13話:最強の行く末
強さとは、何を守れるかではなく、
何を失ったあとでも、なお選び続けられるかなのかもしれません。
この物語で語られてきた最強は、
決して無敵ではありませんでした。
間に合わなかった後悔、守れなかった命、
そのすべてを抱えたまま、それでも前に進む力――
それが、彼らの持つ「強さ」でした。
ここに至るまでに、
回道と扇はあまりにも多くを奪われました。
怒りに任せて進むことも、
すべてを壊して終わらせることも、
彼らには出来てしまいます。
それでもなお、
最後に何を選ぶのか。
復讐か、断罪か、
あるいは――
それ以外の何かか。
最終話で描かれるのは、勝敗ではありません。
誰が強かったかでも、誰が正しかったかでもない。
ただ一つ、
「最期に選んだ行動」だけが、
彼らという存在の結末になります。
最強が、最期に何を選ぶのか。
どうか、その瞬間まで見届けてください。
第五大隊隊長――納谷が、ついに姿を現した。
その瞬間、上之原の背筋に冷たいものが走る。
納谷は回道の強さを知らない。
それが致命的な差になると、上之原には分かっていた。
(しかも……)
扇もまた、上之原の「強奪」という能力があったからこそ、どうにか追い詰められた相手だ。
扇自体も化け物だ。
上之原「まぬけ!!」
思わず叫んだ声は、あまりにも遅かった。
納谷「へ!?」
間の抜けた声を上げた、その刹那――
回道の姿が、視界から消えた。
数秒前まで“隊長然”としていた納谷の顔が、
次の瞬間には怯えきった子犬のように歪む。
回道は、誰の目にも映らない速度で納谷の眼前に立ち、
拳を構え――振り抜いた。
バリィッ!!
凄まじい衝撃音とともに、空中に電磁膜のようなものが展開される。
透明な壁。
それが、回道の拳を完全に受け止めていた。
回道の動きが止まる。
扇も、上之原も――言葉を失った。
(止めた……?)
(回道の拳を……?)
納谷自身も、何が起きたのか理解できていない。
頭を庇うように座り込んだまま、震えている。
そこへ――
???「何も考えず前に出るからですよ、隊長」
呆れたような声が背後から響いた。
納谷の後ろ。
頭を抱えたままの隊長を庇う位置から、
一人の男が静かに歩み出る。
第五大隊副隊長。
回道「……バリアか」
短く、しかし確信を込めて呟く。
副隊長「流石に分かりますよねぇ。そうです、その通り」
余裕の笑みを浮かべながら、男は肩をすくめた。
副隊長「核爆弾でも持ってきてください。
それくらいじゃないと――俺のバリアは、壊れませんよ」
空気が、さらに重く沈む。
回道「核?……核か。核なのか。」
副隊長「はい、あきら――」
言い切る前だった。
バリィィィィィィ!
回道の拳が、再びバリアを叩く。
副隊長「だから無駄だと――」
バリィィィィィィ!
副隊長「何度言わせ――」
バリィィィィィィ!
連続する衝撃。
今度は音が違った。
バリ、バリバリ……!
空中に展開されていた防壁が、悲鳴を上げるように軋む。
納谷「こいつ、しつこいな!」
その瞬間――
バリンッ!
