表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説

「もういいよ」

作者: うわの空

「おうちの中で、かくれんぼしようか」


 母にそう言われた時は、心の底から嬉しかった。

 母はいつだって忙しそうで、あまり構ってもらえなかったから。

 それにいつも疲れた顔をしていて、――いや、あの時も疲れた顔をしていた。

 疲れた顔をしていた、はずだ。


 私が気付けなかっただけで。


 母は寝室のベッドに座ると、笑った。


「お母さんはここで十数えるから、その間に隠れてね」

「うん!」

「じゃあ、数えるね。いーち、にーい……」


 私は寝室を飛び出すと、隠れる場所を探してバタバタと走り回った。

 マンションの十二階に住んでいたので、下の階の住人にとってはいい迷惑だったろう。


 自分の部屋に隠れようかと考え、辞めた。きっと、すぐに母に見つかってしまうから。


「もういいかーい」


 母の声が聞こえてきた。私はあわてて、「まーだだよ」と返事する。

 またいちから数え始める、母の声。私はリビングに向かうと、こたつの中に潜り込んだ。それから少しだけ、こたつ布団をめくりあげた。


「もういいかーい」


 先ほどと同じ、母の声。私は母にも聞こえるよう、なるべく大きな声で答えた。


「もういいよー」


 私の答えと同時に、何かが落ちるような音がした。






 母は、なかなかやってこなかった。

 リビングどころか、他の部屋を探している様子もない。

 息苦しくなってきた私は、こたつから抜け出し寝室へと向かった。


「……おかーさーん?」


 寝室のドアを開けてみるものの、母の姿は見当たらない。


 開いた窓。小さなベランダ。

 ばたばたと音を鳴らして揺れるカーテン。同じリズムで揺れる洗濯物。



 ――悲鳴。



 ベランダの真下。小さく見える母。地面に広がっていく、真っ赤な、





 

「もう、死んでもいいかしら」


 母がそんなことを呟いたのは、かくれんぼをする三日前。それを聞いた父は、「何言ってるんだ」と笑い飛ばしてから、「まだ死ぬなよ?」と茶化すように言ったそうだ。

 それに対する母の反応は、




「いつになったら、死んでもいいよって言ってくれるの?」




 ――三日後。母は、私にかくれんぼを提案した。




「もういいかい」と、訊いてきたのは母で。



「もういいよ」と、答えたのは私だ。






「――……もういいよって、言ってほしかったんだね。あの時」


 そんな意味で答えたわけじゃなかったのに。

 きっと母だって、それは分かっていたはずなのに。

 それでも言ってほしかったんだろう。


「もういいよ」って。




 私は手首の傷を隠すように長袖のカーディガンを羽織ると、空を見上げた。


 電線でがんじがらめにされた空。


 小さく息を吸って、そこにいるのか分からない人に、問いかける。





「――もういいかい」  



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  どんな形でも、自らの死を認めてくれる言葉が欲しかったんですね。 [一言]  すみません。  「もういいよ」のこの使い方、少し形は変えますが、もらってもいいですか?   一つ、小説のアイデ…
2012/05/08 17:57 退会済み
管理
[一言] 胸が熱くなりました。 切ないと言うか、苦しいと言うか...。 久々に、胸へと突き刺さるお話を読んだ気がしました。 ありがとうございました!!
[一言] 可愛い思い出話かと思って読み始めたら 切なくなってしまいました。 主人公には「もういいよ」ではない 優しい言葉をあげたくなりました。 素敵な作品をありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