表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

7話:最強の弱点

最強と呼ばれる力には、必ず影がある。

それは欠点であり、油断であり、あるいは――持つ者自身の優しさだ。


能力を奪える回道は、確かに規格外だ。

だが、その力は「意思」と「感情」に強く引きずられる。

望まぬ形で手に入れた力、制御できない衝動、

そして誰かを傷つけてしまうかもしれないという恐怖。


仲間と呼べる存在ができた今だからこそ、

その弱点は、より鮮明に浮かび上がる。


一方で、静かな夜の向こう側では、

“何もいないはずの場所”に、確実な違和感が芽吹いていた。


最強は、いつだって無敵ではない。

――弱点を知った瞬間から、戦いは始まっている。

放課後。

教室の空気が落ち着き始めた頃、十神が珍しく歯切れの悪い表情で、回道と剛堂を呼び止めた。


十神「……すまん。二人とも、任務だ」


回道「……遂にか」


剛堂「遂にって言うほどじゃねぇだろ。さすがにまだ早い」


十神「それがな……人手不足なんだ。

   海若が帰ってきてなくて、任務に出せる人間が他にいない」


剛堂「なるほどな」


そう言って、剛堂は拳を握り、もう片方の拳に軽く打ち付けた。


剛堂「まぁ、俺は構わねぇ。

   久しぶりに暴れられるなら、何でもいい」


回道「俺もだ。

   思考加速、実戦で試してみたいと思ってたところだし」


二人の視線が交わり、自然と気持ちが噛み合う。

迷いはなかった。


十神「……助かる」


そう言いかけた十神が、ふと思い出したように回道を呼ぶ。


十神「回道」


回道「ん?」


十神「我が弟、扇のことなんだが」


回道「……うん」


十神「俺が訓練を見てるんやがな、

   思ってた以上に成長が早い」


回道「へぇ……」


十神「正直、お前の背中を任せられるレベルまで来てる」


回道「……まじか!?」


十神「ああ。俺自身が一番驚いてる。

   だから――任務から帰ってきたら、一度戦ってやってくれ」


回道「喜んで。

   ライバルとして、全力で相手しますよ」


十神「……ありがとう。健闘を祈る」


剛堂と回道は軽く頷き合い、十神に背を向ける。


並んで歩き出す二人の背中を、十神はしばらく黙って見送っていた。


――こうして、

新たな任務が静かに幕を開ける。


山道を抜けた先にある、小さな地方都市。

日が傾き始める頃、剛堂と回道は目的地である古い住宅街の入口に立っていた。


回道「……静かすぎないか、ここ」


人通りはある。車も走っている。

だが、どこか“生活音”だけが薄く、感情の気配が希薄だった。


剛堂「確かに。騒がしくはないが……嫌な感じだな」


空気が重い。

霊力が濃いわけではない。むしろ、抜け落ちているような感覚。


回道「霊は……いる。けど、輪郭が掴めない」


目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。

いる。確実に“何か”はいる。

だが、それはまるで霧のようで、焦点が合わない。


最初に向かったのは、被害者の一人が暮らしていた家だった。

玄関先には、まだ新しい花束。

線香の匂いが、かすかに残っている。


剛堂「……死んではいない、んだよな」


回道「うん。身体は生きてる。でも……」


家の中に入ると、空気が一変した。

ひやりと冷たく、何かを“欠いた”感覚が肌に張り付く。


回道「……魂が、いない」


布団の上に横たわる中年の男性。

呼吸は安定している。心拍も正常。

だが、目は虚ろで、焦点が合っていない。


剛堂「植物状態、ってやつか……」


回道「いや……それとも違う」


回道は男の傍に膝をつき、霊視を深める。

肉体の輪郭ははっきりしている。

だが、その内側――本来あるはずの“核”が、ぽっかりと空洞になっていた。


