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美少女窃盗団「ティータイム」の謎  作者: 倉山雪乃
第一章 ガラスの靴
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拾う神

改稿しました

「どういうことよ!」

 私は彼女に吠えた。ドーヌ川のほとり、橋の下で。

「あら、見ての通りよ。この小便臭い橋の下に、ゴミを捨てに着たの」

 そう言い捨てたのは、私の家の馬車に乗り、私の家の御者を使って私をここに連れてきた、忌まわしき女。毒々しい赤と紫のドレスに身を包み、黒いレースの手袋とヴェール付きの帽子がうるさくて、悪魔のようだった。

「こんなことして、許されると思ってるの!?」

「あら嫌だわ、お嬢さん。ただでさえ伯爵に嫌われてるあなただもの。あなたが死んだって聞いても、悲しんだりしないでしょう」

  楽しげに笑う彼女の口元は赤く弓なりの曲線を描いていた。目は黒く墨で囲まれて、白目も見えない。

「私が死んでも? それどういう意味よ!」

 彼女が目で合図すると、御者がナイフを取り出した。

「さ、扉を閉めて。これ以上汚物を見るのは耐えられないわ」

 御者返事もせずに表情もなく扉を閉めた。そして彼は一歩ずつ私の方へと近づいてくる。

「ベニー」

 彼は私が生まれる前から家に仕えていた一人だ。名前を呼ぶと彼の顔が苦しげに歪んだ。

「お嬢様。申し訳ございません。わたくしめは、ただの召使い。奥様に刃向かうことなど……」

 そんな! だからって私を殺せるって言うの? 一緒に暮らしてきたじゃない! こんな女よりも、ずっとずっと長く一緒にいたじゃない!

「お嬢様、私はあなたを敬愛しております。あなた様を傷つけることを、どうかお許しください。しかし、せめて、せめて最後に……」

 そう言うと、彼は私の耳元で囁いた。

「お嬢様、叫んでください。断末魔のように。」

 ワケも分からずに、戸惑っていると、彼は私の髪を一束掴んだ。そしてナイフをあてがうと、私に目で合図した。

「ぎ、ぎゃあーあ、きゃー!」

 彼は私の髪を切り落とし、再び私に合図すると、自らの足をスッと切った。私は驚きのあまり叫ぼうとしたが、ベニーがそれを許さなかった。

「奥様、事は済みました」

 私は地面にはいつくばった。ベニーのねらいは分かった。彼は私を守ってくれた。裏切られたと思った。だけど、助けてくれた。

 冷たい土の上に、私の涙が熱く滴り落ちる。

「まぁ、死にざまも汚らしいこと。さっさと行くわよ。あんたもその服どうにかしなさいよね」

 きっとベニーの白いシャツは、彼自身の血で汚れているはずだ。

「失礼しました奥様。では、参りましょう」

 馬の足音が早い。遠ざかっていくのが分かる。

 私はゆっくりと身を起こした。

「ベニー」

 胸から、何かがせり上がってくるのを感じた。まもなく嗚咽が漏れ、涙が止まらなくなる。私にはもう、何もない。シルクのドレスも、毛皮のコートも、広い庭の屋敷も、たくさんの召使いも、もてはやされた金の髪の一房もない。だけど、彼は私を生かしてくれた。

「うう、っく」

 みっともないまでに泣き叫ぶことしかできない。ちっぽけで、無力だ。あの女が憎いのに、何もできない。花だろうと、蝶だろうと、夜の川辺の橋の下じゃ咲きもしないし、飛び回ることだって出来ない。

 クソくらえ。こんな世界。私が見たかったのはこんな世界じゃない。折檻されるのを覚悟で、屋敷の塀を登ってまで見たかった景色はこんなのじゃない。やっと、やっと外に出られたのに、こんな望まない結果だなんて。

「お嬢さん、何があったの?」

 足音もしない。気配もない。なのに人の声がした。見上げると、夜だというのに日傘をさした女性がいた。そのせいで、顔も体つきも見えなかった。

「捨てられたのよ。犬みたいに」

 笑い声は涙と混ざって、闇に消えた。

「……でもね、絶対に見返してやるわ。私を生かしてくれた人がいるから」

 何を言っているんだ。見ず知らずのおばさんに。

 でも、私の口は止まらなかった。

「お嬢さん。付いてらっしゃい」

 彼女は、夜の闇をも切り裂くような良く通る声で、私の目を上げさせた。

「は?」

 気づいた時には彼女に手を取られ、立ち上がっていた。見えなかった声の主の顔が目の前にあった。茶色のヴェッルベットの帽子の下の顔は、四十代と思われる美しい女性のものだ。耳までの長さに切りそろえられた黒い髪。女性らしさはあるのに、その髪型は常識破りな短さだった。

「いらっしゃいな。私のところへ」

 路頭に迷う運命だ。投げやりな気持ちにもなっていた。でも、彼女の後ろに広がる夜の景色が、さっきよりマシに見えたから、ついて行ってしまったんだと思う。

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