5話:最強は一人でいい
最強とは、力そのものではない。
圧倒的な力を前にした時、人は初めて理解する。
自分が立っている場所が、どれほど脆く、どれほど狭かったのかを。
禍津学園に集められた精鋭たちは、この日、確かに見た。
努力でも、経験でも、血筋でも埋まらない差。
それは技術ではなく、本能。
理屈の先にある、理解してしまった者の領域。
だが――戦いが終われば、日常は戻ってくる。
静けさの裏に、確実に積み上がっていく不穏を残したまま。
これは嵐の後の、束の間の平穏。
そして、次に来る地獄への、ほんの短い休息の物語である。
地面に倒れ伏した宮闈と扇を、天城がそれぞれ軽々と担ぎ上げる。
一方、宇末は回道の腕の中にあり、意識はあるものの力が入らないのか、身を預けたままだった。
天城は振り返り、顎で短く指示する。
天城「……着いてこい。保健室へ連れていく」
そして視線だけを十神に向け、低く告げる。
天城「十神。この場は、きちんと収めておけよ」
十神は肩をすくめ、気の抜けた調子で返す。
十神「はいはい」
校庭には、誰一人として声を上げる者はいなかった。
残された生徒たちはただ、回道の背中を見つめている。
――もう、何を言えばいいのか分からなかった。
扇が保健室のベッドで勢いよく上体を起こす。
荒い呼吸のまま、天井を見つめ――次の瞬間、視界に入った回道の顔で、すべてを悟った。
扇「……あ、ぁ……」
喉から漏れた声は、言葉にならない。
記憶が一気に繋がり、結果だけが突き刺さる。
扇「……負けた、んか……」
頭を抱え、指が髪を強く掴む。
その拍子に、隣のベッドに横たわる宮闈の存在に気づき、目を見開いた。
扇「……まさか。なぁ、天城先生。こいつも……?」
天城は余計な言葉を挟まず、ただ静かに頷いた。
その仕草だけで十分だった。
扇は力が抜けたように、再びベッドに倒れ込む。
扇「……はは……そりゃ、勝てんわ……」
悔しさより先に来たのは、理解だった。
追いつけないのではない。
最初から、立っている場所が違ったのだと。
扇「未来視だけやと思ってた。まさか浮遊まで使いこなせてるなんて、考えてもなかったよ……卑怯だろ、それ」
そう吐き捨てるように言ってから、扇は天井を睨む。
だがその声に、怒気はほとんど残っていなかった。
回道「……卑怯、ですか?」
扇は一瞬だけ回道の方を見る。
すぐに視線を逸らし、鼻で小さく笑った。
扇「ちゃうな。卑怯やなくて……理不尽、か」
拳を握り、ゆっくりと開く。
扇「俺は“未来が見える”ってだけで、自分は特別やと思ってた。兄ちゃんに追いつけるって、本気で……」
言葉が途中で途切れる。
その沈黙が、敗北の重さを物語っていた。
扇「でもお前は、見えた未来の“先”におった」
回道は何も言わず、ただ黙って立っている。
扇「……完敗や。言い訳もできん」
そう言って、扇は深く息を吐いた。
扇「なぁ回道。ひとつ聞いてええか」
回道「はい」
扇「次やったら……それでも、俺は勝てへんか?」
その問いには、挑発ではなく、純粋な渇望があった。
回道「わかんない。正直、次どうなるかなんて俺にも見えないです」
そう前置きして、回道は扇の方をまっすぐ見る。
逃げも誤魔化しもない視線だった。
回道「でも、俺は止まらないですよ。最強って言葉を、自分でも、周りからも認めてもらうまで――進み続けます」
扇は何も言わず、天井を見たまま耳を傾けている。
回道「だから……扇も、止まらないでほしいです」
