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8話:最強だけが見る景色

強さとは、勝つことなのか。

それとも、生き残ることなのか。


回道はすでに知っている。

力を振るえば勝てる相手がいることも、

どれだけ考えても勝てない未来が存在することも。


それでも彼は立ち止まらない。

なぜなら――“見えてしまった”からだ。


最強だけが辿り着く場所。

最強だけが背負う孤独。

最強だけが見ることを許された景色。


そこは、誰かと並んで立つ場所ではない。

誰かに理解される場所でもない。


それでも前に進む者だけが、

その景色の輪郭に触れる。


これは、勝利の物語ではない。

選ばれた者が、選ばれてしまった先の物語だ。


――最強だけがみる景色、その入口へ。

何度も、何度も、本霊は悲鳴を上げようとした。

だが、声を発するより早く――顔面に拳が叩き込まれる。


鈍い衝撃音。

歯が鳴り、声は喉の奥で潰れた。


逃げようと後退すれば、今度は脚。

膝を砕くような一撃が叩き込まれ、本霊は無様に地面へと膝をつく。


容赦はない。

躊躇もない。


ただ、倒すためだけの暴力が、正確に、冷徹に、繰り返される。


――後に剛堂は、この光景をこう語った。


剛堂「あいつは……戦鬼だ」


怯えきった本霊の顔が、ほんの一瞬だけ露わになる。

その刹那を、回道は逃さない。


現れた足。

次の瞬間、首筋へと叩き込まれる渾身の蹴り。


息が詰まり、音もなく――本霊は絶命した。


霊体は崩れ、霧のように霧散していく。

砂煙だけがその場に立ち込め、すべてを覆い隠した。


やがて、ゆっくりと砂煙が晴れる。


そこに立っていたのは、回道だった。


だが、その姿は、先程までの回道ではない。

どこか削ぎ落とされ、研ぎ澄まされ、

一皮剥けたどころではない――成長の“向こう側”へと踏み込んだ存在。


剛堂は、倒れたまま、その背中を見つめていた。


恐怖ではない。

嫉妬でもない。


ただ、純粋な憧れだった。


――ああ。

こいつは、もう同じ場所には立っていない。


剛堂は、そう確信していた。


回道が、ゆっくりと剛堂の方を振り向いた。


その視線が合った瞬間、

剛堂の肩がビクッと跳ねる。


先ほどまでの光景が、脳裏から消えない。

圧倒的な暴力。

容赦のない判断。

人を超えた何か。


不穏な空気をまとったまま、回道は剛堂の元へ歩いてくる。


一歩。

また一歩。


距離が縮まるたび、剛堂の表情は強張っていく。

喉が鳴り、息が詰まる。


――来る。

何か言われる。

あるいは、別の何かか。


そう思った瞬間。


回道は、ふっと表情を崩した。


いつもの、見慣れた笑顔。

そして、目の前に差し出される手。


回道「帰ろ、剛堂!」


その一言で、張り詰めていた空気が一気にほどけた。


剛堂は、思わず大きく息を吐く。


戦闘能力は、確かに遥か先へ行ってしまった。

もう並び立てる存在ではないのかもしれない。


それでも――。


今、目の前にいるのは、

仲間を気遣い、笑って手を差し出す、いつもの回道だった。


剛堂は、その事実に、心の底から安堵した。


――ああ、まだだ。

まだ、戻ってこれる。


剛堂はその手を、迷いなく掴んだ。


遠くで、パトカーのサイレンが鳴り響き始めた。

甲高い音が夜の住宅街に反響し、じわじわと近づいてくる。


どうやら、騒動を見聞きした住人が通報したらしい。


剛堂「……来たな」


回道「だな。長居は無用だ」


二人は一瞬だけ視線を合わせる。


剛堂が身体強化の配分を即座に切り替える。

力も耐久も切り捨て、スピードに全振り。


次の瞬間――

景色が流れた。


地面を蹴った衝撃すら置き去りにし、二人の姿は闇の中へ溶けるように消える。

