第45話 上昇する変化球
〈清流剣〉とは剣の流派の一種、風や水の流れに身を任せた剣術を使いこなすことができ、その美しさは見る者をも魅了するという。
極めている剣士はごくわずかで、エルフの中でも使い手は限られている。その限られた使い手の中で唯一先祖代々受け継いでいるのがハヴィエール公爵家だ。ハヴィエール家が『ティアランピア』屈指の有力貴族として成り上がったのも、ひとえに〈清流剣〉を代々一家の長が受けついでいるのが最大の要因だ。
ジュスランもその〈清流剣〉を受け継いでいる、そして極めている男だ。二十年前戦った時、俺は並外れた身体能力を生かして超高速で殴りかかろうとしたが、あっけなくかわされジュスランに受け流された。
あの身のこなし方は、全く読めなかった。まさに流れる川のごとしといったところだが、水や風の流れに身を任せられるということは、水や風と同じような動きができるということだ。
人間の体の動かし方、動き方にはある程度のパターンや癖があって読みやすい。でも水や風など大自然と一体化した動きは、人間が意図した動きにならず全く不規則で読みづらくなる。
これは野球で言う変化球と逆のパターンだ。ピッチャーが投げる球は、通常なら重力や空気抵抗の影響で放物線を描く軌道になるが、球の握りや腕の振り方を工夫してその軌道を変化させることができる。
これが変化球となるわけだが、人為的に軌道を変化させているから自然の流れに逆らっているともいえる。〈清流剣〉とは逆のパターンだ。
「どうした? もうお手上げかな……?」
「……まさか……」
自然の流れに身を任せる。逆に言えば、自然の流れに逆らった超変則的な動きのある攻撃を、ジュスランはかわせない。
俺はもうそれを極めている。鞄の中に入れていた大量の小石の出番か。
「そんな小石程度で何をする気かね?」
「お前に投げて当ててみせる、と言ったらどうかな?」
「……ははは! 全くもって馬鹿馬鹿しいな! 狩人じゃあるまいし、数うてば当たる戦法に頼るなど」
「いや、俺の第二の職業は……狩人だ」
あくまでこの世界での話だけどな。ジュスランは笑ったままだ。
「いいだろう、避ける必要などない。全てはじき返すだけだ、投げてみろ!」
やっぱり予想通りだ。ジュスランは自分の実力に自信があるからあんなことが言える。
お言葉に甘えて全部投じてやるよ。手の持っていた石を全てジュスランめがけて投じた。
投げた石はほぼ全てジュスランの小剣にはじき返された。
なんて華麗な剣さばきだ。俺のスキル〈変化球〉は敵がはじいた物体までは変化できない。むなしく地面に石が大量に落ちていく。
でもたった一つだけ、違う軌道で投げた小石がある。ジュスランが勝ち誇った次の瞬間。
ガッ!!
衝突音が響き、次の瞬間ジュスランは倒れ込んだ。
「一個だけ見逃してたようだな」
「……馬鹿な……どこから?」
「い、一体なにが……?」
「スキル〈アッパーカット〉さ」
「〈アッパーカット〉?」
〈アッパーカット〉とはボクシングで放つパンチの一種だ。肘を曲げたまま下から突き上げて攻撃するパンチで、もろに食らえばそれこそ宙に浮かんだあとで地面に仰向けに倒れる。今のジュスランのように。
格闘技をマスターしたい一心で、俺は必死にボクシングの試合を観まくっていた時期もある。そこで見たボクサーのアッパーカットの軌道をそのまま変化球として生かせないか研究した。
本来野球の投球は重力には逆らえず、どんな変化球でも地面に落ちていく。アッパーカットは下から突き上げる動作になるから、必然的に重力に逆らう。変化球では本来は不可能な芸当だ。
ではどうすればいいか。答えは簡単、地面すれすれの位置から腕を振り上げて投げる。通常ピッチャーの投球フォームは腕を振り下ろすオーバースローが一般的だ。
でもこれとは逆、すなわち腕を地面すれすれの位置から振り上げる動作で投げるアンダースローもある。俺が今披露したのがそれだ。これならば投げた小石は腕を振り上げるのに乗じて、下から上がりやすい軌道になる。さすがのジュスランも、このアンダースローとアッパーカットの組み合わせは予想外だったろう。
俺はゆっくり近づきジュスランを見下ろした。どうやら気絶したようだ。
「……ジュスラン様……」
「安心しろ、かなり手加減して投げたから死んではいない。この隙に中に入るぞ」
あまりいい気分はしない、なんといってもサリアの実の兄だ。でも今は非常事態なんだ、許してくれ。
「門を開けるぞ。バッカス、いそ……」
その刹那、殺気を感じてバッカスと一緒に地面に伏せた。
「ひぃ! なんですか!?」
「……あいつ……」
「え!? あぁ、まさか……」
「……今のはきいたぞ……」
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