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第二幕  あらかじめ失うことが決められた初恋(二)

 学校から汽車で二駅行った先に晴人の家はあった。時代錯誤もいいことに電車ではなく蒸気機関車(汽車)である。


 ここは日本の伝統を継承するために特別に制定された政令指定都市の一つで、先の大衝突以降に全国の神社仏閣を寄せ集めたことから神宮都市とも呼ばれた。

 国粋主義のもとでやたらと信仰および武士道が重んじられ、とにかく色んな部分で例外的な措置が取られている。文化保存政策によって石炭を使った蒸気機関など、国内の地産地消が奨励されているのが良い例だ。国内には石炭だけはたんまりあるというのがその理由らしい。科学技術をもってして排煙の無害化はできているが二酸化炭素の増加に対する対策は取られておらず、海外からの批判もある。

 次期燃料メタンハイドレートなどの実用化は、その存在が発見されてから五十年以上経っているのにいまだ目処が立っていないのが実情だ。今日のような風のない日は粉塵がまじっていかにも煙っぽい空気になる。


 天気のせいもあって幾分暗鬱な気持ちで晴人は家の門をくぐった。玄関に入ると共にと甲高い声が耳をつく。


「オォ! ベリィキュートボーイ!」


 晴人は突然頭を鷲づかみにされて顔面に柔らかい弾力を押しつけられた。


「ぐむぅーーーっ」


 窒息しそうになって晴人は相手を引きはがす。


「アゥム……ドンッエスケープ」


 褐色の肌をした大柄な少女がそこにいた。はち切れんばかりに胸元が膨らんだタンクトップに、付け根まで見えてしまいそうなミニスカートが眩しい。葉月がスタイリッシュな美しさを持っているとしたら、この少女はグラマラスな美しさだった。いまだ抱きついてこようとする少女を威嚇しながら、晴人は問いただした。


「誰だよお前っ」


「ソーリィ ワッチャネーム? アイムモーラ」


 少女は悪びれることなく大きなジェスチャーで自己紹介した。首にぶら下げた一眼レフとポケットに丸まっている神宮都市のガイドブックから、晴人は外国人観光客が迷い込んできたのだと思った。この辺の家は古臭く見えて実際には最近できた模造品レプリカばかりだ。不寺家は正真正銘の古家で、石庭作りの庭園が無許可で海外のパンフレットに載っていたこともある。


「ユードンライクミー?」


「はぁ?」


「モーラ、その辺にしておくんだ」


 床の間に続く廊下から浴衣姿の威彦がゆっくりと現れた。すらりと伸びた四肢は白く、藍染めの浴衣が良く映えた。切れ長の瞳は涼しげに狼狽している晴人を眺めている。威彦は晴人の二歳年上の兄だった。いまは高校三年生で晴人と同じ学校に通い、校内ではその外見の美しさから不寺の雅の異名を取っていた。


 威彦は優雅な手つきで煙管きせる煙草たばこを詰めこんだ。神宮都市では国産煙草しか取り扱いがないが、バカ高い税金がかけられているために逆に富裕層のたしなみとして需要がある。煙草の煙からは強くすみれの香りがした。晴人はこの匂いが大嫌いだった。二三十メートル離れていても、この匂いで威彦とわかるからだ。


「兄さんっ」


「どうだ? これが浴衣だ。似合うか?」


「ワオ! ビューティフォ! ワンダフォ! フォリンラービュー!」


 とろけそうな表情で少女は威彦を見つめた。確かに威彦は弟の晴人の目から見ても男前だった。だが、それは不寺の神法を使って魅力を高めているせいでもある。


「そうかそうか」


 威彦は満足げに髪をかき上げた。


「お前も存分に美しいぞ」


「アイムカインド オブイン……」


 少女は照れてもじもじと体をくねらせた。


「なんなんだこれは」


「ドンチューチェンジョアクロース? アイライクジャパニーズコスチューム!」


 少女は晴人に向かって話しかけた。晴人は少女が何故ここにいるのか聞こうとしたが、英語がうまく出てこなかった。


「アー、ホワットイズ……ユー? 兄さんなんとかしろよ、俺は英語わかんねーの!」


 晴人は威彦にまくし立てる。威彦は見下すように笑った。


「俺はさっきから日本語しか喋ってないぞ」


「へ?」


「モーラは日本語はしゃべれないけど意味は大体わかってるぞ。日本映画で勉強したんだそうだ」


「ナニミテンダ? コノヤロー、バカヤロー?」


少女が片言の日本語で挨拶する。


「ぜってー教材は任侠映画キタノブルーだろ。挨拶まちがってんぞ」


「晴人は英語に苦手意識があるから状況が把握できんのだ。もっと勉強することだな」


「うるせえよ。そもそもなんで外人がこんなとこいるんだよ?」


「神子にした」


「は?」


「アイオファー ア ライフトゥヒム」


 少女は食い入るような目つきで威彦を見つめていた。晴人は理解できずに頭を振る。


「おい! これでいったい何人目だよ」


「数は多いほうが良いに決まっているだろう」


「ふざけんな!」


 晴人が威彦に掴みかかろうとしたところで、


「駒があるのに越したことはありませんよ」


 とゆっくりとした口調で会話に入ってきたのは不寺艶姫ふじ つやきだった。威彦の母で、斎主だった右鏡亡きあと不寺家を守っている。普段の青鈍の五衣いつつぎぬでいたって地味な服装だったが、隠しようもない妖艶さをいつも醸し出していた。もとは右鏡の神子であったが、右鏡の死によってその契約は破棄されている。


 晴人は義理の母にあたる艶姫に子供の頃から冷たく扱われていた。晴人も人の親でありながら色香を漂わせて隠そうともしない艶姫のことが苦手だった。艶姫は長男である威彦を不寺の後継として育てるために、次男で異母兄弟である晴人にはいつでも厳しかったからだ。大祓されたのが母ではなく艶姫だったら、と思ったこともある。


「母上。騒がしくしてすみません」


 威彦は申し訳なさそうに頭を下げた。艶姫の美しさに目を丸くしている少女を紹介する。


「モーラ、俺の母上だ」


「オォ! ファンタスティック」


 少女は持っていた一眼レフで艶姫を撮影しはじめた。艶姫は最初に不快な顔をしたが、すぐに穏やかな笑みに表情を作り替える。


「モーラやめないか失礼だ」威彦がたしなめる。


「いいのよ威彦。モーラお嬢さん。よくいらしたわね。おもてなしをしなくてはね。あなた和菓子は好きかしら? いま丁度美味しいあんこがあるのよ」


「オー、アンコ! アイムラビンッ!」


 少女は目を輝かせて頷いた。


「そう、よかったわ。こちらにいらっしゃい。お茶にしましょう」


 威彦が艶姫に誘われるまま少女を連れて奥の間に入っていく。艶姫は振り返りざまに晴人に声をかけた。


「晴人」


 芯のある声に捉えられて、晴人はたちまち緊張する。


「はい、宮殿」


 人は彼女を不寺の宮と呼んだ。晴人もそれに習って宮殿と呼んでいる。


「あなたは不寺の務めをまだ理解していないようね。それでも別に構わないけれど、威彦の足だけは引っ張らないで頂戴」


 晴人の返事も聞かずに艶姫は奥の間へと消えていった。ひとり取り残された形になった晴人は、無言で唇を噛みしめた。


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