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第五幕 黄泉(一)

「威彦、今日からあなたが不寺の斎主となります」


 不寺の屋敷で艶姫から斎主を拝命した威彦は、白い狩衣姿で深々と畳に頭をつけた。


 外宮でのあやかし騒動から十日あまりが経っていた。


 内宮の心御柱奉納ではなにも起こらなかったものの、外宮であやかしを調伏しきれずに多数の犠牲者を出したことから、瑞垣は厳しい矢面に立たされている。直々に再編を迫る勅旨が発行されるとの噂もまことしやかに囁かれている。他の家と合併などして不寺の家が取り込まれたりしないように、今回の斎主拝命はその機先を制するものだった。


「謹んでお受け致します」


 遅かれ早かれ跡を継ぐと思っていた威彦は、迷いなく斎主の座を受けた。


「晴人の件は不寺の汚点ですから、あなたがしっかりと名誉を挽回しなくてはなりません」


「わかっています、母上」


 青鈍の五衣ではなく正装の唐装束をまとった母はいつも以上に凜々しく、威彦の心をかき乱した。


「本当にあなたのような息子を持ててわたくしは鼻が高いわ。これで右鏡様にも顔向けできるというもの」


「はい」


「この晴れやかな門出を祝してあなたに授けたいものがあります。こちらにいらっしゃい」


 艶姫に連れられて威彦は奥の間へと進んだ。いつもより母の背中が小さく見える。これからは名実ともに自分が母を守っていかなくてはならないと、自然と身が引き締まる思いがする。


「さあ、こちらに」


 艶姫がふすまを開けるとそこに立っていたのは戦装束に身を固めた晴人だった。


「晴人……?」


 十日前に病院のICU(救急救命)で見て以来だった。あやかしは仲間を増やしたのちに晴人や修験僧にはとどめを刺さずに飛び去ったという。威彦はまじまじと晴人を眺めた。晴人の目線はこちらを向いているようだが、はっきりしない。晴人の頬の縫い傷はまだ真新しかったが、切り離されたはずの右腕は繋がっていた。これほど早く回復するとは予想もしておらず、威彦は目を見張った。


「母上、これは一体どういうことでしょう? なぜ晴人がここに?」


 艶姫は威彦ににっこりと微笑んだのち、厳しい口調で晴人に言い放った。


「晴人、あなたの主よ。平伏なさい」


 晴人が跪いて頭を垂れた。


「先日斎主を亡くした瑞垣を説得して晴人を式神にしてもらったの」


「なんと、そんなことを……」


 威彦は驚きのあまり言葉を失う。


「もし再編が起こるときには便宜をはかるのを条件に、いくつもの禁忌の術を組み合わせてもらったわ。これから不寺は瑞垣の頂点として君臨していかなければなりません」


 艶姫は仕掛棚から十束剣を取り出して、恭しく威彦に差し出す。


「十束剣に晴人の霊魂を閉じ込めてあります。この神器がある限り、晴人は永遠にあなたの使いとなりましょう」


 威彦は十束剣を受け取り興奮に戦慄いた。こざかしい晴人を意のままに操れる日が来ようとは、考えてもいなかったからだ。


「病院のお医者様からは意識が戻るかどうかもわからないと言われていたの。だから晴人にとっても御の字でしょう。こうして生きながらえて人の役に立つことができるのですから」


 艶姫は息子の肩にしなだれかかる。


「このわたくしも今日からはあなたの下で生きていくのです。くれぐれも、頼みますわよ」


 母の香りに包まれて、威彦はこの世の幸福を噛みしめた。


******


「しかし、いざ好きに出来るとなると何をしていいのか迷うものだな」


 自分の部屋に戻った威彦は入り口で仁王立ちする晴人を顧みた。瞳を覗き込むが、その目には感情がこもっていないただのガラス細工のようだ。試しに腹部を目一杯殴りつけると、声を漏らして晴人は膝をついた。どうやら痛みは感じるらしい。しかし呼吸が落ちつくとまた何事もなく立ち上がった。反抗的な態度は一切ない。こうなると、これはこれで威彦は張り合いがなくて面白くなかった。


「これでは見る影もない……か」


 晴人の負けが起因して斎主になったものの、母から頼られたことに関してはむしろ感謝したいくらいだった。確かに晴人は父を見殺しにしたが、自分がいたからといって父が救えたかどうかはわからない。威彦は甘っちょろい晴人のことを嫌ってはいたが、恨んではいないのだということをいまさらながらに思い知った。


「できるのなら、抵抗してもいいんだぜ」


 威彦は今度は晴人の腿のあたりを蹴りつけた。晴人がうめき声を上げて壁により掛かる。確か腿は怪我をしていたはずだ。こたえたに違いない。


「まあいい、いずれ地獄を見せてやるよ」


 威彦は晴人に家の警備を言いつけると、神子の待つ地下室に足を向けた。


 家出させた神子は人目に触れぬよう地下室で暮らさせている。式神が監視しているので逃げ出す心配はないが、いまごろ退屈しているだろう。役に立つまでは、なるべく機嫌を取らないといけなかった。見せかけでもわずかな優しさが、今後の彼女たちの猟犬のような忠誠と活躍を導くからだ。


 遷御のときが近い。まずはしっかりと手柄をあげることだと、威彦は自分を戒めた。


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