第41話 邸宅へ
「……行ったわね、それにしても凄い速さ。もう見えなくなった」
外に出たゴーイチとバッカスは、『キースラーの町』で見せた時と同じように、遥か上空に一瞬で飛び去った。ものの五秒もしない内に、ゴーイチとバッカスの影は見えなくなった。
シモーヌは静かに見届けた。さっきゴーイチから言われた感謝の一言が頭をめぐる。素直に嬉しかった。最初に出会ったときはぶっきらぼうな印象が強い人間だったが、想像していたよりも礼儀深い性格かもしれない。気のせいか、少し高揚してきた。
「……いけない、私ったら。何考えてるのよ……まだ出会って二日しか経っていないのに……」
「あの、よろしいですか?」
突然後ろから声をかけたのは村長だ。
「さきほど村へ戻って来た村民の中に、ここから北にある森の中で背の高いエルフの魔道士を見かけた者がいるらしくて……」
サリアのことだ。シモーヌは一瞬でわかった。村長曰く、サリアのいた場所の近くには廃れた小屋があるらしい。
「……もしかしたら、サリア様はその小屋に?」
「可能性はあるわね。報告ありがとう!」
シモーヌはじっとしていられない性格だ。せっかくの目撃情報を無駄にするわけにもいかないし、何よりその小屋は怪しすぎる。
ゴーイチがどのくらいで戻ってくるかわからない。シモーヌは村を出て、小屋がある北の森へ目指した。
*
「見えたぞ! 『ティアランピア』だ!」
『ルセンの村』を飛びだって数分後、ようやく眼下にその町が見渡せる位置まで来た。
上空から眺めるのも実に二十年ぶりだが、やはり町並みは変わっていないようだ。エルフ達は人間のように過剰な変化を好む種族じゃないからな。
ただしいきなり町のど真ん中へ着陸すると騒ぎになる。町の中心部から離れた人気のいない場所あたりに狙いを定めて着地だ。ロープをぐいと引っ張り、方角を調整して着地した。
「なんとか着いたな。バッカス、しっかりしろ!」
「だ、大丈夫……です……はぁ……はぁ……うう!」
いかん、恐れていたことが起きたな。『ティアランピア』に到着して早々、老人の嘔吐は見たくない。ここは例のスキルを試すか。
確か吐き気のツボは、このあたりか。
「スキル〈経穴〉!」
「……おぉ、吐き気がなくなりました。一体何をしたのです?」
「気にするな。それよりハヴィエール卿の邸宅を探すぞ」
今のは応急処置だ。医学の知識になるが人間には三百以上の“経穴”と呼ばれる神経の交差点と呼ばれるツボがあり、そこを指で押すと痛みや病気などの症状が和らぐという。
野球をきわめて暇だった俺は、シーズンオフで医学の知識も極めようと、様々な大学教授や医者と交流しこの経穴について学んだ。その過程でスキル〈経穴〉を極めた。このスキルでツボを押せば、様々な体調不良は改善する。
もっともこれはあくまで一時的な処置だ。車酔いとか頭痛とか腹痛とか軽度な症状しか治せない。本格的に医療行為が必要な重い病気は対象外だ。
「変わってないな。あの頃と……こっちの方角か?」
「あの、ゴーイチ殿もまさか以前こちらに来たことがあるのですか?」
「……何度かな。俺はセリナのボディガードだぞ」
「し、失礼しました。いえ、私はつい一年ほど前にここに来たので、道案内が必要かと思ったのですが……」
「そうか……じゃあ、バッカスに任せるよ」
ここは素直にバッカスを先導させよう。来たといっても、二十年前だしな。正確な道のりについてはおぼろげだ。
「あれは神霊木です。もうすぐですぞ!」
神霊木か。懐かしいな、やはりまだ生えていたとは。『ティアランピア』においてひときわ目立つ大木だ。全長三十メートルはくだらない長さで、太さも根元は直径三メートル以上もある。あの神霊木に向かってキャッチボールしていたら、ひどく怒られたっけ。
あの神霊木が生えているのは、ほかでもないハヴィエール卿の邸宅の中庭だ。もう目の前だ。
「そこの者たち、止まれ!!」
突然男の声がした。振り向くと背後に数名の男のエルフ達が立っている。武器を持っている、しかもかなり高貴ないで立ち。恐らく邸宅の親衛隊か。
「変な人影が飛んでいるとの目撃情報があって来たのだが、まさか人間が侵入していたとは。どこから入って来た? 目的はなんだ?」
くそ。気づかれていたとは。ここで騒ぎを大きくしたくないのに。
「お、お待ちください。わたしはバッカスでございます、ハヴィエール卿の御邸宅まで緊急の用で参りました!」
「バッカス? 確か『花鳥の集会所』の亭主か」
「ハヴィエール公爵は現在病に伏せられている、誰とも面会は許されない状況だ。お引き取り願おうか」
「いえ、ですから……その病を治す特効薬の材料を持ってまいりまして……」
「なに? 特効薬だと!?」
「これだ……このヤドゥークリ草で特効薬が作れるんだろ」
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