〜 説得 〜
「野球部を辞めたい。」
山上の突然の告白に、沈黙したままの私たち2年生部員。
ところが、ひとり山上に厳しい言葉を浴びせた古木。
「お前ふざけんなよっ!辞めるなんて甘ったれた事言うなよ!!」
「・・・ふざけてなんかないよ。」
古木のものすごい剣幕に、泣き出しそうな声の山上。
「じゃあ、どういうつもりなんだよっ!!」
「・・・。」
黙り込んでしまった山上を、古木はお構いなしに責め立てます。
「お前なんか畑中に比べたらマシじゃないか!
練習は普通に出来るし、試合にだって出られるし。
畑中は、本当はレギュラーなのに補欠扱いされて、
あんなに滅茶苦茶やられて、それでもガマンしてるんだぞ!!」
思わぬところで自分の名前を出された私は少々驚きました。
「・・・そりゃ畑やんは滅茶苦茶辛いと思うよ。でも、俺だって辛いんだよ。
俺なんか練習したって上手くなるわけないって分かってるのに
バッティング練習は先輩よりも長い時間打たされるし、
こないだの練習試合だって、俺なんかが代打で出ても
何の役にも立たないって分かってるのに・・・。」
やはりジャイの理不尽な差別待遇は、
優遇されている側にしてみても辛いものだったようでございます。
「それで誰かお前に文句言ってきたのかよっ!!
先輩たちだって俺たちだって、誰もお前を責めたりしてないだろう。」
「でも・・・、もしかしたら俺がいなくなれば
畑やんだって、また試合に出られるようになるかもしれないじゃないか。」
「そんなの関係ねえよっ!!
あれだけやられてる畑中がガマンしてるのに、
お前が辞めるなんて言うのは、甘ったれてるだけだっ!!」
日が暮れかけたグランドでのやりとりは、まるで青春ドラマのようでございました。
が、いつの間にか討論の主題となってしまっていた私の頭の中に鳴り響いていたのは
あの名曲のワンフレーズ・・・、
けんかをやめて〜
ふたりをとめて〜
私のため〜に 争わない〜で
もう これ以上〜
(♪けんかをやめて by河合奈保子 作詞:竹内まりや)
・・・ちょっと古いですか?
「とにかく、今辞めるなんて俺は認めないからなっ!!」
古木は、そう言い捨てて更衣室へと去っていきました。
何とも重い空気のままグランドに取り残された私たち。
またもや皆沈黙でございます。
空気に耐え切れず口を開いたのは私。
うつむいたままの山上に声をかけます。
「古木はさ、せっかくここまで一緒にやってきたんだからって事を言いたいんだと思うよ。
俺もさ今のところ辞めるつもりはないし、 別に俺のことはどうでもいいんだけど、
もう一回よく考えてみたら?」
山上は黙り込んでいました。
うつむいたままでしたのではっきりとは見えませんでしたが、
泣いているようでございました。
そんな事があった翌日、山上は私たちの説得の甲斐あってかいつも通り練習に参加。
私も古木も、他の2年生部員も何事もなかったかのように山上と接することにいたしました。
これで、とりあえずは一件落着。
・・・と、思いきや、
諸悪の根源であるジャイは、また新たな火種をまくことになるのでございます。
(つづく)