サイレンだけが、虚しくその場に残った。


辿り着いたのは、能力者御用達の病院。

外見は普通の総合病院だが、地下に降りると雰囲気が一変する。


消毒の匂い。

結界処理された白い廊下。

慣れた手つきの医療スタッフ。


二人は無言で治療を受けた。


骨のズレを戻され、裂けた皮膚を縫合され、霊的ダメージを抑える処置が施される。

回道は天井を見つめたまま、静かに呼吸を整えていた。


剛堂「……生きてるな、俺ら」


回道「生きてる生きてる。勝ったしな」


剛堂は苦笑する。


剛堂「俺なにもしてないんだけどな」


回道は何も言わず、ただ肩をすくめた。


治療が一段落した後、回道はスマホを取り出す。

画面に表示された名前を見て、少しだけ表情が緩む。


通話開始。


十神「――おう」


回道「終わった。敵は討伐、剛堂も俺も生存」


一瞬の沈黙。

そして、電話越しに分かるほど明るい声が返ってくる。


十神「……ほんまか。良かったぁ」


その声は、心底安堵している響きだった。


十神「無茶しやがって。けど……ようやった」


剛堂「ギリギリでしたけどね」


十神「それでもや。帰ってこれた。それが一番や」


回道は、少しだけ目を細める。


回道「次はもうちょい楽な任務頼む!」


十神「考えとく。今日はもう休め」


通話が切れる。


病室に、静寂が戻った。


剛堂はベッドに深くもたれかかり、天井を見上げる。


剛堂「……なぁ回道」


回道「ん?」


剛堂「お前……普通じゃねぇよ」


回道は一瞬だけ考えてから、軽く笑った。


回道「知ってる」


その声は、どこまでもいつも通りだった。


医療能力を使える医者が常駐しているおかげで、致命傷に近かったはずの怪我は奇跡的な回復を見せた。

本来なら全治二か月――そう診断されてもおかしくない状態だったが、治療と能力補助を重ね、時間を圧縮するように回復が進む。


それでも一瞬ではない。

痛みも、だるさも、身体の重さも確かに残っていた。


そして四日後。


回道は包帯の取れた腕を軽く動かし、病院の出口に立っていた。

剛堂も同じタイミングで退院している。


回道「……四日で出られるとはな」


剛堂「正直、意味わかんねぇ回復力だ」


軽口を叩きながらも、二人ともどこか引っかかるものを感じていた。

胸の奥に、妙なざわつきがある。


回道はスマホを取り出し、十神に連絡を入れる。


コール音は短かった。


十神「――帰ってこい」


それだけだった。


回道「……え?」


だが、返事はない。

通話はそのまま切れた。


剛堂が回道の顔を見る。

その表情を見ただけで、空気が変わったのが分かった。


剛堂「……ただ事じゃねぇな」


回道「間違いない」


声が、明らかに暗かった。

いつもの軽さも、教師としての余裕も、一切なかった。


二人は顔を見合わせ、同時に頷く。


回道「急ぐぞ」


剛堂「おう」


身体強化を起動する。

回道と剛堂は能力をスピードに全振りして街を駆けた。


風景が流れ、足音だけが連なる。


胸騒ぎが、どんどん大きくなっていく。


学校の敷地が見えた瞬間、回道は確信した。

――何かが、もう始まっている。


そしてそれは、

自分たちが知らないところで、確実に取り返しのつかない段階へ進んでいる。


寮に入る前から、空気がおかしかった。

昼間のはずなのにやけに静かで、音が吸われているような、不吉な重さがまとわりついている。


剛堂が無言で寮の扉に手をかける。

軋む音とともに扉が開いた、その瞬間――


共同スペースの真ん中に、白い布が三つ、整然と並んでいた。


嫌な予感なんて言葉じゃ足りない。

回道は、それを見た瞬間に理解してしまった。


理解してしまったからこそ、目を逸らすこともできなかった。


剛堂「……十神先生、これって……まさか……」


声が震えている。

