砂まきの儀
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うぼあ~、今日はまた暑いなあ。
5月の最初だぞ? まだ涼しげな風が肌をくすぐって、あ~あと野原で大の字に寝ころんで伸びをしているタイミングだろ?
でも、今の気候で同じことをしていたら、上からの太陽にローストされてお肉になるばかり……本気で地球は人類を試しにかかっているのだろうか? それとも単なる人類はじめ生命体の自業自得なのか?
本当のところは教えてもらえない以上、なんとか我々は考えて対処していくしかないわけで。刻一刻と状況が変わっていくと、つい目の前のことで手一杯になってしまう。
でも、自分がメインとしている、そのことがらとは別側面から迫るものがあるとしたら注意を払わざるを得ない。彼らにとっては「おとり作戦」かもしれないしね。備えは必要だ。
ちょっと前に友達が話していたことなのだけど、聞いてみない?
着いた火を消すものとして、代表的なのは水以外に砂があげられる。
砂の性質的に火元と酸素を遮断する役割に向いているからだ。燃やすものがなければ、火が広がることもなくなる。シンプルなことだ。
消火用の砂をそなえているところは多いだろうけど、砂自体は僕たちの生活の中でよく見慣れたものだろう。公園であったり学校のグラウンドであったり……あまり少ないイメージは持たない人もいるのでは?
しかし、砂の遮るパワーと使い道は単独の運用ばかりとは限らない。ときに、人間の力と合わさって、不可解なものに抗する手段にもなるのだとか。
友達の地元だと、「砂まき」というのを定期的に行うようだ。
ほら、節分のときに豆をまくだろ? 鬼は外って具合に。砂まきもそれと関連した破邪のやり方のひとつとされている。
砂まきは2か月に一度、大安の日のいずれかを選んで行われるそうだ。砂の種類は問わないものの、天候はできる限り晴れているのが望ましいとか。
砂に制限がない代わりに、人間側にはちょっとした制限がある。その日は砂まきの実行まで肉と酒しか摂取してはいけない。未成年であるならば肉だけとなり、水分の摂取も許されない。
起床と共にそれらを口へ入れ、ちょうど一時間が経ってから砂を玄関へまき始める。手袋などはつけず、じかに自分の手でだ。
砂は家々に応じた、玄関先の広さに応じたもので構わない。アパートの一室とかならば、少なめで済むそうだ。
しかし、玄関の戸に接するところは特にすき間なく砂で埋めてしまうのが、肝要らしい。
そして砂をまいたならば、その日は定期的に砂の様子をうかがったほうがいいとのこと。
たいていは無事に済むものの、そうでないケースがあったときに困るからだ。
友達は小3のときに経験があると話していた。
家族で、ローテーションでまいた砂の様子を見張っていたらしい。二階建ての家の一室からなら玄関先を見下ろすことができたそうなのさ。
で、友達が見張る番になってからほどなく。まいてある砂に「動き」が見られたそうなんだ。
まいた砂の中央が、おのずと渦を巻いていくような動きを見せる。最初は風でも吹いているのかと思ったけれど、周囲の木々や電線などはぴくりとも動いていない。
――あの砂の上に、何かいる!
友達は目を凝らしてみるものの、砂の各所へ渦巻きが増えていくのを見届けるばかり。そこには何者の姿も見当たらない。
ただ、このような事態を見たなら、すぐさま親へ報告するように仰せつかっている。
友達が向かった先は台所。そこで両親は鉄の串を火であぶっているところだった。
まいた砂に異常が見られたとき、こいつの出番であることは知らされている。友達から話を聞いた両親は、そのあぶったばかりの鉄串を手に、玄関へ向かったそうだ。
両親が戸を開けるその瞬間まで、砂たちは確かに渦巻く動きを続けていたものの、ぴたりとその動きを止める。
親たちは友達にも鉄串の一本を持たせ、渦のどれかひとつの中央へあてがうように促した。
そこにはやはり何もないはず。なのに、友達があてがうや肉を焼くような「ジュウゥ~」という音が響いてくる。
親のあてる、別の渦からもだ。やがて当てている串は、もともとの黒色から白く染まっていき、砂もまた黒ずみながらも、磁石などで操られているかのごとく、渦の溝がまわりの砂たちによって埋め尽くされて、消えていったとか。
渦たちすべてを消し終えると、両親は友達へ教えてくれた。これはよからぬものが、家の中へ入り込もうとしていて、それを完全に追い払う運びだったと。
ただの砂では、こうはいかない。肉や酒のみを取り込んだ人間の汗や皮脂などといったものが合わさって、はじめて効果を生むものなのだとか。
悪しきものの正体は、友達には分からないけれど、このことは思い出として今も心に刻まれているらしい。