一拍置いて、少しだけ柔らかく声を落とす。
回道「ライバルとして。一緒に、前に来てほしいです」
その言葉に、扇の目がわずかに見開かれる。
次の瞬間、布団をかぶせていた腕で顔を覆い、くぐもった声を漏らした。
扇「……ほんま、ムカつくわ」
だが、その声には悔しさと同時に、確かな熱が宿っていた。
扇「負けた直後にそんなこと言われたら、引き下がられへんやろ」
ゆっくりと起き上がり、回道を見る。
扇「ええわ。約束や」
扇「次は、未来の先に“俺”がおるからな」
その目には、敗者の影ではなく、追う者の光が灯っていた。
少しは打ち解けたような気がする。
少なくとも、さっきまで空気を支配していた棘のような敵意は消え、代わりに張り詰めた緊張が静かな熱へと変わっていた。
回道はそれを感じ取り、胸の奥で小さく息をつく。
――これでいい。今はまだ、これで十分だ。
保健室の扉が静かに開く。
入ってきたのは十神だった。
十神「天城、席を開けてくれ」
天城は一瞬だけ十神を見るが、何も言わず踵を返し、そのまま部屋を出ていった。
重くなった空気の中、十神は椅子に腰を下ろす。
十神「……扇、回道。俺からの頼みや」
ふたりの視線が集まる。
十神「俺はな、やることがあって近々ここを離れる。長くはおれん」
その言葉に、扇が眉をひそめる。
十神「だから、それまでに力をつけてほしいんや」
十神は扇の方を向き、はっきりと言い切った。
十神「扇。お前には、俺の持ってるもんを全部教える。技も、考え方も、覚悟もや」
扇は言葉を失い、息を呑む。
その横で、回道が少しだけ間を置いて口を開く。
回道「……俺には?」
十神は一瞬だけ視線を逸らし、すぐに回道を見据えた。
十神「お前にも、強くなってほしい気持ちは山々や」
だが、と続ける。
十神「俺の力はな、代々先祖が受け継いできたもんや。血と覚悟で繋がってきたもんやから、安易に渡すことはできん」
回道は黙って聞いている。
十神「せやけど――」
十神は、ゆっくりと笑った。
十神「お前はお前のやり方で、もう十分おかしなとこまで来とる。俺が教えんでも、勝手に強くなりよるやろ」
それは突き放す言葉ではなく、確かな評価だった。
十神「扇は俺が鍛える。回道、お前は自分の本能を信じて突き進め」
静かな保健室に、その言葉が落ちる。
ふたりの進む道は、ここで分かれた。
だが、目指す先は同じだった。
宮闈は、ベッドに横になったまま薄く目を開けていた。
額にはじっとりと汗が滲んでいる。
宮闈(……起きてるってバレたら気まずすぎるやろ……)
十神の声、扇の反応、回道の沈黙。
どれも重すぎる。
宮闈(これ、完全に身内と愛弟子の核心の話やん……)
心臓の鼓動がやけにうるさい。
宮闈(俺、今ここにいていい立場ちゃうよな????)
だが目を閉じるには、もう遅かった。
聞いてしまった言葉の重みが、嫌でも頭に残り続けていた。
――カサリ、と微かな音。
保健室の奥、カーテンで仕切られていたベッドから、確かに“何か”が動いた。
宮闈(……ん? まて、まさか……やめろ、やめてくれ……!)
心の中で必死に祈る。
だが祈りは、あまりにもあっさりと裏切られた。
シャッ――
勢いよくカーテンが内側から捲られる。
宇末「話は聞かせてもらったわ」
そこに立っていたのは、腕を組んだ宇末だった。
薄暗い保健室の光を背に、涼しい顔で状況を受け止めている。
宮闈(なんで出てくるんだよ!!!!)
