取り出すことも簡単にこなせるようになった。護身術だけは不安が残るけど、いざという時は「男を再起不能にさせる方法」を思い出せば良い。ちょっとだけ体力もついた気がするし。
そんなこんなで、あっと言う間に一週間経ち、ついに作戦決行の前日となってしまった。今は居間で作戦会議中。
「まず、ブッフ子爵には高級娼婦の派遣会社から、新人の案内状を届けたよ。きっと執事の目にも入ってるはず。それから子爵夫人が毎週注文しているローヤルゼリーに、ぼくの特製の下剤を仕込んでおいた。きっと子爵は欲求不満だと思うし。念のためメイド達の紅茶缶にも同じものを入れておいた」
ポンムはそのすばしっこさで、三日前に宅配業者に潜入して、薬剤の混入に成功していた。
「ベル、君にはおとり役を引き受けてもらうよ。ぼくたちは言葉も粗野だし、テーブルマナーもなってない。でも君は生粋のお嬢様。子爵家主催の舞踏会に潜入して、ぼくらのサポートを頼むね」
そう。私は、みんなを屋敷に進入させるためのおとり。そして子爵や、執事、他のゲストの監視役だ。伯爵家で、一通りの教育は受けていたし、社交界デビューもまだで面が割れてないから都合がいいらしい。
それでも、あの女と鉢合わせする可能性はあるが。
「シナモンとミルクはいつも通り実行役ね。みんな、コール・ビーンズの用意は良い?」
ポンムの言葉に、耳に入っている小型通話魔導器を確認する。これもポンムが開発したもので、耳に入るほど小さいのに、みんなと通話できるという優れ物だ。ポンムの魔力持ちとしての才能はここにあるらしい。
「ベル、緊張するかもしれないけど、君はただパーティーを楽しんで。それが作戦成功に繋がる」
「はい。ごく自然に、ホント半分ウソ半分ですよね」
ポンムの教えだ。はったりは、百パーセントのウソじゃいけない。目を見て、堂々と答えるくらいホントのことも含んでいなくちゃいけないのだ。
「ベル、」
ミルクは私に呼びかけて、右フックからの連続ジャブに回し蹴りをかましてくる。私はそれを避けてかわして受け流す。
ミルクは満足そうに、ふっと微笑んだ。思いのほか、体が動くようになっていた。
「ミルク、私がんば……う!」
瞬間、腹部に強い痛みと衝撃を感じる。見れば、彼女の左ストレートがクリアに決まっていた。ゆ、油断した。
暗くなっていく視界の端で、ポンムとシナモンの焦った顔と、ミルクの口元が見えた。
「がんばれよ」
彼女は確かにそう言ってくれた気がする。
鏡に映る私は、自分で言うのも何だが、とっても美しかった。目の色に合わせた、レモン色のドレスは、春らしくオーガンジーが幾重にも重なった軽やかな形で、しかし上品過ぎないように肩ストラップなしの大胆なデザインだった。
あくまで今日の私は高級娼婦。社交辞令に飽きた子爵の暇つぶしのための女。それが上品過ぎては困るのだ。髪はシナモンの魔法で栗色になっている。彼女が使えるのはそういう簡単なものだけらしい。それでもやっぱりすごいと思うけど。
令嬢としては短めのボブヘアは色っぽくかきあげられて、現代的なスタイルになった。メイクも派手で、目の周りにはたっぷり墨を使ってもらう。ウヴァの手によって私は、身持ちの悪そうな、美人なお姉さんに変身した。
「ベルちゃん、とってもキレイ! 娼婦っぽい!」
そのほめ言葉、どうかと思うけど、作戦としては第一段階クリアだ。私が娼婦っぽくなかったら、どうしようもないから。
「ありがとうございます」
「それにしても、お腹は大丈夫?」
昨日ミルクに殴られた腹は、まだ動くと痛かった。
「あれは激励だ」
言い訳なのか、本気で言っているのか。ミルクはそっぽを向いた。ミルク独特の愛情表現だと思いたい。
「何はともあれ、ベルガモットの初仕事よ。みんな、ベルちゃんをティータイムに取り込めるかは、今夜の成功にかかってるわ。何としてでも、ブッフ子爵から、帳簿、そして密文書、ついでに金銀財宝奪ってらっしゃい!」
「はい!」
美少女窃盗団「ティータイム」の長い夜が始まった。
窃盗団「ティータイム」の長い夜が始まろうとしていた。