問いかけというより、否定を期待した叫びだった。


十神は答えない。

数秒の沈黙のあと、絞り出すように口を開く。


十神「……宮闈……宇未……海若……だ……」


回道「……は?」


声が、出てしまった。

意味のない一音。


分かっていた。

頭では、最初から察していた。


でも、脳がそれを拒絶していた。

現実として処理するのを、必死で拒んでいた。


――それなのに。


無慈悲にも、理解は追いついてしまう。


回道の脳裏に、宮闈のだるそうな顔が浮かぶ。

眠いだの面倒だの言いながらも、そばに居てくれた。


宇未の、威張りがちな姿、それでも仲間を気遣う目。


短い時間だった。

本当に短い時間だった。


それでも、確かに一緒に勉強して、笑って、同じ場所に立っていた仲間だった。


足から、力が抜ける。


回道はその場に崩れ落ちた。

膝が床にぶつかる音だけが、やけに大きく響いた。


視界が揺れる。

息が、うまく吸えない。


分かっていたはずなのに。

覚悟していたはずなのに。


それでも――


失った現実は、あまりにも重かった。


剛堂は、もう絶望の底を抜けていた。

感情が壊れ切った先で、異様なほど冷静だった。


視線は布から外れない。

声だけが、かすかに震える。


剛堂「……十神先生……どういう……ことですか……?」


問いかけは淡々としていた。

だからこそ、そこに滲む現実感が重かった。


十神は一度、深く息を吸った。

だが、それは呼吸になっていなかった。ただ空気を飲み込んだだけだ。


十神「宮闈の損傷が……酷い」


その一言で、剛堂の背筋がわずかに強張る。


十神「宇未は、まだ息があった。……息絶え絶えだったがな」


喉が鳴る音が、静まり返った空間にやけに響く。


十神「宮闈は……宇未を庇っていた可能性が高い」


そこで、十神は一瞬言葉を止めた。

拳を握り締め、震えを押さえ込むように。


十神「……お前らは馴染みがないだろうが、海若は理科の教師だ」


回道の肩が、わずかに揺れた。


十神「二人に同行してもらっていた。……これは、俺の予想だ」


予想。

その言葉を強調するように、十神は自分の胸を叩く。


十神「……予想、だぁ……」


その瞬間、張り詰めていたものが決壊した。


目に、大粒の涙が溜まり、零れ落ちる。

歯を強く噛み締め、歯ぎしりの音を鳴らしながら、言葉を引きずり出す。


十神「海若は……」


声が裏返る。


十神「海若はぁ……」


喉が詰まり、呼吸が乱れる。


十神「……悲惨な拷問の末……」


その言葉だけで、空気が一段階冷えた。


十神「……ゆっくりと……嬲り殺された……と……」


拳が震え、涙が止まらない。


十神「俺はァァ……!」


叫びは、途中で潰れた。

感情が声になりきらず、喉で砕ける。


充血した目で、十神は三つの布を見つめていた。

怒りでも、悲しみでも、後悔でも足りない。


ただそこには、守れなかったという事実だけが、重く沈んでいた。


十神は、無言のままソファに歩み寄った。


次の瞬間――

指が沈み、革が悲鳴を上げる。


握力だけで、ソファの肘掛けが裂けた。

破断面から中身が露出し、綿が床に零れ落ちる。


誰も止めなかった。

止められる空気ではなかった。


十神「……宇未はな」


低い声が、空間を震わせる。


十神「最期……喋ることが、出来なかった」


回道の指先が、ぴくりと動く。


十神「……無惨にも、舌が切り落とされていた」


言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。


十神「……それでも、生きていたんだ」


噛み締めるように続ける。


十神「……生きていたこと自体が、奇跡だった」


怯え切った顔。

声を失い、意思を伝える術も奪われ、それでも必死に生に縋っていた、天城の腕の中で息絶えるまでは...