思わず喉が鳴る。
扇「……お前、起きてたんか」
宇末「ええ。途中からずっと」
もう取り繕う余地はない
十神「……聞いてたか」
十神は小さく舌打ちし、視線を逸らす。
空気が一段、重くなる。
回道「……」
回道は何も言わず、ただ宇末を見ていた。
だがその視線には、警戒と理解が混じっている。
宇末「安心しなさい。今すぐ誰かに言いふらすつもりはないわ」
そう前置きしてから、宇末は一歩前に出る。
宇末「でも――聞いてしまった以上、無関係ではいられない」
宮闈(あ、これ……完全に面倒なやつや……)
汗が背中を伝う。
この場にいる全員が、それを感じ取っていた。
十神「はぁ……宮闈も、もう寝たフリせんでええわ。バレちまってんなら、隠す必要はない」
その一言に、保健室の空気がわずかに緩む。
宮闈「……いや、してたわけじゃなくてですね……」
言い訳にもならない言葉を絞り出し、宮闈はゆっくりと上体を起こす。額にはまだ汗が残っている。
宇末「随分と都合のいい言い訳ね」
宮闈「ぐっ……」
宇末の視線が突き刺さり、宮闈は思わず口を噤む。
扇「……兄ちゃん、これ全部、本気の話なんか」
十神「あぁ。本気や」
即答だった。
軽さも冗談もない、その一言に扇は唇を噛む。
回道「……」
回道は状況を整理するように、視線を巡らせていた。
誰が、どこまで知ってしまったのか。
そして、これから何が変わるのか。
宇末「なるほどね。あなたがいなくなる間に、代わりを用意するつもりだった……違う?」
十神「代わりやない。“次”や」
十神はそう言い切り、回道と扇の方を見る。
十神「こいつらは、ここで終わる器やない」
宮闈(……あ、これ完全に歴史の分岐点に立ち会ってるやつだ)
場違いなほど冷静な思考が、逆に事態の重さを物語っていた。
宇末「……面白いわ」
宇末は小さく笑う。その笑みは、挑発とも興味とも取れた。
宇末「ええ、いいでしょう。話、続けてちょうだい」
こうして――
“隠されていた計画”は、もう後戻りできない段階へと進んだ。
十神「取り敢えずやけどな……お前らに、俺が知ってる情報は話しとく」
場の空気を確かめるように、十神は一度視線を巡らせてから続ける。
十神「俺が追ってるのは――**外冠死業**いう組織や。空亡を筆頭に、強者ばっか揃えたバケモン集団やで」
その名を聞いた瞬間、保健室の空気がわずかに張り詰める。
十神「禍津学園はな、元々そいつらを叩き潰すために設立された学校や」
さらりと言い放たれた内容とは裏腹に、その意味は重い。
十神「まぁ……この話を知ってるのは、俺と百目鬼校長だけやけどな」
回道「……天城先生は?」
自然と出た問いだった。
あれほどの立場にいる人物が知らないはずがない、そう思っての一言。
十神「知らん」
即答だった。
十神「いつかは話すつもりやけどな。今はまだ、その時ちゃう」
それ以上は語らない。
だが、その沈黙こそが――この話の危険さを、何より雄弁に物語っていた。
十神「さぁ、教室戻るぞ。もう立てるやろ?」
軽く顎で促され、五人は揃って保健室を後にする。
教室の扉の前に立ち、回道は一瞬だけ足を止める。
恐る恐る中を覗いた、その瞬間だった。
――ざわっ。
残っていたクラスメイトたちが一斉に振り向き、次の瞬間には我先にと回道のもとへ駆け寄ってくる。
???「お前すごいな!能力奪えるって何事!?って思ったよ!」
???「未来視に浮遊に、吸引まで!?反則やろそれ!」
???「いや存在隠蔽までいったの見て、正直背筋凍ったわ……」
口々に浴びせられる声。
ついさっきまで向けられていた冷たい視線は、もうどこにもない。
回道「え、あ、いや……そんな大したことじゃ……」
そう言いかけて、自分でも言葉を濁したことに気づく。
実際、やっていることは“とんでもない”の一言に尽きる。
少し離れた場所で、その様子を腕組みしながら眺める人物がひとり。
十神「……ふん」
鼻で笑うように小さく息を吐く。
十神「実力でねじ伏せた結果や。」
その一言で、場の空気がはっきりと変わった。
もはや回道を“特別扱いされている存在”と見る者はいない。
――認めざるを得ない存在。
それが、この教室における回道の立ち位置だった。
回道はその中心で、少しだけ照れたように、けれど確かに――胸の奥で高揚を感じていた。
???「あれは……認めるしかないですよぉ」
少し後ろで控えめに手を挙げていた男子が、一歩前に出てくる。