回道「魂だけ、抜かれてる」


剛堂「……そんなこと、できる霊がいるのか?」


回道「普通はいない。

 祓われるリスクが高すぎるし、維持も難しい」


つまり――

これは“普通じゃない”。


被害者は、これで三人目。

年齢も職業もバラバラ。

恨みを買うような人物でもない。


回道「共通点が、ない……」


剛堂「強いて言えば、全員この辺りを夜に通ってる」


地図を広げると、被害者全員が同じ一角を通っていたことが分かった。


回道「……この道」


細い路地。

街灯はあるが、どこか影が濃い。


剛堂「ここで何かが起きてる、か」


路地に足を踏み入れた瞬間、

空気が一段階、冷えた。


回道「……来た」


霊力の反応。

確かに、いる。


だが――


回道「……見えない」


剛堂「は?」


回道「気配はある。でも、形がない。

 いや……“拒否されてる”?」


霊視を深めようとすると、

何かに弾かれるような感覚が走る。


回道「こいつ……魂を奪うだけじゃない。

 自分の存在も、隠してる」


剛堂「姿を見せない霊、か」


回道「違う。

 “見せられない”んだと思う」


剛堂「どういう意味だ?」


回道「たぶん……

 正体を知られると、成り立たない」


魂を抜く。

姿を持たない。

正体不明。


回道の背中を、嫌な予感が走る。


回道「これ……長引くタイプだ」


その時、連絡が入る。

近隣の能力者御用達の病院からだった。


被害者、追加一名。

同じ症状。

発見場所――この路地のすぐ先。


剛堂「……悠長に調べてる時間はねぇな」


回道「うん。

 でも、正体が分からないまま当たるのは危険だ」


路地の奥。

街灯の光が届かない場所で、

何かが“待っている”。


回道「……魂を喰う霊。

 しかも、姿を持たない」


剛堂「厄介だな」


回道「うん。だからこそ――」


回道は拳を握る。


回道「放っておけない」


二人の前に、

静かで、底知れない闇が横たわっていた。


――調査は、ここからが本番だった。


路地の奥。

街灯の光が途切れる境界線で、回道は足を止めた。


回道「……ここだ。間違いない」


剛堂「霊力は相変わらず薄いな。なのに、嫌な圧だけはある」


回道「うん。普通の霊じゃない」


回道は静かに息を整え、能力を発動する。


――ステータス可視化。


回道の視界に、普段とは違う“歪み”が走った。


回道「……おかしい」


剛堂「何が見えた?」


回道「“対象がいない”のに、ステータスだけが反応してる」


視界の端に、文字列だけが浮かぶ。


【対象:測定不能】

【存在形態:未確定】

【魂干渉】

【知覚阻害】

【実体干渉】


回道「……なるほど」


剛堂「説明しろ」


回道「こいつ、霊じゃない。“霊になりきれてない存在”だ」


剛堂「は?」


回道「魂を喰ってるくせに、自分の魂が完成してない。

 だから形を持てないし、見えない」


剛堂「欠陥品ってことか?」


回道「違う。

 “成長途中”だ」


回道は路地の地面を見つめる。


回道「魂を抜かれた被害者、全員“生きてる”。

 殺してないんじゃない、殺せないんだ」


剛堂「……魂を材料に、自分を完成させようとしてる」


回道「うん。そして完成した瞬間、

 今度は“殺せる霊”になる」


その瞬間だった。


――ズン。


空気が、沈んだ。


剛堂「来るぞ」


視界が歪む。

何も見えないのに、確実に“何か”が迫ってくる圧。


回道「正体は分かった。

 でも――」


剛堂「戦うしかねぇ、って顔だな」


剛堂は一歩前に出る。


剛堂「後ろ下がってろ、回道」


回道「剛堂?」


剛堂「俺が前張る。

 正体不明なら、殴って反応見りゃいい」


回道「……分かった」


次の瞬間。


剛堂の筋肉が、不自然に隆起した。


回道(……なんの能力だ?)


