ティータイムの招待
改稿しました
「つ、疲れたぁー!」
くたくたな体がふかふかのソファに沈み込む。上半身にも下半身にも、体力不足が如実に表れている。
「お疲れ!」
そう言ってポンムが紅茶を置いてくれた。私はそれに礼をいって、一口飲む。この香りは、
「林檎の香り」
「そうなの。林檎の香りって甘酸っぱくて爽やかで良いよね。ぼく、大好きなんだ」
ポンムはにっこりと笑う。ミルクがあんなこと言ってたから、その笑顔も悲しく思える。
「ベル、ミルクの言ったこと気にしないで」
「え?」
何でも知っているのよ、という顔だ。
「ミルクはね、仲間意識が強いから。逆を言うと人見知りなんだけど。だから、ぼくのことすっごく気にしてくれるんだ」
ポンムは笑顔を崩さないけど、それは少し寂しげだった。
「ぼく、魔力持ちだったから、ここに来るまで貴族の後見を受けていたの」
「ま、魔力持ち?」
魔力持ちというのは、その名の通り魔法を使える人間のことだが、この王国の人口のほんの一握りしかいない。確か国立魔法学校で専門の教育を受けて、卒業後は問答無用で国家に関わる形で働かなければならないと決まっている。
「ああ、普通珍しいよね。でも、ミルクもシナモンも魔力持ちだよ」
「え、ええ!?」
そんな人たちが、なぜ王都のはずれの紅茶店に?
「ああ、もちろんウヴァさんも」
なんか、そこまで来ると予想はしていたけれど、実際に聞くと驚く。
「ぼくは貴族の後見人を得て、国立魔法学校を卒業したの」
「はい? ポンムさん十六歳でしたよね?」
普通、魔法学校に通い始めるのは十五歳からだ。そして十八歳で卒業する。
「うん。ぼくは天才少女だったから、飛び級で十四歳の時には卒業したの。その直後にウヴァさんに拾ってもらったんだけど」
え、じゃあ十一歳で入学したってと?ポンムさん、想像以上に恐ろしい経歴をお持ちのようで。
「その後見人の貴族っていうのがさ、クソみたいな人間でさ、そこは想像に任せるけど、ぼくは自分の身を守るために、この表情管理を身につけたってわけ。結局はその癖が抜けなくて気味が悪いって言われちゃってるんだけどね」
そうだったのか。趣味の悪い貴族というのは、想像に難くない。私の継母がそうだったように。でも、その餌食となった被害者と話すのは初めてだ。私は助けようともせずに、厄介事から逃げてきたから。
「ポンムさん、私、」
「ベルっち、過ぎたことなんだよ。今はウヴァさんと、みんなと一緒に暮らせて幸せなんだから」
ポンムさんのその笑顔が、本物であってほしいと、願った。
「さて、本題に入ろうか!」
「へ?」
本題って? 今のが言いたかったことなんじゃないの?
「ベルちゃん、ぼく国立出てるって言ったでしょ? だから、普通は国のために働かなきゃいけないわけ。それは貴族の家にいたとしても、しがない紅茶店にいたとしても同じこと」
「しがない、紅茶店って、聞き捨てならないわね。ポンム!」
気づくと、いつの間にかウヴァさんの姿があった。
「あ、あはは」
と言いつつソファの裏に隠れるポンムさん。
ウヴァさんの後ろには、ミルクさんもシナモンさんもいた。
「バカりんごは放っておいて、今から大事な話をするよ。これは、ベルちゃんを見込んでのこと」
肘掛け付きの、いかにも女王風の椅子に着いたウヴァさんは、私の目を見てそう言った。どうやらまだまだお話は続くらしい。
「単刀直入に言うわ。私たちは、現国王陛下ローリエさま直属の隠密であり、巷を騒がす窃盗団「ティータイム」なの」
「はぁ。ん? え、ええ!?」
国王陛下の隠密? そんで窃盗団のティータイム?