丸眼鏡の奥で、理知的な光を宿した瞳が回道をまっすぐに見ていた。
???「あ、自己紹介がまだでしたね」
咳払いをひとつしてから、丁寧に頭を下げる。
文月「文月 司です。能力分析と座学担当みたいな立ち位置を勝手にやってます」
どこか自嘲気味に笑う。
文月「さっきの戦闘、一部始終見てましたけど……理論的に説明がつかない部分が多すぎて、正直頭が追いついてません」
そう言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。
文月「ですけど――だからこそ、興味があります」
眼鏡を指で押し上げ、真剣な声で続ける。
文月「回道さん。あなたの能力、記録させてもらってもいいですか? 学術的にも、戦術的にも……前例がなさすぎます」
回道「え、き、記録……?」
少し戸惑いながらも、周囲の期待に満ちた視線を感じ、苦笑する。
回道「……まぁ、害がないなら」
文月「ありがとうございます! いやぁ、これは寝る暇なくなりそうだなぁ……」
嬉しそうにそう呟く文月を見て、クラスメイトの何人かが苦笑する。
十神「おい文月、ほどほどにしとけよ。潰したら意味あらへん」
文月「分かってますよ、十神先生。観察は合法の範囲で、です」
教室に小さな笑いが起きる。
文月「回道さんの能力は……何ですか? 強奪、ですか?」
回道「いや、コピーですね」
即答だった。迷いも誇張もなく、事実をそのまま述べる声音。
文月「コピー……なるほど。では、発動条件は?」
回道「相手の能力を見ること。それと――能力について説明を聞いたり、自分の中で理屈として理解できた時です」
回道は自分のこめかみを軽く指で叩く。
回道「理解が一定ラインを超えると、頭の奥でノイズが走るんですよ。雑音みたいな、ザッて感じの」
文月「ノイズ……」
回道「そのノイズが消えた時には、もう使えるようになってます。感覚的には、頭の中に新しい回路が繋がる感じですかね」
文月は目を輝かせ、興奮を抑えきれない様子で頷く。
文月「視認、理解、そして内部変換……能力模倣ではなく、再構築型コピー。しかも条件が揃えば恒久取得……」
ぶつぶつと独り言のように呟いた後、はっと我に返る。
文月「……失礼しました。いやしかし、それは理論上“成長上限が存在しない”能力ですね」
回道「多分、そうだと思います」
淡々と答える回道とは対照的に、文月は完全に研究者の顔になっていた。
文月「ありがとうございます。これは……歴史に残りますよ、回道さん」
その言葉に、回道は少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
文月「実験で、私の能力を見ますか?」
回道「……いいんですか? そういうのって、正直あまり見られたくない人も多いと思うんですけど」
回道は一歩引き気味にそう言い、相手の反応を窺った。
文月「気にしません。むしろ大歓迎です」
即答だった。迷いの欠片もない。
文月「知的好奇心は恐怖や抵抗感を上回ります。それに――」
文月は眼鏡をくい、と押し上げ、淡々とした口調で続ける。
文月「実験のためなら、腕の一本くらい差し出しますよ。もちろん、比喩ですが」
回道「比喩でも怖いですって……」
苦笑しつつも、回道の内心は高揚していた。
能力を自ら開示し、なおかつ観測されることを厭わない人間。
それだけで、文月が“こちら側”の人間だと直感できた。
回道「……わかりました。じゃあ、お願いします。ちゃんと見るんで」
文月「ええ。では、準備しますね」
そう言って文月は一歩前に出る。
その瞬間、回道は無意識に集中力を高めていた。
――来る。
まだノイズはない。だが、確実にその前兆となる“理解への入口”が、今、開き始めていた。
文月「実践しましょう、十神先生」
十神「ん?」
文月「回道さんと、何か暗号を決めて会話してください。私はその暗号を聞きませんので」
そう言い残すと、文月は廊下に出て、静かに扉を閉めた。
残された回道と十神は顔を見合わせる。
十神「……ええ度胸しとるな」
回道「ですね。でも、ちょうどいい実験かも」
短時間で二人は暗号を決める。
言葉の選び方、語尾の癖、意味を持たせた間。
一見すると雑談にしか聞こえない、即席の暗号だった。
数分後、文月が教室に戻ってくる。
文月「準備はよろしいですか?」
十神「おう、始めるで」
