茨の魔女
家に帰る馬車の中、皆それぞれに思うところがあったのか、誰も口を開くことはなかった。
あの後、陛下の「解散」という陽気なかけ声で、私たちは部屋を後にした。ローリエとサフラン。見た目は同じでも、全く雰囲気の異なる二人。でも、そのいたずら好きで、妙に子供っぽいところは一緒。
「ただいま……」
全員外出していたのだから、誰も返事を返してくれるはずはないのに、私たちはそう言って家に戻った。
「そんなにショックだったかしら、サフランのこと」
ウヴァが帽子を置きながら言う。私たちも外出用の帽子を脱いで木製のフックに掛けた。
「母さん、隠してた」
ミルクのむすっとした声。そして私たちは、それぞれの椅子に座った。ミルクは白い毛皮のソファ。ポンムはグリーンの木製の椅子。シナモンはロッキングチェア。そして私はバラのスツールを卒業して、青い布張りソファだ。四人で座り、ウヴァに目で抗議する。私は新入りだけど、他の三人はかなり怒っている様子だ。
ウヴァはため息をついて、女王の椅子。赤い革張りの椅子に腰掛けた。
「あの二人が双子であること、それは私と亡き王妃様、そして先王陛下だけが知る事実よ。私はその時、産婆だったからね」
「産婆?」
このマダム・ウヴァが?
「そう。国立を卒業してから、私は産婆として働いていたの。今も昔を知る人の紹介でなら、請け負うこともあるわ」
「じゃあ、ウヴァが突然姿を消すのは?」
ポンムが思い当たる節がある、というように聞くと、マダムが頷いた。
「産婆の仕事に行っていたの。私の特技は、強い決界と治癒魔法。子供たちの中には、病気を持って生まれる子がいる。そういう子供を、まだ病が育たないうちに最小限に留めること、それから貴族の子供で、特に命を狙われる可能性がある子供なんかに、私の力は役に立ったわ」
「もしかして、茨の加護というのは、ウヴァさんのことですか?」
シナモンのメガネが光る。
「茨の加護、ですか?」
「そう。とある産婆が子供に与える、茨の加護はその子供が成人を迎えるまで、守り続けてくれるという噂。たとえ命を狙われても、何故か無事でいられるの。そう聞いたことがあるわ」
ウヴァは頷いた。
「シナモンの言う通り。私がその産婆。そして私がローリエとサフランに加護を与えたのよ。みんなを信頼していなかったわけじゃないの。ただ、私は二人の決心がつくのを待っていた。戦う覚悟ができるのをね」
「戦う覚悟ですか?」
「そうよ。当然、弟がいると分かれば、サフランに取り入ろうとする連中が現れる。現国王、ローリエに不満を持つ奴らがね。でも、二人の目的は貴族という制度も、王国という仕組みも全て終わらせること。彼らは、専制君主制をひっくり返すつもりよ。自分の手で」
ベルガモットは、そんなの自分勝手な話だと思った。だって、国王が立たなければ、一体国はどうなってしまうのか。
「二人は全能じゃない。そしてきっと、二人の子供も全能として生まれる可能性が低い。民の自由と平和を脅かすような人間に、この国を奪われないように、自らの手で一度壊しておきたいのよ」
「私たちは、陛下の民への愛情、想いに突き動かされ、この仕事に就いた。しかし・・・・・。それがこんなことだとは」
ミルクの言葉に、シナモンもポンムも頷いた。
「これが彼らの愛なのよ」
ティータイムは、そのために何ができるか。ウヴァは、そう言い残して、自室へと戻った。
後に残された私たちは、陛下の真の目的に、そのあまりに突拍子もない発想に、とにかく理解し追いつこうと黙り込んでいた。
「本当にあれが、シャルロッテなのか?」
俺は片割れに聞く。彼は無言で頷いた。窓の外、雲一つない青空を見てため息をつく。
「あんなに色が白かったっけ」
彼女の青白い肌を思い出す。身を縮こまらせて、棚に寄りかかっていた、あの姿。その年の女の子にしては、細くて、女性らしい丸みがあまり感じられなかった。
「うん」
しかし、あの瞳。南海のきらめきのような、レモン色の瞳。確かに彼女のものかもしれない。
「ベルガモット・アールグレイ」
「何とも安直な偽名だな。ウヴァらしいけど」
二人そろって吹き出す。
「いよいよだな」
「ああ、いよいよだ」
快晴の空に、いつかの海を思いだした。
これで第一章は終了です。この章全体がプロローグのようになってしまいましたが、次章から「ティータイム」としてベルガモットが本格始動! 元伯爵令嬢の頑張りにご期待ください。そして、双子とベルガモットとの関係とは? 『美少女窃盗団「ティータイム」の謎』第二章も、どうぞお楽しみに。