十神「……連絡が取れなくなった海若を探しに……天城が向かった」


そこで、言葉が途切れる。


十神「……そこで……」


続きを語る前に、背後から足音がした。


静かで、規則正しい足音。


振り向くと、そこに立っていたのは天城だった。

いつもと変わらない、冷静沈着な表情。

姿勢も、呼吸も、乱れはない。


だが――

その目の奥だけが、異様に暗かった。


回道は、何も言わずに自分の髪をぐしゃりと掴んだ。


強く、強く。

爪が頭皮に食い込むほど。


涙は見えない。

見えないだけだ。


泣いていないわけじゃない。

ただ、隠しているだけだった。


その様子に気づき、思条が駆け寄る。


思条「……回道……」


だが、声を掛けるだけで、それ以上は何も出来なかった。


十神「……天城……」


天城は一歩前に出る。

声は驚くほど平坦だった。


天城「外冠死業だそうだ」


その単語に、十神の目が細くなる。


十神「……やはり、な」


確信が、憎悪に変わる音がした。


文月「……なぜ、分かったんですか?」


天城は淡々と答える。


天城「教師の中に、千里眼を使う者がいる」


一同が息を呑む。


天城「そいつが今、敵の動向を探っている。同行者、拠点、行動経路……」


数埜が、思わず声を上げる。


数埜「……それって……」


十神が、低く笑った。

怒りだけで出来たような笑みだった。


十神「あぁ……」


拳を握り締める。


十神「……ここで、潰してやる」


その一言で、空気が変わった。


悲しみは、まだそこにある。

喪失も、癒えない。


だが――

それ以上に、確かな殺意が、静かに燃え始めていた。


十神「俺だけで行く」


その一言が落ちた瞬間、空気が跳ねた。


天城以外、全員の表情が一斉に凍りつく。


剛堂「は……?」


回道「……一人で、ですか……?」


数埜「無茶だよ、それ……!」


だが――

天城だけは、眉一つ動かさなかった。


天城「それが最善だな」


淡々とした声。

感情を削ぎ落としたような言い方だった。


天城「全員で行って、殺られでもしたら元も子もない」


冷たいほど合理的な判断。

だが、それは“切り捨て”ではなく、“守るため”の判断だった。


十神は何も言わず、ただ頷く。


その時だった。


寝室の方から、足音がする。


静かだが、迷いのない足取り。


現れたのは――

痕辿(こんせ) (ろう)


同じクラスの能力者。

普段は目立たないが、どこか常に周囲を観察している男。


痕辿「俺の能力は、追跡に適している」


場の空気を切り裂くように、真っ直ぐ言った。


痕辿「俺を連れていけ」


即答だった。


十神「無理だ」


間髪入れず、拒絶。


痕辿の目が、わずかに細くなる。


痕辿「……絶対に役に立つ」


一歩、前に出る。


痕辿「追跡は、物・場所・人に残った『行動の痕』を視認できる」


回道が、息を呑む。


痕辿「何が、誰が、どの順で起きたかが分かる」


淡々と、だが確信を持って続ける。


痕辿「未来は見えないがな」


一瞬、沈黙。


その能力の性質を理解した者から、じわりと緊張が広がる。


回道(……痕跡を、視る……)


天城の視線が、初めて痕辿に向いた。


天城「……拷問の順序、逃走経路、複数犯かどうかも?」


痕辿「あぁ。残っていればな」


十神は、歯を噛み締めている。


十神「……お前が行けば、死ぬかもしれん」


痕辿「それは、あんたも同じだ」


迷いはない。

覚悟が、言葉の端々に滲んでいる。


痕辿「仲間が殺されたんだ」


静かな声だった。


痕辿「何もせず、教室で待ってる方が……よっぽど、耐えられない」


その言葉に、誰も口を挟めなかった。


十神は、しばらく黙り込んだまま――

やがて、深く息を吐く。


十神「……天城」


天城「……俺は反対しない」


一拍。


天城「だが、生きて帰れる保証はない」


痕辿「それでいい」


即答だった。


十神は、ゆっくりと痕辿を見据える。


その目には、教師としての顔と、復讐者の顔が混ざっていた。


十神「……足を引っ張るな」


痕辿「任せろ。」


静かに、しかし確かに。


――復讐の歯車が、もう一つ噛み合った音がした。


十神と痕辿は、何も言わずにその場を後にした。

背中が遠ざかるにつれ、空気が重く沈んでいく。


残された者たちは、誰一人として動けなかった。

言葉も、慰めも、覚悟も――追いつかない。


沈黙だけが、共同スペースに居座っていた。


だが。


回道だけは、違った。


回道(……黙って待つ?)


奥歯を噛み締める。


回道(能力を奪うために認めてもらう?)


自分の中で、その考えを噛み砕くように反芻し――

次の瞬間、吐き捨てる。


回道(そんな悠長なこと、言ってられるか)


拳が、震える。


回道の脳裏に浮かぶのは、布に覆われた三つの形。

宮闈。

宇未。

海若。


助けられなかった。

守れなかった。

追いつけなかった。


だったら――。


回道「……追うしかねぇだろ」


小さく、だがはっきりと呟く。


誰にも聞かせるつもりはなかった言葉。


回道は目を閉じる。

意識を内側へ沈める。


脳内に、情報が走る。

先ほど見た痕辿の能力構造。

視認条件。

発動トリガー。

制限。


回道(追跡……行動の痕を“視る”能力)


理解が、異様な速度で組み上がっていく。


回道(物、場所、人……残留した“意思”と“動き”の痕跡)


