〜驚きの指令〜
フリーバッティング練習を中断してまで、全部員を集合させた新監督の大男。
「お前ら、全員ベンチプレスやってみぃ。」
それまで私たちの練習を見ているだけだった大男から
部員に対する初めての指令でございました。
言われるがまま、
とりあえず3年生からバーベルが設置されたベンチに仰向けになりベンチプレス開始。
バーベルの重量は50キロから始まり、3回持ち上げることが出来たら
2順目は55キロ、3順目は60キロといった具合に5キロずつ重量を増やしていく
いわゆる勝ち残りのような要領で進められていきました。
次々と脱落者を出しながら、レギュラー組メンバーは
75キロでギブアップした2年生キャッチャー古木を最後に全員脱落。
その後残ったのは、控え組メンバーから
180センチ近い身長で体重も90キロはあろうかという2年生の山上。
そして入部したての1年生から、山上に勝るとも劣らない体格の持ち主の松崎。
見た目からして順当な二人の勝ち残りでございました。
この二人は結局85キロを持ち上げるところまで粘り、全員が終了。
その間、何やらメモを取りながら部員たちのベンチプレスを見ていた大男。
山上と松崎がギブアップしたところで再び部員たちを整列させ、
いよいよその傲慢振りを発揮し始めたのです。
「何じゃお前らは、非力じゃのう。」
大男の生まれが何処なのかは結局最後まで確認しませんでしたが、
彼の訛りは、私たちの地方の方言とは全く違うものでした。
「明日からフリーバッティングは、今のベンチプレスで残った順番に打てぃ。
力のあるもん順じゃ。」
ええーーーーっ!?
この指令には全部員びっくりでございました。
前にも書きましたが、
我が野球部のフリーバッティングはレギュラー組から順番に打つのが慣例、
(おそらく多くの高校野球部がそうだと思うのですが)
大男の指令通りにするならば、控え組の2年生の山上と1年生の松崎が
レギュラーの3年生を差し置いて真っ先にバッティング練習を行うことになります。
まぁそれまでのフリーバッティングも、結局は全員が打てるようにはしていたので、
打つ順番の意味はあるようなないようなといった感じだったのですが・・・。
何せ山上は、中学3年間で一度もレギュラーを獲得できず代打の切り札的存在だった男。
それも、滅多なことでは切られることのない切り札。
そして1年生の松崎は、野球は好きだけど得意ではないというタイプでございます。
そんな二人の予想外の昇格に、本人たちの戸惑い振りも尋常ではありません。
さらに、大男の指令はこれだけではありませんでした。
「ほいで、65キロも上げられんかった非力な奴は打たんでええ。ずっと筋トレやっとけい。
守備練習もなしじゃ。」
ええーーーーーっ!?
これには部員たちもさらにびっくり。
と言うのも、大男が言う非力組にはレギュラーメンバーが4名も含まれているのです。
セカンドの福良さん、ショートの浅井さん、レフトの崎野さん、
そして、サードの私もしっかりノミネート。
レギュラー9名のうち4名に下された、打撃練習および守備練習禁止令。
そんなもの誰も納得いくわけがありません。
そして戸惑う全部員の視線が、キャプテンの沼田さんに注がれます。
その熱い視線の意味は痛いほど理解していたであろう沼田さん。
意を決しての発言です。
「・・・監督。」
「なんじゃ?」
「今までフリーバッティングは、レギュラーから順番に打つ流れでやっていたんです。
それにレギュラーメンバーが4人も守備練習に参加出来なければ、
シートノックとか実践的な練習が出来ないと思うんですけど。」
部員たちの、無言ながらもこれでもかと言わんばかりの後押しを受けて
キャプテン沼田、精一杯の抗議でございました。
すると大男はゆっくりと沼田さんに近づいたかと思うと、その横っ面に
バシッ!!
と豪快な張り手一発。
ええーーーーーーっ!?
(つづく)