乾いた破裂音とともに、バリアが砕け散った。
副隊長「……は?」
信じられない、という顔で固まる副隊長。
回道「……なぁ俺の拳、核レベルなのか?」
上之原「あぁ……」
諦めが混じった、短いため息。
扇はと言えば、
「当たり前だろ」と言いたげな顔で一切動じていなかった。
次の瞬間。
回道の拳が、副隊長の顔面を真正面から捉える。
副隊長「ふぉすごべぇっ!」
意味を成さない悲鳴を残し、
身体が弾丸のように吹き飛ばされ――
ドンッ。
納谷の背後へと叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
静寂。
回道は、その場に座り込んだまま動けずにいる納谷の前に、ゆっくりとしゃがみ込む。
回道「てめぇか?記憶を読むってのは」
納谷「……はい。俺です」
回道「数日前。若い男と女、それから大人一人。その三人を殺したか?」
納谷「……はい……」
次の瞬間だった。
ガッ、と音を立てて回道の手が納谷の顔を掴む。
指が食い込み、逃げ場を完全に塞ぐ。
回道はゼロ距離まで顔を寄せた。
その目には、もはや理性の光はない。
回道「お前が……殺したんだなァ……!!」
納谷「ひぃぃっ……!」
回道の腕が持ち上がる。
納谷の身体が宙に浮いた。
躊躇は一切ない。
鈍い衝撃音。
脇腹に叩き込まれた一撃で、納谷の身体が大きく折れる。
息が強制的に吐き出され、声にならない悲鳴が漏れた。
回道は、なおも顔を掴んだまま――
そして、何の感情も込めずに、その手を離す。
納谷の身体は力なく落ち、床に転がった。
すると回道のすぐ横で、空間が歪んだ――ように見えた。
回道も気づいている。
だが、反応しない。
否、意図的に無視している。
納谷はその歪みに視線を走らせた。
透明な“何か”が、回道の背後に迫り、鉄パイプを振りかざす。
――勝った。
納谷がそう確信した、その瞬間。
バリィィィィィ!
甲高い音と共に、不可視の一撃が弾かれた。
納谷「……は?」
目の前に展開されていたのは、見覚えのある防壁。
副隊長の能力――バリアだった。
納谷「な、なんで……なんで使えて……」
答える代わりに、回道が一歩踏み出す。
そして、何もないはずの空間を――掴んだ。
回道の指が、確かな“何か”を捕らえる。
???「がっ……!」
悲鳴と同時に、透明化が解除される。
そこに現れたのは、納谷の手下だった。
顔は恐怖で歪み、逃げようと手足をばたつかせる。
回道は、その首を掴んだまま、力を込める。
鈍い音。
抵抗は一瞬で終わり、首は不自然な角度に折れた。
回道は手を離す。
死体が床に崩れ落ちる音だけが、静寂に響いた。
納谷の喉が、ひくりと鳴った。
回道「もういいや」
淡々とした一言だった。
怒鳴りもしなければ、力を込めた様子もない。
それが、かえって納谷の背筋を凍らせた。
納谷の脳裏に、いくつもの記憶が浮かび上がる。
宇未。
宮闈。
そして、十神。
彼らの記憶を覗いた時、必ず共通して現れた一人の人間。
コピー能力を持つ異質な存在。
――それが、目の前の少年だ。
納谷(間違いない……こいつが、あの時の……)
だが、記憶の中の回道は、ここまでではなかった。
確かに脅威ではあった。
だが、“対処不能”と断じるほどではない。
回道「今夜、外冠死業自体……全部壊してやる」
静かな宣告。
命令でも、脅しでもない。
ただ、事実を述べているだけの声。
納谷は、そこで一つの結論に辿り着く。
――こいつには、成長の限界がない。
戦闘の最中。
殺意と殺意がぶつかり合う、この瞬間でさえ。
回道は、強くなっている。
納谷(そうか、だからだ)
記憶で読めなかった理由。
自分が覗いた回道は、過去の回道に過ぎなかった。
宇未たちが殺されてから。
十神が死んでから。
彼らに再び会うこともなく、その空白の時間の中で――
納谷(とんでもない成長を、遂げている……)
目の前の少年は、もはや記憶の延長線上に存在しない。
読み切れない。
測れない。
止められない。
納谷は、震える指に力を込め、無線機を握り締めた。
逃げ場はない。だが、何もしないよりは――そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞る。
納谷「こちら第五大隊ッ!侵入者と対峙中!他の隊にも侵入の可能性あり!全隊、警戒態勢を敷け!」
叫ぶように通信を入れた、その直後だった。
回道は何の躊躇もなく、何の感情も乗せず。