思考加速が、無意識に回っていた。


回道「……いける」


誰に言うでもなく。


胸の奥で、何かが決まる音がした。


回道は、能力を――奪った。


理屈じゃない。

許可も、了承もない。

必要だから、使う。


それだけだ。


ノイズが走り

視界が、一瞬だけ歪む。


そして――

世界が、変わった。


床。

壁。

空気。


そこかしこに、淡い残像のような“線”が浮かび上がる。


足跡。

立ち止まった痕。

怒り。

恐怖。

焦り。


回道「……これが」


息を呑む。


回道「追跡……」


視線を走らせると、二本の濃い痕が、同じ方向へ伸びている。


一つは、真っ直ぐで、迷いがない。

十神。


もう一つは、複雑で、情報量が多い。

痕辿。


回道は、ゆっくりと笑った。


誰も止められない。

止める権利も、理由もない。


回道は、静かに歩き出す。


教師の背中を。

クラスメイトの覚悟を。

そして――殺した“外冠死業”へと繋がる道を。


剛堂と思条は、まるで最初から決めていたかのように、扉の前へ並んで立った。

その背中は迷いがなく、退く気配もない。


剛堂「……馬鹿が」


低く吐き捨てる。


剛堂「回道の腕は、俺が保証する。お前は戦鬼だ」


一瞬だけ、誇らしさが滲む。

だが、すぐに表情を引き締めた。


剛堂「……だがな、ここは通せない」


思条も一歩前に出る。

視線は鋭く、しかしどこか苦しそうだった。


思条「あぁ。お前まで失うのは……リスクがでかすぎる」


回道は立ち止まったまま、二人を見据える。

感情は、読めない。


回道「どけよ」


短い。

だが、それだけで十分だった。


剛堂「どけるわけねぇだろ」


空気が、張り詰める。


そのときだった。


静かな足音。

今まで一歩引いた場所にいた、最後のクラスメイトが前に出る。


断隙 切。


普段は目立たず、口数も少ない男。

だが、その目だけは、異様なほど冷えていた。


断隙「……そこまでだ、回道」


彼が、手を軽く掲げる。


断隙「――無効領域生成」


次の瞬間。


領域内から、何かが“抜け落ちた”。


回道は眉をひそめる。


回道「……?」


無意識に力を使おうとする。

存在隠蔽。

思考加速。

ステータス可視化。


――反応しない。


回道「……能力が」


断隙「半径数メートル」


淡々と、説明する。


断隙「この範囲じゃ、能力“だけ”が使えない。物理も、身体能力もそのままだけどな」


回道は、ゆっくりと自分の手を握りしめる。

力はある。

感覚も、速度も、失われていない。


だが――“切り札”が、全て封じられている。


回道「……止めるために、そこまでやるかよ」


思条「やるさ」


即答だった。


思条「それだけ、お前は危ない位置に立ってる」


剛堂「一人で全部背負うな」


一歩、前に出る。


剛堂「ヒーロー気取りは、ここまでだ」


回道は、俯いた。


数秒。

沈黙。


そして――。


回道「……なるほどな」


顔を上げる。

その表情は、怒りでも絶望でもない。


静かすぎるほど、静かだった。


回道「能力が使えないなら……」


一歩、踏み出す。


床が、軋む。


回道「“俺”だけで、行くしかねぇか」


剛堂と思条の目が、見開かれる。


剛堂「……おい」


回道の視線は、真っ直ぐだった。

遮る二人の向こう。

十神と痕辿が進んだ、その先を見ている。


回道「安心しろ」


低く、確かな声。


回道「俺は――止まらねぇ」


無効領域の中。

能力も未来もない場所で。


それでも、回道は前に進もうとしていた。


本能だけを、頼りに。


その時


十神の実の弟――扇が、怒鳴った。


扇「おいッ!!」


その声に、回道が足を止め、ゆっくりと振り向く。


扇「兄ちゃんが待機しとけっつってんだろ。大人しく、待機してろや」


一直線に歩いてくる。

距離は一気に詰まり、殴り合いが始まってもおかしくないほど近い。

目と目が合った瞬間、空気が弾けるように張り詰めた。


電撃が走る――そんな錯覚を覚えるほどの睨み合い。


回道「……俺に勝てると思ってんのか?」


低く、挑発的な声。


扇「舐めんなよ」


一切引かない。

