〜 標的 〜
レギュラーは白紙!ということで
バッティング練習の順番を控え選手よりも後に回された私。
この時点では、順番だけの問題だということで
とりたてて気にはしておりませんでした。
でも、その日のその後の練習、
レギュラーが白紙となると困るのはシートノックでございます。
シートノックとは、各々がそれぞれの守備位置についてノックを受ける練習、
なのですが、レギュラーが白紙ということは
今まで守っていたポジションについていいものなのかどうか・・・。
で、シートノックを始める前にキャプテンの沼田さんが
監督の大男に尋ねました。
「監督、今までのレギュラーは関係ないということですが、
シートノックのポジションはどうすればいいでしょうか。」
すると、大男はちょっとだけ考えて、
「そうじゃな、とりあえず今までのポジションにつけぃ。」
と一言。
それを聞いて、今までのポジションに散らばる部員たち。
私も自分のポジションであるサードへ。
前日まで、シートノックには参加していなかった1年生は
自分の希望するポジションへつくことになりました。
各ポジションのレギュラーの後ろに
一人から三人の控え選手がつくといった感じでシートノックの準備が整うと
ノックバットを持ってゆっくりとホームベース付近に歩いていく大男。
私はその大男を見ながら、サードの控えで3年生の大田さんと話をしておりました。
「大田さん、先に受けてくださいよ。」
「え、なんで?」
本来シートノックは先にレギュラーがノックを受けて、
その後に控えの選手が受けるというのが流れ。
つまり、今までは先輩の大田さんより先に私がノックを受けていたのでございます。
「フリーバッティングからの流れだと、俺が先にいったら何か言われそうじゃないですか。」
「いや、今までのポジションにつけって言ったんだから
とりあえずは、今までのレギュラーで行くってことだろう。
お前がサードのレギュラーなんだからお前が先でいいって。」
「そうですかねぇ・・・。」
多少不安を抱きつつも、大田さんに言われるがまま
私は先にノックを受けるべく、サードの定位置につきました。
そしていよいよシートノック開始!
ほとんどのチームがそうだと思いますが、シートノックはサードから順番に行います。
つまり、私が真っ先にノックを受けることになるわけで。
しかし、そうすんなりとシートノックが始まるはずがありませんでした。
大男はノックバットを片手に私を睨みつけると
「おい、お前は何回同じ事を言わせるんじゃ。」
ほらきた・・・。
「お前は2年生じゃろうが、何でお前がレギュラー面して先に受けようとするんか!」
・・・やっぱりですか。
この時私は、
嫌がらせの対象として自分が真っ先にノミネートされたのかもな、
ぐらいに思っておりました。
例のベンチプレスの件で、非力にも関わらず、しかも2年生のくせに
大男に対して反抗の態度を見せたのが気に食わなかったのでしょう。
私は、とりあえずその場を穏便にやりすごそうと、
黙って守備位置から退きました。
入れ違いに、私の肩をポンとたたいて
申し訳なさそうにサードの守備位置につく大田さん。
私のせいというか何というか、部員たちの間に流れる重い空気。
で、大男の初ノックでございます。
赴任してきてからずっと、野球の指導歴に関しては謎だった大男。
私らの中にはこの時点で、完全な素人なのかもという勝手な推測もあり
ノックで豪快な空振りでも見せてくれるのでは・・・などという期待もありましたが、
よく考えたら、高校の体育教師です、
授業ではソフトボールとかもあるわけで、
ノックくらいはそれなりに出来て当然の事でございます。
さらに後で分かったことですが、40代半ばの大男は私らの高校に来る前、
長い教師生活の中で1度だけ野球部の顧問になったことがあったのだそうな。
(その高校は滅多に勝利をあげることのない、
私らをもしのぐ弱小校でございましたが・・・。)
という事で、それなりの打球でシートノックスタート。
大田さんがそれなりにさばいて、さあ私の順番です。
が・・・。
その時、大男が私に言い放った言葉は、
私が大男の嫌がらせの標的であることを確信させるものでございました。
(つづく)