剛堂「うおおおおおっ!!」


見えない敵に向かって、剛堂が拳を叩き込む。


――ゴッ!!


空気が歪み、確かな“手応え”。


剛堂「当たった!」


だが次の瞬間。


――ズブッ。


剛堂の腹部が、見えない何かに貫かれる。


剛堂「がっ……!」


回道「剛堂!!」


剛堂は歯を食いしばり、踏みとどまる。


剛堂「まだ……だ……!」


筋力をさらに引き上げ、無理やり距離を詰める。


剛堂「見えなくても……関係ねぇ!!」


連打。

衝撃。

だが、敵の反撃は正確だった。


――バキッ。


嫌な音と共に、剛堂の腕が弾かれる。


剛堂「くそ……!」


回道の視界に、警告が浮かぶ。


【対象:剛堂 剛】

【筋力:限界超過】

【肉体損傷:進行中】

【戦闘継続:危険】


回道「剛堂、下がって!」


剛堂「……まだ、いける……」


回道「いけないんだよ!俺も手を貸すから!」


その直後。


見えない“何か”が、剛堂を真上から叩き潰した。


――ドン!!


剛堂の身体が地面に叩きつけられる。


剛堂「……っ!」


動かない。


回道「……っ」


回道は、拳を強く握りしめる。


回道

(やばい……このままじゃ――)


見えない霊の気配が、ゆっくりと回道へ向き直る。


魂を狙う、捕食者の気配。


回道「……まずは剛堂の安全確保!」


回道は、地面を強く蹴った。


回道

「っ……!」


攻撃は――見えない。

視界には何もない。

それでも、身体が勝手に動いた。


足元を薙ぐ“何か”を、空中を蹴ることで回避する。


剛堂

「は!? おい回道!……見えてんのか!?」


その声に応えるように、回道の身体は空中へと登っていく。

空中で一瞬、体勢を整えながら、叫ぶ。


回道

「いや、見えてない!!」


重力に逆らうように、空中を――“蹴る”。


回道

「……本能で、避けてるだけだ!!」


それは思考ではなかった。

理屈でも、計算でもない。


――後天的な経験や学習を経ず、

動物が生まれながらに持つ一定の行動様式。


危険を察知し、逃げ、生き延びるためだけの感覚。


回道の内側で、何かが弾けていた。


限界を越えた集中。

感覚が、研ぎ澄まされていく。


回道は空中を蹴り、一直線に倒れている剛堂のもとへ向かう。


回道

「剛堂――!」


だが、その途中。


胸の奥が、強くざわついた。


回道

(……ダメだ)


理由は分からない。

だが、確信だけがあった。


回道は直感に従い、前方の空気を強く蹴る。


――急停止。


そして、反動を利用して、さらに上へ。


二度、空中を蹴り上がり、高く退避する。


直後。


回道がいた“その場所”を、見えない何かが貫いた。


剛堂

「……っ!?

 ど、どうしたんだ今の……!」


回道は答えなかった。


否――答えられなかった。


回道の視界に、はっきりと浮かび上がっていた。


ステータス可視化が、今までにないほど強く警告している。


赤く滲む文字。


【警告】

【対象が進化します】


回道

「……っ」


背筋を、冷たいものが走る。


回道

(進化……?

 今、この戦闘中に……!?)