むしろ、さらに一歩踏み込む。


扇「表、出ろ」


荒々しい言葉。

だが、それは感情だけで吐かれたものじゃない。


ここで回道を止める。

力ずくでも、時間を稼ぐ。

今この状況で、それが一番確実で、一番現実的な手段。


二人の間に、火花が散る。


次の瞬間、どちらが先に拳を出しても不思議じゃなかった。


この場で、この二人と同じ土俵に立っている人間は――天城以外、誰もいない。


世界の異質。

才能でも、努力でも、理屈でも測れない存在。

回道 丞。


そしてもう一人。

その異質に喰らいつき、死に物狂いで追いつこうとしてきた天才。

十神 扇。


生まれも、立場も、背負うものも違う。

だが今、この瞬間だけは同じ場所に立っている。


一歩も引かない視線。

逃げ場のない距離。

感情と覚悟が、互いの呼吸を削り合う。


これはただの衝突じゃない。

過去に押し潰された側と、未来を奪われることを拒む側。

譲れないもの同士が激突する、必然の対峙。


この先に待つのは、勝利か、挫折か。

それとも、もっと残酷な何かか。


運命を分ける――

リベンジマッチが、今、幕を開ける。


全員が校庭に立っている。

円を描くように距離を取り、誰もが中央の二人から目を離さない。


断隙が腕を組み、興味半分の声を投げた。


断隙「なぁ、お前ら。どっちが勝つと思う?」


一瞬の沈黙。

最初に口を開いたのは文月だった。


文月「……扇だな」


その言葉に数埜も頷く。


数埜「うん。私も扇くん。

ここ4日間ほど見てきたもん、あの人の努力。

追いつくために、どれだけ無茶してきたか」


扇は何も言わない。

ただ前を向き、拳を握り締めている。

その背中が、二人の答えを肯定しているようにも見えた。


一方で、思条は小さく息を吐き、はっきりと言った。


思条「俺は回道」


数埜が少し驚いた顔を向ける。


思条「理由は簡単だ。

あいつは友達で、仲間だ。

それ以上でも以下でもない」


理屈じゃない、と言わんばかりの声だった。


そして最後に、剛堂が鼻で笑う。


剛堂「選ぶまでもねぇだろ」


全員の視線が集まる。


剛堂「先日の戦闘を見た。

あれを見て、回道以外あり得ると思えるなら、そいつは節穴だ」


断言だった。

迷いも、揺らぎもない。


断隙は面白そうに口角を上げる。


断隙「なるほどな。

綺麗に割れたじゃねぇか」


校庭の中央。

回道と扇が、互いを真っ直ぐに見据える。


空気が張り詰める。

誰かが合図を出すわけでもない。

だが、全員が理解していた。


――次の瞬間、どちらかが動く。

そして、この場の空気ごと、すべてがひっくり返る。


回道が一歩踏み出した瞬間、空気が震えた。

踏み込みと同時に能力が重なり合う。存在隠蔽、浮遊、未来視、吸引――思考加速で最適解だけを選び、全力で“潰し”にいく動きだ。


扇の視界が歪む。

未来視が強制的に発動し、幾つもの未来が流れ込んでくる。


――来る。右、いや左フェイント、本命は下。


扇は半歩引き、地面を蹴る。

回道の蹴りが頬を掠め、風圧だけが残った。


回道「...」


扇「未来が見えてる以上、当たる気はしねぇよ」


回道は舌打ちし、即座に軌道を変える。

空中を蹴り、背後へ回り込む。

だが扇は既にそこに“いない未来”を見ていた。


扇が身体を沈め、回転するように回道の攻撃圏から外れる。

拳と蹴りが交錯し、乾いた音が校庭に連続して響く。


剛堂「……マジで喰らいついてやがる」


思条「未来視がなきゃ、もう終わってる動きだ」


回道の攻撃は速い。

速さだけじゃない。

一撃一撃が、確実に“倒しに来ている”。


扇は歯を食いしばる。

未来視で見えるのは、少し先の自分が膝をつく光景ばかりだ。

少し行動を変え膝をついていない未来を選ぶ。


――しかし...このままじゃ、押し切られる。


回道が距離を詰める。

吸引が発動し、扇の体が引き寄せられる。


扇「っ……!」


空中で体勢を崩した、その瞬間。

回道の未来視が、わずかな“分岐”を捉えた。


扇は空中で指を伸ばす。

指先が、何もないはずの空間をなぞる。


キィ……と、耳障りな音。


空間に、一筋の“線”が引かれた。

切り裂かれたわけじゃない。

境界が、引き直されたような感覚。


