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美少女窃盗団「ティータイム」の謎  作者: 倉山雪乃
第一章 ガラスの靴
2/13

子豚

改稿しました

「母さん、その女は?」

 あからさまな敵意のこもった声で聞くのは、白髪の少女だ。私とそう年齢は変わらないだろう。まぁ、新入りって嫌よね。土足で自分のスペースに入ってくるんだから。気持ちはよく分かる。

「ミルク、紹介するわ。新しい家族のベルガモットよ」

 ベルガモットとは、ここへ来る道中、マダムが私に与えた新しい名前だ。私は、自分を拾ってくれたこの女性をマダムと呼ぶことにした。

「妹ってことか!」

 そう叫んだのは、私より頭ひとつ低い赤毛の女の子だった。妹? 私が、この子の?

「ぼく、ポンム! 十六歳!」

「え?」

 思わず聞き返す。だって、とても十六には見えない。小さいし。その、何もかもが。そんな女の子が私よりも一つ年上だなんて。

「分かってるけど、そうあからさまだと傷つくな。でも、よろしくね、ベル!」

 ポンムは私に手を差し出した。こんなカジュアルな挨拶は初めてだ。教わっていたのと違う。私は社交界デビューのために家庭教師をつけてマナーの勉強をしたが、こんな挨拶の練習はしていない。

「よ、よろしくお願いしますわ、ポンム」

 おずおずとその手を握ると、彼女はにんまりと満足げに笑った。

「もう一人は仕事中ね。ミルク、挨拶して」

 先ほどの白髪の少女が立ち上がる。

「ミルク」

 そう言うと、彼女は私をにらみ付けて、再びソファにどっかり座った。

「はぁ、ありがと。それで、私がここの主、ウヴァよ」

「ウヴァさん」

 そう繰り返すと、彼女は私を見てにっこり笑った。それにしても、なぜマダム・ウヴァは私をここへ連れてきたんだろう。

「ゆっくりしてちょうだいね。自分の家だと思っていいんだから」

 自分の家? そもそもあの家でくつろいだことなんて一度もない。

 執事もメイドも、私を可愛がってくれたけど、それは聞き分けよく可愛らしく子供らしく演じていたから。心が休まる時なんて一度だってなかった。

「さあ、まずはその髪をどうにかしないとね」

 ウヴァは私の一束消えた髪を見て言った。そして部屋の奥へと消えていく。

「じゃあ、ベル、ここに座って」

 ポンムは私を丸いスツールへうながした。

 座る。沈黙。肌に感じる視線。送ってくるのは、ミルクだろう。

 私は彼女の方を見ないように気をつけながら、部屋の中を観察した。

 一言で言うとセンスがいい。全体はシックな色でまとめられている。ボルドーのカーテン。オレンジのチュールが天井を覆い、アンバーのシャンデリアが部屋を優しく包み込むように輝いている。

 革張りと布張りの一人掛けソファが一つずつ。光沢のある茶の長ソファに、木製のロッキングチェアまで、椅子で溢れていた。そして私が座るのは、赤いバラ柄のスツールだ。

 それにしても視線が痛い。

「な、何か?」

 見ないと決めていたのに、私はミルクの方を見てしまった。彼女は白い毛皮のカバーの一人掛けソファにあぐらをかいていた。

 彼女は私の顔を見返すが、何も言わない。

「あ、あの」

「あんた、キゾク?」

 ミルクの言葉に驚く。私の今の姿はぼろぼろだし、貴金属もつけていない。

「なぜ?」

「言葉。豚どもと同じ」

 豚。それが私たち貴族を表しているのは明らかだった。

「そう」

「で、今はこっちにいる」

 彼女の言うこっちがどっちなのかは分からない。相変わらずきついまなざしのまま。

 気づくと、ポンムが私のほうを見て、にんまりと笑う。

「言っとくけど、ポンムは笑いたくて笑ってるんじゃないわけ。前いた場所でそういう躾をされただけ」

 正直、その事情を想像するとぞっとする。貴族の世界は、美しいものなんかじゃないから。

「あんま怖がらせないでよ。ぼくたちの妹なんだからさ!」

 妹。つい数時間前の私には関係のない言葉。本当に妹になれるかどうかは分からない。でも、ここではうまくやっていきたい。

「そうよ。家族なんだから仲良くね」

 戸口には、はさみを持ったマダムがいた。

「紹介するわ。もう一人の家族で、あなたの姉のシナモンよ」

 ウヴァの後ろから現れたのは、薄茶の髪をし、どことなくウヴァに顔立ちの似た女性だった。背が高く、メガネをかけている。

「よろしくね、ベル。この中で一番頼りになるのは他でもない私よ。なんでも聞きなさい」

 シナモンのもの言いと、それに抗議するミルクとポンムに、仲がよさそうなその姿に、嫉妬した。

「いつまでも陰気な顔してないの!」

「へ?」

 何故か目の前でマダムが怒鳴っている。

「不幸な顔は不幸を呼ぶの。笑う門には福が来る! あんたは嫌な思いしてきたんだろうけど、ここにいる女全員が嫌な過去を持ってる。でも、それに食われるな!」

 みんな、過去がある。私は彼女たちの顔を見る。そんな風には見えない。ポンムの笑顔は別として。

「さ、生まれ変わる時よ。新しいあなたに。そうよ、さっきまで野良犬みたいに吠えていたあなたに!」

 そう言ってウヴァは銀のはさみを光らせて、私の後ろへと回る。

 ザク、と音がしてマダムが私に毛束を見せる。私の中の何かが壊れる音がした。


「できあがり。ポンム、鏡」

「はい!」

 鏡を見ると、そこには自分によく似た別人がいた。

 頑張って、笑顔を作って話しかける。

「はじめまして。ベルガモット」

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