十神と回道は、決めた暗号を使って会話を始める。
意味のない言葉の羅列。
視線と間の取り方だけで成り立つ、閉じたやり取り。
――の、はずだった。
文月「なるほど。今の発言、“右側から来る可能性が高い”という意味ですね」
回道「……え?」
十神「は?」
文月「続いて回道さんの返答は、“迎撃は不要、様子見”でしょう?」
十神が言葉を失う。
十神「……おいおい、冗談やろ」
文月「私の能力は――どの言語でも理解できるようになる、それだけです」
文月は落ち着いた口調で言い直す。
文月「対象は音声言語に限りません。文字、古代語、方言、手話、ジェスチャー、暗号、記号……“意思を伝えるために構築されたもの”であれば、すべて理解できます」
回道「……翻訳能力、みたいな?」
文月「近いですが、少し違います。翻訳ではなく、“意味を直接把握する”感覚ですね。考える前に、分かってしまう」
文月「暗号であっても、ジェスチャーであっても、意味を持つ以上は“言語”です」
文月は静かに微笑む。
文月「隠すために作られたものほど、構造は単純になります。だからこそ、理解しやすい」
十神「……こいつ、ほんまに化け物やな」
回道は思わず息を呑む。
回道「これ、地味に見えて……いや、かなりヤバくない?」
文月「ええ。戦闘向きではありませんが、情報戦では最上位に近い能力です」
そう言った瞬間、回道の頭の奥に――
ザッと、あのノイズが走った。
回道(来た……)
言語。
理解。
ジェスチャーや暗号も含めた“意味の把握”。
能力の構造が、頭の中で一気に組み上がる。
文月「……今、ノイズが走りましたね?」
文月は顎に手を当て、少し考える素振りを見せる。
文月「ということは――私の能力をコピーできた、回道さんは」
回道「どんな言語でも理解できるようになった、ですね」
文月「回道さん!僕の能力を使えるか実験しましょう!」
回道「分かった」
文月「回道さんはベトナム語は分かりますか?」
回道「1ミリもわかんない」
文月「今からベトナム語を話すのでよく聞いててくださいよ」
回道「うん!」
文月「それでは話しますね」
文月は一度だけ喉を整え、はっきりとした発音で口を開く。
文月「Thầy Togami là một người đáng được tôn trọng.」
教室が一瞬、静まり返る。
回道は眉をひそめたまま、文月の言葉を反芻する。
意味は分からない。音としてしか認識できない――はずだった。
次の瞬間、頭の奥にチリ、と小さな違和感。
――ザザッ。
ノイズが走る。
回道(来た……言語として“理解”し始めてる)
音が、意味に変換されていく。
文法、語順、敬意の含まれ方。
気づけば、文月の言葉が自然に脳内で置き換わっていた。
回道「……十神先生は、尊敬に値する人間だ、って言いましたよね」
一拍の沈黙。
文月「正解です」
十神「……おい回道」
回道「はい?」
十神「今の、マジで一瞬で理解したんか?」
回道「ええ。今はもう……普通に意味が入ってきます」
文月は満足そうに頷く。
回道は小さく笑い、文月を見る。
回道「面白い能力ですね。言葉が全部、同じ土俵になる」
文月「ええ。だからこそ――」
文月は静かに言葉を続ける。
文月「嘘も、暗号も、沈黙さえも。すべて“読めてしまう”んです」
回道は小さく息を吐き、天井を仰いだ。
回道「今日だけで……吸引、存在隠蔽、言語。三つも手に入れちゃった」
まるで戦利品を数えるような口調だった。
十神「コレクションみたいに言うな。俺、普通に怖いわ」
十神は肩をすくめ、冗談めかしながらも視線は真剣だった。
回道は曖昧に笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。
体格のいい男が、回道の前に立った。周囲より一回り、いや二回りは大きい。
その圧迫感とは裏腹に、口調はどこか軽い。
剛堂「コピーってすごいな。俺のも取られそうやから、警戒しとくよ」
回道「それが普通だと思う。無警戒なほうが珍しいし」
剛堂は肩をすくめ、豪快に笑った。
剛堂「でしょ? まあ取られても恨みっこはなし!俺は剛堂 剛。よろしくな」
回道「回道 丞だ。よろしく」
二人は短く視線を交わす。
剛堂の眼には警戒と、ほんの少しの闘志が混じっていた。
この男もまた、ただ者ではない――回道は直感的にそう感じていた。
剛堂と回道のやり取りを眺めていた少女が、ふと一歩前に出た。
