第42話 サリアの兄
俺はバッグの中にしまっていたヤドゥークリ草を取り出した。兵士たちの顔つきが変わった。
「ヤドゥークリ草!? これは……本物のようだな」
「ありがたい。ちょうど切らしていたところだったのでな。これがあればハヴィエール卿は救われる」
「はい、どうぞ受け取ってくださいませ!」
兵士の一人がヤドゥークリ草を受け取り、邸宅の中へ急いで入っていった。なんとか無事に届けられたな。
「あとでハヴィエール卿に伝えておこう。バッカスは命の恩人であるとな」
「いえいえ、普段私の宿を裏から手厚く支援してくださっていますから、当然のことをしたまでですよ」
「ところで……そちらは?」
「申し遅れた。俺はモリタ・ゴーイチ、冒険者だ。ちょっと急用でな、今すぐにハヴィエール卿の邸宅に入れてもらいたい」
ちゃんと自己紹介したが、やっぱり俺への視線は不審なままだ。
「あの……この方は……セリナ様のボディガードでして」
「なに? セリナ様の!?」
「あぁ、いや……今のはその……」
いかん。バッカスが余計なことを言ってしまった。セリナのボディガードなんて、二人だけで勝手に定めたんだ。兵士達が知るわけないだろ。
「セリナ様が新人のボディーガードを雇ったという話は聞いていない。お前は何者だ? セリナ様はどこにいる?」
まずい。さっきと違って完全に敵意に変わったな。セリナがこの町に戻っていないから、余計誤解される。
「あの……ゴーイチ殿、これはどういうことですか?」
「いや、その……偶然鍾乳洞の森の近くでオークに囲まれているところを助けてね。それで腕を買われてボディガードになったんだ」
苦し紛れに考えたがどうだろうか。兵士達が俺達と距離をとって、こっそり耳打ちで会話しだした。
「……どう思う?」
「……空を飛んできた目撃情報があるからな……怪しすぎる」
「でもわざわざヤドゥークリ草を届けに来てくれたんだ。敵ではないと思うが……」
「とにかく、邸宅に入れるわけにはいかん……まだ戻っていない以上、行方を知る唯一の男だ……尋問を続けるぞ」
「場合によっては……拘束するか」
丸聞こえだ。やっぱり俺を知っている奴は皆無だな。
強引だが、スキル〈神経突き〉で全員気絶させるか。
「なんの騒ぎだ?」
またしても別の男の声が聞こえた。兵士達が咄嗟に振り向くと、その先には俺より背の高い高貴な身なりのエルフの男が立っていた。
やや小じわが少し目立つような顔だが、美しい金髪と細く鋭い眼光と端正な顔立ちからはどことなくサリアと面影がある。俺もこの男を知っている。
「若様、申し訳ありません。この人間どもが町に不法侵入したもようで……」
「不法侵入……? お前達は……」
男は近づいて、俺達の顔をじっと見た。やっぱり間違いなくあの男だ。
「お前……どこかで会ったか?」
「……覚えてないかな? 俺だよ、ジュスラン」
「なぜ私の名前を!?」
バッカスが目の前にいるが、ここまで来てもう誤魔化すの止めよう。
「モリタ・ゴーイチだ。百年ぶりだな」
「ひゃ……百……年?」
「あとで詳しく話すよ。ジュスラン、俺達を邸宅の中に入れてくれ。大至急、巨鳥ラズリーの力を借りなくてはならない」
*
ジュスラン・フォン・ハヴィエール、ハヴィエール家における若き貴公子の名前と容姿はすでに『ティアランピア』に知れ渡っていた。
現在父親のガルシア・フォン・ハヴィエールが王宮において祖父のグラシオ・フォン・ハヴィエールのあとを継ぎ執政官に就いているため、事実上『ティアランピア』を統治する長は祖父である。だがその祖父も山に伏した今では、長男のジュスランが全て代理で町の政を司る。
いずれは自分が跡を継ぐ地位とは知りながらも、急遽病に倒れた事情で任されることになるとは思わなかった。日々慣れない激務でジュスランの心労は増えるばかりだ。
その激務もようやく解放されるかもしれない。先ほど吉報が届いた、“魔怨”の特効薬となるヤドゥークリ草が届いた。届けてくれたのは『花鳥の集会所』を経営する亭主のバッカス、祖父のグラシオの計らいもあったが、そのバッカスも人間の年齢ではすっかり老人だ。入手困難のヤドゥークリ草を、遠方から迅速に届けられたのは、もう一人の人間の援助があった。
その人間の名前はモリタ・ゴーイチ、背が高く屈強な体つきをした肉体はいかにも冒険者らしい身なりだが、その名前と顔つきからジュスランは以前にも会っていたことを思い出した。
百年前、確かに小さな体の人間の少年が、不思議な球体と木の棒を担いでサリアと一緒にこの町にやってきたことは覚えている。野球という変わった遊戯を得意としたその少年は、球体を華麗に遠くまで投げ飛ばしたり、持っていた木の棒を使い、さらに遥か上空の魔物を討ち取ったりもした。
それは、もう百年前のことだ。人間の年齢の限界は知っている。そこまで長く生きれる種族ではない、仮に生きられたとしてもすっかり老人になるだろう。
しかし目の前にいる男は、老人ではない。それどころか自分より若く見える。自分はエルフの中でもすっかり中年の年齢だが、その自分よりも百年経った人間の方が若く見えるなどあり得ない。
「……モリタ……ゴーイチ……」
「ジュスラン、思い出してくれ。百年前、サリアと一緒にこの町に来て、一緒に野球をして遊んだじゃないか!」
自分の名前を知っている。しかも巨鳥ラズリーのことも。確かに本人のようだ。
「若様、この男は一体何者なんですか!?」
「何者とは失礼だな! 百年前にもサリアと一緒に来たゴーイチだ、忘れたなんて言わせないぞ」
「信用してはいけません。その男、どうやら空を飛んでこの町に侵入したようです。怪しすぎます!」
「…………」
本来なら部下たちの言うことが全うだ。一家の主として、人間の男たちを邸宅の中にいれるわけにはいかない。掟は絶対なのだ。
「ご存じかもしれないが、ここは『ティアランピア』、我々エルフ達が支配する領域だ。人間であるそなた達が軽々と足を踏み入れられる場所ではない」
「な!? はるばるヤドゥークリ草を届けた人間達に向かって、その態度はないだろ」
「届けてくれたことは感謝する。だが、それとこれとは話が別だ。ましてやハヴィエール卿がご病気であるこの状況下ではな」
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