不可視の存在が、

“完成”へと近づいている。


回道は、空中で息を呑んだ。


――ここから先は、

今までの常識が通じない。


そう、身体の奥で理解していた。


了解。以下、指定部分のみを常体・約2000字で肉付けして書く。



---


不可視だった霊は、悲鳴のような振動を空間に残しながら変質した。

霧が一点に吸い寄せられ、圧縮され、形を得る。


それは“進化”だった。


輪郭が生まれ、腕が生え、脚が地面を踏む。

人の形を模したそれは、霊というより――本霊と呼ぶべき存在へと変貌していた。


回道は息を呑む。


回道(……見える)


それだけで、状況は一変する。

不可視という最大の脅威が失われた。

姿が見えるなら、対処は可能だ。


回道は即座に能力を切り替えた。


――存在隠蔽。


自身の気配、霊力、質量感覚。

あらゆる“そこにいる”という情報を削ぎ落とす。


回道の姿が、空間から溶ける。


本霊は首を巡らせる。

視線が定まらない。

確実に回道を見失っている。


回道いける


距離を詰める。

本霊の背後。

至近距離。


攻撃は一瞬でいい。

放つ直前、その瞬間だけ――


回道は右足の一部、足首から先だけの存在隠蔽を解除した。


蹴りが放たれる、その刹那。


本霊の腕が、動いた。


回道「……っ!?」


反応が早すぎる。


蹴りは完全に出切る前に弾かれ、回道の身体が空中で回転する。

着地と同時に距離を取る。


回道(今の……見えてた?もしかして、こいつの反応速度が異常なのか?)


回道は理解する。

自分のスピードが遅いわけじゃない。

これまで、速度で負けたことはほとんどない。


だが、この本霊は――

反応の“開始”が、回道の動作より早い。

未来を読んでいるわけでもない。

ただ、刺激に対する反射が異常な領域にある。


存在隠蔽を解いた“瞬間”。

そのわずかな変化を、本霊は感知した。


本霊がこちらを向く。

空虚な眼孔が、正確に回道を捉えている。


剛堂「おい……今の、どうなってる」


回道は答えない。

答えられる余裕がない。


存在隠蔽は万能じゃない。

解除する瞬間、必ず“隙”が生まれる。


そして本霊は、その隙だけを狙ってくる。


回道(速度勝負は無理……単発も通らない)


本霊が一歩踏み出す。

床が沈む。


次の瞬間、衝撃が走る。


回道は歯を食いしばり、再び空中を蹴った。


――この敵、想定を超えている。


姿が見えたことで、勝ちに近づいたと思った。

だが、それは錯覚だった。


見えるようになっただけで、勝てる相手じゃない。


本霊は、そう告げるように、静かに立っていた。


回道は一気に踏み込んだ。

本霊の目前――ほぼ零距離。


本霊が回道を掴もうと、前に手を伸ばす。


その瞬間、回道は浮遊を起動した。

地面ではなく、自身の真横の空気を蹴る。


進行方向が強制的にねじ曲がる。

身体が流れるように横へ逃げ、同時に体勢を切り替える。


回道(首だ)