回道が眉をひそめる。


回道「……それ」


扇は地面に着地し、息を整えながら笑った。


扇「兄ちゃんに教えてもらった技、使わせてもらう」


線はゆっくりと光を帯び、校庭の中央に浮かび続ける。

そこを境に、空気の流れが微妙に変わっている。


回道は一歩、踏み込んだ。


――来い。


そう言わんばかりに、扇は構える。


回道「かかってこいや」


扇の未来視には、一本の線を越えた“先”の未来だけが、はっきりと映っていた。


扇が引いた線が、低く唸った。


ズンッ――

重たい衝撃音と同時に、空間そのものが内側から押し広げられる。

引き裂かれるというより、無理やり“こじ開けられる”感覚だった。


裂け目の奥から、巨大な手が現れる。

指は異様に長く、節ごとに逆関節のように折れ曲がっている。


そして――

姿を現したのは、目が六つある異形の化け物だった。

頭部に三対の眼球が不規則に配置され、すべてが別々の方向を睨みつけている。


回道「ん?……なんだそれ」


一瞬の油断。

その刹那を、扇は逃さない。


扇はすでに次の動作に入っていた。

身体を翻し、別の空間に向けて指を走らせる。


――シュッ。


今度は、十字。

縦と横、二本の線が交差した瞬間、空間が悲鳴を上げる。


回道がそれに気づいた瞬間だった。


バキィッ!!


十字の中心から、顔が三つある異形が飛び出してくる。

三つの口が同時に咆哮し、三対の目が回道だけを捉える。


一直線。

迷いも躊躇もない突進。


回道は即座に迎撃に出る。

浮遊で踏み込み、拳を振るう。


――ドンッ!!


回道の一撃と、三顔の異形の爪が正面から交差する。

衝撃波が弾け、土煙が舞い上がる。


だが、それで終わりじゃない。


その背後――

空間に開いた最初の裂け目から、上半身だけを出した六眼の巨人が、ゆっくりと腕を振り上げていた。


六つの眼が、同時に回道を捉える。


次の瞬間。


ゴォッ――!!


巨腕が、空気を叩き潰す勢いで振り下ろされる。


回道「――チッ!」


直感が叫ぶ。

避けろ。


回道は地面を蹴り、無理やり軌道を変える。

だが三顔の異形が進路を塞ぎ、六眼の巨人の影が覆いかぶさる。


挟撃。


扇は遠くからそれを見据え、静かに息を吐いた。


扇「……これが、俺の“新たな力”だ」


空間から呼び出された異形たちが、同時に回道へと牙を剥く。

世界が、明確に“敵”として回道を拒絶し始めていた。


扇が両手を大きく左右に伸ばし、低く呟いた。


扇「――阿修羅ッ!」


空間を裂いて現れた三顔の異形が、喉の奥から不快な呻きを漏らす。

三つの顔すべてが歪み、怒りと闘争本能だけが剥き出しになる。


扇「――プロメテウスッ!」


次の瞬間、六つの眼を持つ巨人が天地を揺らす咆哮を上げた。

音圧だけで地面が震え、校庭の砂利が跳ね上がる。


その光景を見て、天城が静かに息を吐く。


天城「あれは……十神の能力だ。扇に、もう継承済か」


文月が喉を鳴らしながら答える。


文月「十神家に伝わる、“十の神を司る力”、ですね」


天城「そうだ。今出ているあの二体は、その十神のうちの二神――

戦を司る阿修羅と、炎と試練の神プロメテウスだ」


校庭に視線を戻す。


阿修羅は三つの顔すべてで回道を睨み、四肢を軋ませながら突進の構えを取っている。

プロメテウスは半身だけ空間から現れ、燃え上がるような妖力を腕に集中させていた。


回道はその異様な光景を前に、舌打ちする。


回道「……なるほどな。召喚系か。しかも、格が違う」


一瞬、ステータス可視化が反応する。

だが、表示は途中で歪み、数値は安定しない。


回道「測定不能……神格持ちってわけかよ」


阿修羅が地面を蹴った。

爆音と同時に距離が消え、三方向から同時に攻撃が飛んでくる。


回道は浮遊で跳ね、空中を蹴って軌道をずらす。

だが、阿修羅の三つの視線はすべて回道を追い続けていた。


回道「チッ……未来視まで絡んできてるな」


その背後から、プロメテウスの巨腕が振り下ろされる。

炎のような力が圧縮され、衝撃そのものが“災害”に近い。


回道は紙一重で回避するが、余波で身体が弾かれる。


回道(速い、重い、視野が広すぎる……

しかも扇本人は、まだ前に出てきてない)


