〜 我慢の限界 〜
スコアだけを見れば、2対1と惜敗だった大会の試合結果。
しかし、その試合では
球場に行くことすらかなわなかった私には分からない
何かが起こっていたようでございまして。
「今日は、ジャイが余計な事しなけりゃ多分勝てていたんだ。」
そう言う古木は、敗戦の懲罰のランニングの間、試合の様子を私に聞かせてくれました。
どうやら敗戦以上に皆が悔しく、怒りさえ感じているのは
試合中のジャイの采配にあるようでございます。
まぁ、采配と言っても細かい作戦など考えられないジャイは
「思いっきり打てぃ!!」
とか
「気合を入れんかぁ!!」
とかいう、何とも大雑把な指示を出すくらいでして、
我が野球部はバントやら盗塁やらの細かい作戦なしに
4回裏に相手のミスがらみで何とか1点を先制。
しかし、その後2点を奪われ逆転を許し1点をリードされたまま
試合は最終回、9回裏の我が校の攻撃まで進んだのだそうでございます。
「でさ、ワンアウトでランナー2、3塁っていうチャンスに打順は3番の川尻さんだぜ。
どう考えても同点には出来ると思うだろ?」
という古木の意見はごもっともでございまして。
単純に、その状況ならば
とりあえず同点に追いつくための作戦として、まずスクイズというのが考えられます。
当然、相手も警戒してくる場面ですので100%とは言えませんが
かなりの高い確率で1点を奪う事は出来ると思います。
もし、スクイズ失敗という事態を恐れるならばバッターに打たせるしかないのですが、
に、しても内野ゴロでも3塁ランナーがスタートをうまくきれば1点は入るし、
外野フライでも犠牲フライで1点入る、
ヒットならば当たりによっては2塁ランナーまで生還し
一気に逆転サヨナラという何ともありがたい状況。
しかも、バッターはクリーンナップの3番川尻さん。
最悪でも、内野ゴロぐらいは打てるバッターでございます。
ところが・・・、
「そこで、ジャイの奴が出てきたわけさ。」
という、古木に私は尋ねました。
「・・・出てきたって、どういうこと?」
「前の練習試合の時と一緒さ、理解不能の代打攻勢。」
そう、同点に追いつくチャンス、うまくいけば一気に逆転サヨナラのチャンスという場面で、
ジャイは、あの練習試合の時の悪夢を蘇らせたのでございます。
3番バッターの川尻さんの代打に2年生の山上。
続く4番バッターのキャプテン・沼田さんの代打に1年生の松崎。
代打に送られた山上と松崎は何度も言っておりますが、体格がよく力持ちというだけで
本人らも困惑するくらいジャイから優遇を受けている二人でございます。
野球の実力に関して言えば、
本来ならベンチ入りメンバーに選ばれている事すら疑問符がつくくらいのこの二人に、
何かを期待するというのはあまりにも酷な事でございまして。
で結果はといいますと、
練習試合の時と同じように連続三振でゲームセット。
古木の
「ジャイが余計なことしなけりゃ勝てた・・・。」
という言葉も大袈裟ではないような気がいたします。
そりゃ、ジャイが動かず川尻さんと沼田さんがそのまま打席に立っていたとしても、
もしかしたら、二人とも凡退で敗戦という可能性もあったというのは否定できません。
しかし、レギュラーでクリーンナップの二人が凡退して敗れるのと、
その二人の代打として打席に立った山上と松崎の連続三振で敗れるのとでは、
部員の納得度が全く違うというのは明らか。
それは、恐らく山上と松崎も重々感じ取っていた事だと思います。
「こないだは練習試合だったからまだいいけどさ、今日は大会だぜ。
先輩たちもそろそろ我慢の限界じゃねえかな。
それに、山上と松崎の落ち込みよう見てたら不憫だわ。」
古木の言葉を聞いて、私らの後ろを走り続けていた山上と松崎の方に目をやると
二人ともうつむき加減で、その顔は若干青ざめているようにも見えました。
そして、翌日から山上と松崎が練習に来ることはありませんでした。
ジャイから身の丈に合わない優遇を受け続けていた二人にとっても
この辺りが我慢の限界だったようでございます。
(つづく)