狙いは一点。

本霊の首筋へ、回転を乗せた蹴りを叩き込む――


だが。


本霊の首が、ぐりっと回った。


不自然な角度。

関節の限界を無視した動きで、正確に回道を捉える。


目が合った。


ゾッ、と背筋を冷たいものが走る。


回道がこれまで感じたことのない威圧感。

敵意でも殺気でもない、ただの“格の違い”。


次の瞬間。


ズドン、という鈍く重い衝撃。


回道の蹴りは、本霊の腕一本に止められていた。

受け止める、ではない。

止まっている。


力が、まるで通らない。


回道「……力勝負も、負けてるッ!」


反射的に距離を取ろうとする。

だが、遅い。


本霊の拳が、回道の横腹に叩き込まれた。


回道「グッ……!」


骨に直接響く衝撃。

内臓が揺さぶられ、息が詰まる。


身体が宙を舞う。


鈍い音とともに吹き飛ばされ、回道は建物を越え――

そのまま家屋の屋根へと叩きつけられた。


瓦が砕け、夜気に破片が散る。


回道は屋根の上で転がり、仰向けのまま動けなくなる。


本霊の視線が、ゆっくりと回道から外れた。

次に向けられた先――剛堂。


剛堂は歯を食いしばり、膝に手をつきながら立ち上がる。

気合いで無理やり繋ぎ止めているが、それでも全身が悲鳴を上げていた。


剛堂「……次は、俺かよ」


本霊は言葉を発さない。

ただ一歩、踏み出す。


それだけで空気が軋む。

圧倒的な霊圧が剛堂の身体を押し潰そうとする。


剛堂は吠えるように拳を握り、正面から突っ込んだ。

渾身の一撃。


だが――


拳は当たらなかった。


本霊の動きは剛堂の認識を超えていた。

次の瞬間、視界が揺れる。


剛堂の腹部に衝撃。

続けざまに顎、肋骨、肩。


重い、速い、逃げ場がない。


剛堂「ぐっ……!」


反撃しようと腕を振るが、振り切る前に叩き落とされる。

間に合わない。

いや、間に合っていても意味がない。

剛堂の攻撃は本霊にとって無駄な、無意味な動きだ。


本霊の拳が嵐のように降り注ぐ。


一発一発が、骨を砕くために振るわれているかのようだった。


剛堂は耐える。

倒れまいと踏ん張る。

それでも――


限界は、唐突に訪れた。


本霊の蹴りが腹を抉る。


剛堂「がっ……!」


喉からせり上がるものを抑えきれず、剛堂は血を吐いた。

地面に赤黒い飛沫が散る。


足が崩れ、膝から落ちる。


それでも本霊は止まらない。

最後に、無造作な一撃。


剛堂の身体が宙に浮き、叩きつけられる。


鈍い音。


剛堂は地面に伏したまま、動かなくなった。

呼吸はある。


本霊が、倒れている剛堂へと腕を振り上げた。

最期の一撃――誰の目にもそうと分かる、静かで確実な殺意。


その瞬間。


本霊の動きが、ぴたりと止まった。


腕は振り下ろされず、空気の中で固定される。

次いで、首だけが、ぎこちなく後ろへと回った。


そこにいたのは――血まみれの回道だった。


叩きつけられ、全身が悲鳴を上げているはずなのに。

回道は腰を低く落とし、両足で地面を踏み締めていた。


回道の周囲の空気が歪む。


吸引。


見えない力が本霊を引き寄せようとする。

地面が軋み、砂利が跳ねる。


回道は歯を食いしばった。

ギリッ、と鈍い音が口元から漏れる。


腕も脚も震えている。

肺が焼けるように痛い。


それでも力を緩めない。


だが――


本霊は、動かなかった。


ほんの数センチすら、引き寄せられない。


本霊はその場に立ったまま、微動だにしない。

まるで地面と一体化しているかのように。


回道の全力。

限界まで絞り出した吸引。


それでも、本霊の「立つ力」にすら敵わない。


回道「……っ」


視界が滲む。

血が額から目に流れ込む。


それでも、回道は叫んだ。


回道「初めてのピンチッ!」


声は震えていたが、目は死んでいない。


逃げない。

倒れない。


剛堂を見捨てない。


主人公は、ここを越えてからこそ輝く。

負けそうだからこそ、立ち続ける意味がある。


回道は、踏み締めた足に、さらに力を込めた。


まだだ。

終わっていない。


回道は――倒れない。


瓦礫の陰で、剛堂の喉がかすかに動いた。


剛堂「……か、いどう……」


