〜 親父怒る! 〜
大会のメンバー発表を受けて、家へと向かう帰り道。
私は、レギュラーではなくなった事、それどころかベンチ入りすら出来なくなった事を
親父にどういう風に説明しようか考えておりました。
私が小学生の頃に野球を始めてから
練習試合も含めてほぼ全試合の観戦に足を運ぶ程の熱心な親父でございます。
出来れば次の大会のことは親父に知られずにやり過ごしたいところなのですが
何せ親父は高校に入ってからも、全試合を観戦し大会の日程も全て把握しておりますので、
そういう訳にはいかないのでございます。
しかし、そんな親父に、レギュラーから外されてベンチ入りすら出来ないなどと告げれば
当然どうしてなのかという理由を問われるでしょうし、
そうなると、全てとはいかないまでも私がジャイから受けた仕打ちを
ある程度は説明しなければいけないわけで。
それは、面倒くさいというか気が重いというか・・・。
で、とりあえず親父に知らせるのは追々時期を見てからにしようと決めて家へと帰りました。
しかし、そう上手くはいかないものでございます。
家族そろって晩飯を食べていた時のこと、親父が私に話しかけてきたのです。
「祐希、もうそろそろ大会だよな。」
何ともドンピシャなタイミングの親父の問いかけに、私は一気に食欲がなくなりました。
「こないだの大会は2回戦負けだったからな、次はその上を目指さないと駄目だぞ。」
黙り込んだままの私。
話し続ける親父。
「監督変わってもやっぱりお前の打順はまた1番なのか?
それなら何が何でも出塁する気でいかないとな。」
出塁どころか出場すら出来ませんが・・・
などと思いながら黙り込んだままの私。
さすがに、親父も私の異変に気づきます。
「ん?どうしたんだお前、なんか暗いな。何かあったのか?」
私は、ベンチ入りすら出来ないというのはあまりにもショッキングだと思ったので、
とりあえず、レギュラーではなくなった事だけ話すことにいたしました。
「・・・あのさ、俺は次の大会レギュラーじゃなくなったんだ。」
一瞬黙り込む親父。
そして、私の気持ちを探るように静かに話し始めます。
「どういうことだ? じゃあサードは誰が守るんだ?」
「大田さん。」
「大田くんてお前。去年新チームになる時、大田くんがサードじゃ不安だからって、
お前がショートからサードに移されたんじゃないか。
こないだの大会もお前がサードを守っていたのは権藤監督も知ってるんだろう?
それともなにか?大田くんが急に上達して、お前より上手くなったっていうのか?」
黙り込む私。
「レギュラーは監督さんが決めるもんなんでしょう?ぶつぶつ文句言ったって仕方ないじゃない。
控えでも、代打とかで試合に出られるかもしれないし
それで活躍すれば、またレギュラーになれるかもしれないんだから頑張りなさいよ。」
普段は野球の話など興味なさそうなのに、珍しく絡んできた母親。
全てを話さなければいけないような雰囲気にさせる何とも間のいい絡みでございます。
私は意を決して、なるべく落ち込んでいない振りを装って話しました。
「・・・それもない。次の大会は俺はベンチ入りもしないんだ。」
それを聞いて、えっ?という感じで黙り込む母親。
「ベンチ入りもしないってどういうことだ!!」
予想通り、親父は一瞬にしてエキサイト気味でございます。
「そんなもん、こないだまでレギュラーだったのにいきなりベンチ入りからも外れるなんて
お前はそれで納得できるのか!
それともなにか、お前何かやったのか?お前に何か問題があるのか!?」
「俺は何もやってないよ。」
私はジャイが来てから数週間の出来事を親父に説明するのがとても面倒くさく感じて
また黙り込んでしまいました。
すると親父は、
「お前が話さないなら、ちょっと古木さんに電話して聞いてみる。」
そう言って、電話の方へ向かいました。
親父と古木の親父さんは、野球部の保護者の中でも熱心なふたりで、
お互いに息子が1年生の秋からチームの主力になっていたこともあり、
普段から交流があったのでございます。
「やめてくれよ。電話してどうすんのさ。」
「どうするかは話を聞いてから考えるさ。
本当にお前に非がないんなら、俺はあの監督をぶっ飛ばしてやりたいくらいだよ!」
親父が監督をぶっ飛ばす?
170センチにも満たない身長で、ほとんど運動経験のない親父が?
レスリング出身で180センチ以上の大男であるジャイを?
そんな負け戦に親父の身を投じさせるわけにはいきません。
「俺だって納得なんてしてないさ。ただ自分で何とかするから、しばらく放っといてくれ。」
私は親父にそう言って何とか説き伏せようとしましたが、
「そんなもん放っとけるか。」
そう言うと、親父は古木の家へ電話をかけました。
その電話は、1時間近く続きました。
古木の親父さん、そしてどうやら古木とも話をして、
ジャイが来てから今日までのある程度のいきさつを聞いていたようでございます。
電話を切った親父は私のそばへ来て静かに尋ねました。
「お前大丈夫なのか?野球部辞めたいなんて思ったりしてないか?」
「・・・いや、野球は好きだから。」
「・・・ならいい。だけど、どうしても我慢出来なくなったら辞めてもいいんだぞ。」
そういうと、親父は自分の部屋へ入っていきました。
親父が電話で、どの程度の事を聞かされたのかは分かりませんでしたが、
ジャイに対してかなりの憤りを感じていたように見受けられました。
小学生の頃に野球を始めて、なかなか思うようにいかず私が何度か辞めたいと弱音を吐いた時は
断固として認めなかった親父。
その親父に「辞めてもいいんだぞ。」と言われた夜。
何故か、絶対に野球部を辞めてはいけないと思った夜でございました。
(つづく)