1
深く暗い漆黒の闇、漂う光…
沈み込んでいた意識を深い深淵のような場所から、なにかに手繰り寄せられていく。
「…姫様」
そして私は身体の中へと引きずり込まれ、無音だった私の世界に音が溢れ出した。
久々に動かす身体の感覚に違和感を感じつつ閉じたままであった瞼をゆっくりと上げると、久しく感じていなかった光に目を細める。
これはいつぶりの光だろうか?なかなか開いてくれない瞼を無理やり開けようとすれば身体がそれを拒否する。早く光がみたい、早く、はやく。少しでも長く…
「…ここは…?」
…誰…?あの二人ではない。記憶に残る僅かばかりの音の中でも今までに聞いたことのない男の声が聴こえた、私の記憶にはない声のはずなのに聴いたことがあるのかと思うほどその声は耳に馴染んだ。
眩さが落ち着いてからしっかりと目を見開き視界を広げると、優しげに微笑む金髪の少女に背中を支えながら抱き起こされる。
ああ、この笑顔もいつぶりかしら。あの頃とは違うけど同じ彼女でも、変わらない笑顔がそこにある…それだけでよかった。
「ありがとう…ウィリス」
「いいえ、姫様。気分は如何ですか?」
全く変わらない彼女の瞳と笑顔にほっと息をつき、なんともない。と答えようとしたが最後まで言葉が紡がれることが出来ないまま声は溶けて行った。
「貴様何者だ」
先ほどとは違い、聞き覚えのある男の声が静かに響く。
私はこの声の主を視界に捉えると、見たことのない風貌の男も一緒に視界に入ってきた。自分と同じような黒い髪をもっている、知らない男の人。きっと…あの人がさっきの声の人なのだろう。
二人は剣を付き合わせて威嚇し合っており、とてつもなく険悪な雰囲気から、どうやら私とウィリスの姿など眼中にないと見て取れる。このままやり合われるのは困るわ…どうしたらいいのかしら。
そう考えているとウィリスは私の考えていることなどお見通しのようで私よりも先に目の前の光景に手を打つ。
「サディス慎みなさい」
「だが…」
ウィリスが声を掛けるとサディスと呼ばれた青年はこちらを向いた。
目が合うとサディスの瞳が一瞬揺れたかと思えば剣を納め私の前まで来ると膝まづいた彼を本当、変わらないなと苦笑しながら見る。
「…失礼いたしました、姫様…姫様の御前でありながら余りに無作法でした」
「気にしてないわ。それより…」
先程までサディスと争っていた青年の方へと目を向ければ、黒髪の青年はただその場に立ち、じっとこちらを見つめていた。
「お前は誰だ?」
降りかかった言葉に肩を震わせた私を守るようにウィリスとサディスは私の前に出て青年から私が見えないよう立ちはだかった。
「貴様には関係のない事だ。今すぐここから消えるのなら見逃してやる、だから即刻ここから立ち去れ。」
「消える、か。じゃあお前が元の場所に戻してくれるとでも?」
その言葉に引っかかるものがあった。
この人の言葉、自分以外に見た事のない髪色…そして私が起こされた理由を考えれば答えは一つ。
ウィリスとサディスもそれが分かったようだった。
「貴方が…この度の勇者ですか」
「なんの事かわからんな」
ウィリスの言葉に困惑したかのような声が聴こえる。彼はまだ説明を受けて居ないのだろう、サディスが彼に簡単に質問と説明をしてから連れて行く事にした。
彼は出て行く前に私の方を振り返る。
「お前の名は?」
「…申し訳有りませんが、その質問にお答えする事はできません。」
そう答えると顔を顰めるこの人に自分でもどうしてなのかわからないけど、胸が騒いだ。どこか、深い場所にあるなにか…
…いつもならこんな…いつもなら…?
忘れてしまった何かが疼くような感覚を感じた私は、彼の瞳をじっと見つめ、名を持っていないのです、と静かに告げると彼は目を見開いた。どうしてそんな顔をするのだろう。と思っていると、早くしろとサディスが彼を急かして連れて行こうとする。
「俺はアルフだ」
部屋を出る直前に彼はそう言い残して出て行った。突然の言葉にゆっくり瞬きを二、三度してから、やっとアルフと言うのは彼の名前だと言う事に気づく。
ーーー…アルフ。
その日、私は初めてウィリスとサディス以外の名を知った。