どこか計算高そうな目つきで、口元には薄い笑みを浮かべている。
???「ん? 自己紹介タイム?」
周囲を一度見回し、軽く首を傾げた。
???「じゃあ私もやっといた方がいいね」
そう言って、指先で自分を指す。
数埜「私は数埜 量」
一瞬だけ間を置き、意味ありげに言葉を濁した。
数埜「能力は……伏せとくか」
回道は眉をひそめる。
回道「隠す派なんだ」
数埜「当然でしょ。知られて得する能力ばっかりじゃないし」
その視線が、探るように回道をなぞる。
数埜「特に、コピー相手がいるならなおさらね」
剛堂が低く笑った。
剛堂「用心深いな」
数埜「生き残るための知恵だよ」
軽い調子とは裏腹に、その言葉には確かな現実感があった。
回道は理解する。このクラスには、単純な力自慢だけでは生き残れない者もいる。
数埜 量――
能力を伏せるという選択そのものが、彼女の危険さを物語っていた。
椅子に座っている残りの三人は、誰一人として立ち上がろうとしなかった。
視線だけが、じっと回道に向けられている。
能力を奪う。
コピーする。
その事実が、彼らの中で重くのしかかっているのが分かる。
回道は一瞬だけ苦笑した。
回道(まぁ……普通はそうなるよな)
剛堂がちらりと後ろを振り返る。
剛堂「……ああいう反応も、無理ないわな」
数埜は肩をすくめた。
数埜「近づいたら何を見られるか分からない、って思ってるんでしょ」
三人のうちの一人が、低い声でぽつりと言う。
???「……別に敵視してるわけじゃない」
椅子に深く腰掛けたまま、視線だけを逸らす。
???「ただ、距離は保たせてもらう」
別の一人も続いた。
???「コピーされないための、最低限の自衛だ」
最後の一人は何も言わない。ただ、腕を組み、黙って回道を見ている。
回道は小さく息を吐いた。
回道「警戒してくれていいよ。無理に仲良くしようとも思ってない」
そう言って、真っ直ぐ彼らを見る。
回道「俺は俺のやり方で進むだけだから」
その言葉に、三人の視線がわずかに揺れた。
恐怖だけではない。
理解しようとする色も、確かにそこには混じっていた。
このクラスは、もう「同じ立場の生徒」ではない。
力を持つ者と、それをどう扱うかを考える者たち――
静かな緊張が、教室に張りつめていた。
十神「さて、そこまでにしてお前ら席に着け」
その一声で、教室の空気が一段落ち着く。
ざわついていた視線が散り、椅子を引く音が重なった。
剛堂は素直に席へ戻り、数埜も軽く手を振ってから腰を下ろす。
警戒していた三人も、それ以上何か言うことはなく、それぞれ前を向いた。
十神は教壇に立ち、腕を組む。
十神「今のはええ機会や。力を見せた後、どう見られるか――それも含めて実力や」
教室を一巡する鋭い視線。
十神「回道」
回道「はい」
十神「お前はもう、ただの新入りやない。羨望も恐怖も、両方背負う立場になった」
一拍置いて、低く言い切る。
十神「調子に乗るな。だが、引くな。それが出来ん奴は、ここでは生き残れへん」
回道は小さく頷いた。
回道「……分かってます」
十神は満足そうに鼻で笑い、黒板に背を向ける。
十神「ほな授業や。今日は座学やが、気ぃ抜いたら承知せぇへんぞ」
チョークが黒板を叩く音が響く。
それを合図に、教室はようやく“学園”としての顔を取り戻した。
――だが、誰も忘れてはいない。
この教室に、とんでもない存在がいるという事実を。
第四話は「最強は誰か」という問いに、一つの答えを突きつける回でした。
ただしそれは、単純な勝敗や力量差ではなく、「回道 丞」という存在そのものが、すでに常識の枠から外れ始めているという提示でもあります。
コピーという能力は、奪う力ではありません。
理解し、思考し、辿り着いた先に“再現されてしまう力”です。
だからこそ周囲は恐れ、距離を取り、無意識に線を引く。
この話数で描いたのは、強さを得た代償として生まれる孤立の芽でした。
また、十神 泪があえて回道を表に引きずり出し、見せつけるように戦わせたのも、単なる贔屓ではありません。
この学園で生き残るために必要なのは、力そのもの以上に「力を持った後、どう扱われるか」を知ることだからです。
次話は一転して、束の間の平穏。
しかしそれは嵐の前の静けさに過ぎません。
ここから先、誰が隣に立ち、誰がいなくなっていくのか――
その分岐点が、少しずつ、確実に近づいています。