掠れ切った声。それでも確かに、回道の名を呼んでいた。


回道は一瞬だけ視線を向ける。

血と埃にまみれ、満身創痍の剛堂。それでも、まだ意識は繋がっている。


回道「大丈夫だ、剛堂」


低く、だが迷いのない声。


回道「俺がいる限り――正義は勝つんだ」


その言葉に、根拠はない。

勝算も、策も、まだ見えていない。


それでも回道の目は、揺れていなかった。


そこにあるのは、絶望の闇ではない。

恐怖でも、諦めでもない。


ただ一筋、確かな光。


どれだけ叩き潰されても、踏みにじられても。

前を見据え、立ち上がる者の眼。


本霊がそれを見て、わずかに動きを止めた。


回道は笑う。

血の混じった息を吐きながら、それでも前に出る。


回道は知っている。

ここが分岐点だということを。


――ここを越えた先で、自分は“変わる”。


回道は、歯を食いしばったまま目を閉じた。


未来視。


一瞬、意識が引き剥がされる。


――見える。


瓦礫に叩きつけられ、動かなくなった自分。

折れた腕、潰れた脚。

視界が赤黒く染まり、呼吸が止まる。


次。


未来視。


場所が違う。

順序も違う。

だが結末は同じだ。


倒れているのは――必ず自分。


何度も。

何度も。

何度も。


未来を覗くたび、そこには勝利がない。

剛堂を守れなかった未来。

本霊に踏み潰される未来。

自分が“届かなかった”未来。


回道「……はは」


喉から、乾いた笑いが漏れた。


回道「全部……負けてんじゃねぇか」


未来視を解除しても、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。

逃げ道はない。

奇跡もない。

計算できる勝ち筋も存在しない。


――それでも。


回道は、顔を上げた。


回道「だったらさ……」


拳を握る。

血で滑る指先を、無理やり食い込ませる。


回道「未来が見える意味、ここで変えてやる」


未来に勝ちがないなら。

“見えない未来”を作るしかない。


回道の目に宿るのは、諦めじゃない。

未来を否定する覚悟。


何度倒れる未来を見ても、立ち向かう意思だけは消えなかった。


――未来が全部同じなら。

壊すのは、今しかない。


回道は、肩を落とし、深く俯いた。


回道「……今ある俺の力じゃ、勝てないんだな」


喉の奥で、言葉が沈む。


回道「そうか……そうなんだな……」


吸引は続いている。

だが、本霊はそれに逆らい、地面を踏みしめながら一歩、また一歩と剛堂へ近づいていく。

まるで重力そのものが味方しているかのように、揺るがない。


剛堂は倒れたまま、指一本動かせない。


――その時。


俯いていた回道の口元が、ゆっくりと歪んだ。


にやり、と。


回道「……はっ」


低く、喉を鳴らすような笑い。


回道「今ある〝力〟じゃ――勝てないんだなぁぁ!」


叫びと同時に、回道の全身が軋む。

筋肉が悲鳴を上げ、肺が焼ける。

限界をとっくに越えた吸引を、無理やりねじ伏せる。


回道「おおおおおっ!!」


引く。

ただ引く。

理屈も計算も捨て、魂ごと引きずり出すように。


――ぐらり。


初めて、本霊の体が浮いた。


回道「……っしゃあ!」


宙を舞った本霊を、剛堂から引き剥がす。

そのまま、叩きつける。


轟音。


地面が砕け、土煙が弾けた瞬間――


回道の姿が、消えた。


次の瞬間。


剛堂のすぐ傍に、回道が立っている。


剛堂の前に、庇うように。


剛堂は、倒れたまま回道の背中を見据えていた。

血に濡れ、満身創痍のその背中は、不思議と小さくは見えない。


――ドクン。


胸の奥で、ひとつの単語が音を立てて浮かび上がる。


ヒーローだ……。


剛堂は、そう確信していた。


回道「剛堂、能力は?」


その問いに、剛堂は一瞬だけ目を見開き、すぐに苦笑する。

もう状況は理解していた。


剛堂「……俺の能力を渡して、あいつ倒せるならさ」


血の混じった息を吐きながら、はっきりと言い切る。


剛堂「喜んで渡すよ」


回道の肩が、わずかに揺れる。

振り返らないまま、口元だけで笑った。


回道「助かる」


剛堂「身体強化、それが俺の力だ」


回道「詳細は?」


