第六幕 思いの丈(一)
夜が明けてから晴人が威彦を抱えて不寺の家に戻ったときの騒ぎときたら、相当なものだった。
「威彦っ。どうしたの? しっかりして頂戴っ」
子犬のように体を震わせるばかりの威彦に、艶姫は半狂乱となって問いかけ続けた。
「どこが悪いの? 何か言ってごらんなさい。痛いところはないの? ねえ、威彦? ……威彦っ」
息子を抱いたまま艶姫は晴人を睨みつける。
「晴人、この子に何をしたの?」
黄泉から連れ出したときには、もうこうなっていたのだ。晴人はただ困ったように首をかしげるしかなかった。艶姫が祈るように威彦の手を握りしめたとき、手の甲に走る傷跡に気がついた。
「これは……」
手についた土汚れを拭おうとすると威彦は痛がって暴れ、艶姫はすぐに使用人を呼んで手を洗うための湯を用意させた。
「まさか、……黄泉の烙印……」
露となった甲の傷を見て艶姫は戦慄いた。晴人もその文様は古文書で目にしたことがあった。確か黄泉の国で罪人がつけられるものだという。罪を贖うまで決して許されることなく、この烙印があるかぎりは逃げることもできない、そういう伝説だった。
「なんてこと! 禊ぎをっ! いますぐ禊祓の準備をっ!」
艶姫は威彦の頭を胸に抱え込んで強くだきしめた。
「なんてこと……大丈夫よ、必ずわたくしが助けますからね……。晴人、お前がやったんだね? お前が威彦を黄泉の罪人に……っ!」
「いや、違うっ。俺は何もしてないよ」
「お前は霊鬼の荒魂だよ!」
艶姫は威彦を抱いたまま泣き崩れた。晴人は何も言い返せずに立ち尽くす。
艶姫が他に怪我がないか使用人とともに威彦のあちこちを確かめているすきに、晴人はそっと自分の部屋に戻った。思い当たるふしがあって、ズボンを下ろす。
付け根のほうに目をやると、太ももには威彦と同じ烙印がくっきりと焼き付いていた。
 