私だって聞いたことのあるその名前は、王都の貴族を震え上がらせ、町の人に大人気の義賊として有名だ。彼らは貴族しか相手にしない。そして、彼らから盗んだ財宝を、魔導具に加工して、市民の学校や、教会に寄付しているらしい。もちろん、時には金もばらまく。
「うそだ」
しかし、その正体が女四人だったなんて。
「ほんとよ。すぐには信じられないかもしれないけど。今日一日ベルガモットを見ていて、この子欲しいなって思ったの」
シナモンが私に言う。じゃあ、私は今日様子を見られていたっていうか、テストされていたのか?
「初めてのことだらけだっただろうに、真剣に取り組んでくれる姿と、むしろ楽しんでるんじゃないか、ってところ。良い根性持ってるなぁ、って。本当は洗濯も掃除も魔法一つで片付いちゃうんだけどね」
そう言ってシナモンは、指をパチンと鳴らした。すると、私の目の前にあった紅茶のカップが、洗い終わった後のようにきれいになってしまった。
「べ、便利」
「でもこんな使い方シナモンにしかできないんだよ! こういうのって繊細な魔力のコントロールが必要だから! ぼくなんかすぐにカップ割っちゃうもん!」
「逆を言うと、こんな使い方しかできないの。派手なことはできないわ」
シナモンはそう言って笑うけど、やっぱりすごいと思う。
「私は陛下を守る為の特殊任務にあたることが多いから、ティータイムに参加することはまずないけれど、一応このチームのリーダーね」
ウヴァさんは、話を戻した。
「陛下を狙った暗殺未遂は一年に三十件以上。国外からも、国内からも狙われているわ。原因は、彼が年若くて他国からすれば今のうちに消しておきたいのと、彼が貴族の特権を見直す改革を押し進めているから」
たしかに、現国王になってから、学校も増えたし、社会福祉の充実は目に見えて進んでいる。しかし、良く思わない者も多いだろう。それによって特権が奪われるんじゃ。でもまさか十日に一回は命を狙われているなんて。
「陛下の隠密は、私たちの他にもいる。いつも陛下のそばで陰のようにお守りするチーム。暗殺者を逆に暗殺する役目。私たちは、情報戦だから、そう血なまぐさい場には立ち会わないけど。窃盗団ティータイムというのは、仮に私たちが相手の手にかかっても、陛下に追求の手が及ばないように。金銀財宝をばらまくのは、私たちの趣味でもあり、カモフラージュでもあるの」
ここまで一気に喋ってから、ウヴァは私の言葉を待った。
「それは、魔力持ちの義務として?」
「そうとも言えるし、違うかも。国立出てるのは、ぼくとウヴァさんだけだもんね! みんな好きで陛下のために働いてるよ」
ポンムがソファの陰からちょこんと頭を出して言った。
「え、そうなんですか? みなさん魔力持ちって聞いたから、てっきり」
「ミルクとシナモンはド田舎者だからねー。教育の手が伸びてなかったんだねー」
「お前も元はちっさな村出身だろうが」
ミルクの冷ややかな目線も、ポンムは笑って受け流す。
「まぁ、確かに私もミルクも地方出身ね。国立出でもないけれど、ウヴァさんに拾っていただいて、陛下にお会いして、迷うことなくこの仕事に就いたわ」
「私もだ」
彼女たちがそこまで言うローリエ国王陛下とは、いったいどんな人物なのだろう。
「ベルも、会えば分かると思うよ」
ポンムは、読心術でも心得ているのだろうか。私の疑問にいち早く気づいて、フォローしてくれる。
「というわけで、私たちはあなたをティータイムにスカウトしたいの。ウヴァさんは最初からそのつもりでベルガモットを連れてきたんでしょ?」
シナモンの問いかけにウヴァが笑った。
「その通り。ま、ただの親切心だけじゃなかったってことね。でも、それじゃ強行過ぎるから、仕事を一つ終えて、陛下に面会した後に答えを出してもらいたいの。ティータイムに入るか、否か」
私にとっても彼女たちにとっても試用期間ってことか。でも、私が断るという結果は予想していないかのように、自信有りげだ。
「私、何にもできない私を置いてくれて、とても感謝しています。みなさんが言うほど、お役に立てる自信はありません。でも、皆さんが私を必要としてくれるなら、全力で、やってみます」
そう言ってしまうと、なんだかもう後戻りはできない気がした。
「そうこなくっちゃ」
視界に映る全員がニヤリと笑った。