剛堂は天井を仰ぐように視線をずらし、淡々と続ける。


剛堂「ポイント制みたいなもんだ。全部で百ポイント」


剛堂「力、速度、耐久、思考力。この四つに振り分ける、力に全部振れば、他には振り分けれない。」


回道は黙って聞いている。

背中越しでも分かるほど、集中して。


剛堂「耐久に五十、力に五十、そういう振り方も可能だ」


その説明に、回道が小さく息を吸う。


回道「ありがとう」


本霊を見据え、拳を握り締める。


回道「――ここからは、俺が使う」


剛堂はもう何も言わなかった。

ただ、その背中を信じていた。


ノイズが、脳内を走った。


回道「――来たッ!」


ステータス可視化を自分自身へと使う。

視界に展開される数値。そのすべてを、力へと叩き込んだ。


未来視。


――見えたのは、自分が倒れている未来。


回道「……だめか」


舌打ちし、即座に配分を解除。

次は耐久へ全振りする。


再び、未来視。


それでも結果は同じ。

地面に伏す、自分の姿。


回道「くそっ……これもか」


焦りが喉を締め付ける。

時間がない。本霊は確実にこちらへ近づいている。


――なら。


次の瞬間、回道は別の配分に切り替えた。


その瞬間だった。


回道の口元が、わずかに吊り上がる。


剛堂の視界から、回道の姿が消えた。


剛堂「――ッ!?」


剛堂が目を見開いた、その刹那。


ズドッ、ガガガガガガッ――!!


本霊の身体に、数え切れない衝撃が同時多発的に叩き込まれる。

空間が震え、霊気が乱流のように弾け飛ぶ。


本霊が、明らかに狼狽えた。


だが、回道の姿はどこにも見えない。


見えない。

それなのに、攻撃だけが、止まらない。


死角。背後。側面。上空。

ありとあらゆる方向から、不可視の連撃が本霊を襲う。


本霊の腕が振るわれる。

しかし、掴むべき“者”は、そこにはいない。


それでも、確実に――殴られている。


剛堂は、ただ呆然としていた。


剛堂(……いない?)


いや、違う。


剛堂(――速すぎるんだ)


回道は、そこにいる。

だが、その存在は、認識よりも先に、攻撃だけを残している。


連撃は、まだ終わらない。


連撃が続くにつれ、明らかに一発一発の重さが変わっていく。

最初は削るような打撃だったものが、次第に砕く衝撃へと変質していった。


まるで――

回道自身が、その力の使い方に慣れてきているかのように。


本霊の身体が、ところどころ歪み、欠け、崩れ始める。

霊体の輪郭が乱れ、維持できなくなっているのがはっきりと分かる。


その瞬間だった。


ほんの一瞬。

0.2秒――いや、それよりも短い刹那。


本霊が、回道を捉えた。


存在隠蔽の切れ目。

世界の隙間に、回道の姿が“映った”。


その顔を見た瞬間、本霊の背筋に冷たいものが走る。

人間の顔とは到底思えない。

歪み切り、憎悪と執着だけで形作られた、醜悪な貌。


次の瞬間、姿は再び消えた。


だが――声だけが、響く。


回道「スピードに全振りして未来視を見たらさ、俺が勝ってる未来が見えたんだよ」


どこからともなく聞こえる声。

しかし攻撃は、止まらない。


衝撃。衝撃。衝撃。

空間そのものが殴られているような連打。


回道「最初は単純だった。スピード全振りで存在隠蔽、攻撃する瞬間だけ解除」


剛堂は歯を食いしばる。


回道「それを、こいつが反応できない速度で、何回も繰り返しただけ」


剛堂「……脳筋かよ」


思わず漏れた言葉に、回道がどこかで笑った気配がした。


回道「だろ? でもな」


連撃の質が、さらに変わる。

今度は“速さ”だけじゃない。

一撃一撃が、明確に破壊を目的としている。


回道「途中から慣れてきてさ。攻撃が当たる“瞬間”だけスピード解除して、力に全振りした」


剛堂「……だからか」


剛堂は、そこでようやく理解した。


剛堂「途中から、威力が跳ね上がった理由」


淡々とした声とは裏腹に、内心は震えていた。

同じ身体強化を持つ自分だからこそ、分かる。


――そんな切り替え、普通は不可能だ。


ポイント配分は一瞬で変えられない。

判断、操作、実行、そのすべてにラグが生じる。


それを、戦闘中に、超高速で、正確にやっている。


剛堂(……化け物だろ)


