第38話 誘拐されたセリナ
『キースラーの町』から少し離れた山中の山小屋の中で、二人の魔道士が落ち合った。一人はエルフの少女を抱えていた。
少女は眠っている。魔道士は少女を小屋の床へ寝ころばせた。男の右手には薬をしみこませた布があった。
「……首尾よくいったようだな……」
「うむ、だが信じられん。魔法も使わず、こうも簡単にエルフを眠らせるとは。これはどんな薬だ?」
「わからん。ボラリス様いわく、“クロロホルム”というらしいが」
「“クロロホルム”? 聞いたことないな……それはそうとあいつはまだ戻らないのか?」
質問された魔道士はかぶりを振った。
「……しくじったか」
「いや。時間を稼ぐことはできた、うまくフォレストガーディアンも操れたからな。おかげでこうして難なくさらえた」
「ボラリス様には感謝せねば。転移魔法陣の状態はどうだ?」
「修復はうまくいった。お前こそ、誰かに尾行はされていないな?」
そう言われて魔道士は小屋の窓から外を眺めた。
「大丈夫だ。一人町の途中まで追っかけてきた老人がいたが、無事に振り切ったよ」
「よし。ならば行くぞ」
待機していた魔道士は小屋の片隅に置かれたつぼの中の隠しスイッチを押した。床の一角に穴が開くと、そこには地下へ下りる梯子があった。
魔道士は再びセリナを抱え、その梯子をつたい地下へ降りた。しかし魔道士達は、その光景を遥か遠くの茂みの中から〈遠視〉でのぞかれていることに気付いていなかった。
「あそこね……まさか転移魔法陣が隠してあったとは。セリナ、待ってて!!」
*
「すると……間違いなく赤紫色のローブの男だったんだな」
「はい……間違いありません! ですが……あまりにも足が速く見失いまして……」
馬に乗ってきたバッカスは年齢に見合わぬほどの体力の持ち主だったようだが、それでも駆け付けたときには満身創痍の状態だった。
それもそのはず、なんとセリナが誘拐されたのだ。バッカスはなんとか俺達にそのことを知らせに来た。
急いでサリアにも知らせないとな。と思ったが、なんとバッカスがここに来る途中でサリアと鉢合わせし、すでに知らせたという。
サリアの性格はよく知っている。サリアには兄がいるのだが、その兄が以前危機に陥ったときに向こう見ずで突っ走ったことがある。あれは南のドラゴンが生息する火山地帯でのことだった。
今回は妹が危機にさらされるとは。なんでこうもサリアの肉親はトラブルがつきものなのか。
「赤紫色のローブの男なら……さっき見かけたぞ」
「え!? それ本当なの!?」
「見かけたといっても五百メートル以上は離れていたが、間違いなくその外見だった。山の中でナイトウルフの群れを率いていたフォレストガーディアン、そいつを操っていたんだ」
「フォレストガーディアン? 山の主ね。なんでそんな奴を……」
「わからんが、フォレストガーディアンは精霊なんだろ? 山中にいるナイトウルフどもを従えることもできるから……」
「なるほど! ということは……共謀ということですな!」
「……そうか! 魔物の大群を発生させれば、『キースラーの町』にいる冒険者達は駆り出される」
「その間、町の警備は手薄になる。奴ら、最初からセリナが狙いだったのか」
なんてことだ。もっと早くに気付けば。いや、後悔しても仕方ない。
「一体……なんでセリナが?」
「わかりませんが……おそらく身代金が狙いかと」
「無理もないわね。この界隈じゃ、ハヴィエール家ほど有名な家柄はないもの。常に危険と隣り合わせよ」
身代金。なるほど、奴らは祖父が“魔怨”にかかっているのを知っているんだ。一家の長が生死をさまよっている間、万が一孫娘が誘拐されたと知られたら何が起きるかわからない。つまり誘拐するなら今しかないということか。
卑劣な奴らめ。絶対に許さん。
「……どこに行ったか、見当はついてるか?」
バッカスに聞いてみたが、渋い表情だ。奴らは足も速かったうえに、気配も巧みに消していたらしい。
「手がかりがないとなると……頼みの綱はサリアか。バッカス、サリアはどこへ向かった?」
「も、申し訳ございません。私はこの村へ駆けつけるのに精いっぱいでして、とてもサリア様の動向までは……」
「……わかった。仕方ない、一旦『キースラーの町』へ戻って情報収集だな」
「……ねぇ、ちょっと!」
いきなりシモーヌが話しかけた。気のせいか、ちょっと得意げな顔を見せている。
「私がいるのを忘れてない!? 何のためのパーティーよ!」
「悪いが今ギルドの依頼を受けている場合じゃない。一刻も早くセリナを……」
「違うったら!! セリナ様の行方を知りたいんでしょ!?」
「あぁ、そうだが……知ってるのか!?」
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