扇は少し距離を保ったまま、静かに両神を操っている。

その目は冷静で、感情の揺らぎがない。


阿修羅が吠え、プロメテウスが応えるように咆哮する。

二神の動きが噛み合い、回道の逃げ道が削られていく。


剛堂が歯を食いしばる。


剛堂「……やべぇな。あれ、完全に殺しにきてる」


思条「いや……違う。

あれは、回道を“止める”ための全力だ」


校庭の中央で、回道は一度だけ深く息を吸った。


回道「――いいね。

ようやく、同じ高さまで来たって感じだ」


次の瞬間、回道の姿が掻き消える。

存在隠蔽と浮遊を重ね、阿修羅の懐へと一気に踏み込んだ。


だが――

三つの顔が、同時にニヤリと歪む。


阿修羅の背後、空間がぬめるように歪んだ。


次の瞬間、

触手のような影が回道の身体を一気に絡め取る。


回道「ッ!?」


締め上げる力は生物のそれではない。

圧倒的な質量と神性を帯びた拘束――逃げ場が消える。


扇「――ガネーシャッ!」


低く、腹に響く咆哮。

空間を押し潰すように現れたのは、象の頭部を持つ巨神。


触手の正体は、象の鼻だった。


ガネーシャ「パオォォォンッ!!」


回道の身体が持ち上げられ、叩き潰される――

はずだった。


――消えた。


ガネーシャが一瞬、動きを止める。


ガネーシャ「……パオ?」


その真上。


回道は既に、空中にいた。


浮遊、存在隠蔽、解除。

ほんの一瞬だけ姿を現し、重力を全て踵に集約する。


回道「――はぁっ!!」


かかと落とし。


空気が爆ぜる音と共に、

踵がガネーシャの頭部へ一直線に落ち――


――ガギィィンッ!!


金属音。


次の瞬間、衝撃が逆流し、回道の身体が弾き返される。


目の前に立っていたのは、

筋骨隆々の男。


荒々しい鎧、全身から放たれる闘気。

その手には、異様なまでに大きな大剣。


回道「……は?」


男は無言で大剣を構え直す。

その一振りだけで、空間が歪む。


回道が空中で体勢を立て直す。


回道「次から次へと……」


扇が、息を乱すことなく告げる。


扇「――スサノオッ!」


雷鳴のような音。


空間が縦に裂け、

嵐そのものを纏った武神が姿を現す。


大剣の男――スサノオが、低く笑ったように見えた。


天城が静かに呟く。


天城「……四神か。

扇、完全に制御しているな」


文月「阿修羅、プロメテウス、ガネーシャ、スサノオ……

四体同時展開なんて、普通なら自滅します」


思条「……でも、扇は平然としてる」


校庭の中心。

回道は、四柱の神に囲まれながらも、口角を上げた。


回道「はは……なるほどな」


視線を扇に向ける。


回道「追いついてきたじゃねぇか、扇」


その瞬間――

阿修羅が踏み込み、

ガネーシャの鼻が唸り、

プロメテウスの炎が膨張し、

スサノオの大剣が風を切る。


四神同時攻撃。


それでも回道は、退かない。


回道……いいね


心臓が、笑っている。

ここまで読んでくれてありがとう。


今回の話は、単純な強さのぶつかり合いじゃなくて、

「どこまで行けば、同じ場所に立てるのか」という話でもある。


回道は異質だ。

才能も、能力も、思考も、本能も、全部がズレている。

けど、だからこそ独りで最強になれるわけじゃない。


扇は違う。

天才として生まれ、追いつくために死に物狂いで足掻いてきた。

十神という家の重さ、兄の背中、その全部を背負って、

ようやく“同じ土俵”に立った。


この戦いは、正義でも悪でもない。

勝ち負け以上に、

「ここまで来た」という事実そのものが意味を持つ。


そしてこの瞬間、

回道の世界に、初めて“並ぶ影”が生まれた。


次は、どちらが先に踏み込むのか。

最強の景色を見るのは、一人だけなのか、二人なのか。

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