だが、事実として。


回道は、その“不可能”を、今この瞬間も成立させ続けている。


見えないヒーローが、

見えない速度で、

見えない限界を、踏み越えながら。


本霊の悲鳴にも似た霊圧が、夜に溶けていった。


剛堂が、思わず声を漏らした。


剛堂「……不可能だろ」


その言葉に、どこか楽しそうな笑い声が返ってくる。


回道「ははっ。そうだな。普通は無理だ」


姿の見えないまま、声だけが続く。


回道「俺がどんだけ必死にやっても、“普通”なら無理だ」


剛堂「は? でも今、できて――」


回道「思考加速」


その一言で、剛堂の中ですべてが繋がった。


――思条の能力、思考加速。

思考速度を極限まで引き上げる能力。


身体強化のポイント振り分けは、感覚でやっているわけじゃない。

力、速度、耐久、思考力。

どこに、どれだけ振るか。

解除し、再配分し、次の行動に移るまで、すべて“思考”と“判断”が必要になる。


通常の人間の思考速度では、戦闘中にそんな操作は不可能だ。

だが――思考加速があれば話は別だ。


人間の限界を超えた演算。

刹那の中で何通りもの配分を試し、未来視で結果を確認し、最適解だけを選び取る。


剛堂「……そうか」


震える息を、ゆっくり吐く。


剛堂(こいつが強いのは、コピーが使えるからじゃない)


思条の能力。

身体強化。

未来視、存在隠蔽、浮遊。


どれも単体なら、突出して最強というわけじゃない。

だが――回道は、それらを組み合わせる前提で使っている。


剛堂(応用力が……次元が違う)


能力を並べているんじゃない。

噛み合わせ、重ね、瞬間ごとに最適化している。


そこにあるのは理屈だけじゃない。

計算だけでもない。


研ぎ澄まされ過ぎた本能。

後天的な学習を遥かに超えた、戦うための感覚。


人一倍、どころじゃない。

想像すら追いつかないほど洗練された、本能。


剛堂こいつは……


尊敬、という言葉では足りない。

畏怖ですら、まだ浅い。


剛堂(何者なんだ……回道)


その問いに答えは出ない。

ただ一つ分かるのは――


回道だからこそ、コピーは輝いている。

回道だからこそ、不可能は可能に変わっている。


本霊の悲鳴が、夜に歪む中。

剛堂はただ、その背中を見つめていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回は回道という主人公の「強さ」の本質を、できるだけ正面から描くことを意識しました。

単純な数値や能力の強弱ではなく、思考・本能・応用が噛み合ったときに生まれる異質さ。その象徴として、思考加速×身体強化という組み合わせに焦点を当てています。


回道は決して「万能」ではありません。

未来視を何度見ても敗北しか見えない場面が示す通り、現時点の力だけでは超えられない壁は確かに存在します。

それでも彼は折れず、力そのものではなく「使い方」に答えを見出しました。


剛堂の視点を通して描いたのは、

「最強の能力を持つ者」ではなく

**「能力を最も輝かせられる者」**という在り方です。


剛堂が抱いた疑問――

「こいつは何者なんだ?」


それは今後、物語が進むにつれて少しずつ輪郭を帯びていく問いになります。


この戦いは、回道が“勝った”物語であると同時に、

彼が“普通ではない領域に踏み込んだ”瞬間の記録でもあります。


次に彼がどんな選択をし、どんな代償を払うのか。

その続きを、また一緒に描いていけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