納谷の言葉が終わる前に、命も終わった。
力なく崩れ落ちる納谷。
無線機だけが、床に転がり、雑音を吐き続ける。
無線「……応答せよ。侵入者の情報を求む」
回道は、その無線を拾い上げた。
声色は変えない。ただ、淡々と告げる。
回道「待ってろ。お前ら全員、潰してやる」
一瞬の沈黙。
無線「……誰だ!?」
次の瞬間。
回道は無線機を床に叩きつけ、足で踏み潰した。
バキッ、という乾いた音と共に、通信は完全に途絶える。
回道はゆっくりと振り返り、上之原を見る。
その視線だけで、命令は十分だった。
回道「……次だ。他の場所に案内しろ」
逆らうという選択肢は、もはや存在しない。
上之原は喉を鳴らし、黙って頷くしかなかった。
上之原「……ここから一番近いのは、第二中隊です」
その言葉を聞いた直後、扇が一歩前に出る。
扇「なぁ。今日で全部潰すつもりなら、手分けしねぇか?」
回道は即答しなかった。
視線を扇に向け、その身体の状態、呼吸、霊力の揺らぎを一瞬で測る。
回道「……扇は、本当に大丈夫なのか」
それは命令でも確認でもなく、
仲間をこれ以上失いたくない者の、純粋な問いだった。
扇は鼻で短く笑う。
扇「はっ。心配しすぎだろ」
一拍置き、目を細める。
扇「さっきまでの俺と一緒にすんな。もう油断はしねぇよ」
その言葉に迷いはない。
痛みも後悔も、すべて飲み込んだ者の目をしていた。
回道は小さく息を吐き、頷く。
回道「……分かった。だが、異変があれば即座に呼べ。絶対だ」
扇「了解だ」
二人の間に、短く、しかし揺るぎない合意が成立した。
扇は上之原に案内させられ、第二中隊の方角へと向かう。
上之原は逃げる選択肢など最初から持っていない。ヘルメスに掴まれ、半ば運ばれるような形で付いていくだけだ。
一方、回道は単独で第三大隊へ向かった。
回道「……そっちが終わったら、落ち合おう」
扇「……あぁ」
短い返答。
だがそこには、互いに生きて戻るという無言の前提があった。
――数十分後。
回道は第三大隊の本拠地前に到達する。
建物の外観だけで分かる。
ここまで来て、ようやく“組織”としての対応が始まっている。
出入口は一つではない。
屋上、非常階段、裏手の搬入口――すべてに人の気配がある。
霊力の反応も複数。索敵用の能力者が混じっているのは明白だった。
回道(……流石に、ここは雑魚の巣じゃないか)
気配を完全に消しているにも関わらず、
視線がこちらを探っているのが分かる。
回道(迂闊に踏み込めば、囲まれる)
だが――。
回道は一歩、前に出た。
次の瞬間、姿が消える。
存在隠蔽。
それは逃走のための能力ではない。
「最短で全員を潰す」
そのための、開戦の合図だった。
警戒態勢。
包囲。索敵。待ち伏せ。
だが――それらは回道にとって、最初から意味を成していなかった。
存在隠蔽。
姿を消すのではない。
“存在そのものを消す”。
回道が踏み込んだ時点で、勝負は終わっている。
出入口付近。
二人並んでいた警備員。
片方が、崩れ落ちた。
音すらない。
残ったもう一人が遅れて異変に気づき、息を呑む。
警備員「……っ!?」
振り向いた瞬間にはもう遅い。
回道は――背後に立っていた。
警備員の喉が潰れ、声にならない音だけが漏れる。
そのまま地面に沈む。
そして扉の向こう。
交代で外に出てきた別の警備員が、その光景を目撃する。
警備員「な――!」
反射的に無線へ手を伸ばす。
警備員「こちら――」
送信ボタンが押されるより早く。
見えない蹴りが飛んだ。
ドンッ!!
無線機ごと、警備員の身体が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、ぐしゃりと沈黙。
回道は歩みを止めない。
警報を鳴らす暇すら与えない。
警備員が出てきた扉。
回道は迷いなく、その中へ滑り込む。
ギィィ――。
扉が軋む音。
その音は、ただの開閉音ではなかった。
“終わりの合図”のように響いた。
中にいた警備員が顔を上げる。
警備員「ん?……誰――」
最後まで言えなかった。
ダンッ!!
回道の一撃が叩き込まれる。
頭が床に沈み、身体が痙攣して止まる。
静寂。
だが、それは一瞬だった。
奥から足音が重なり始める。
ガヤガヤとした声。
警戒の気配。
次々と、ゾロゾロと人影が現れる。
警備員A「今の音、何だ!?」
警備員B「侵入者か!?」
警備員C「配置につけ!!」
回道はその瞬間、消えた。
存在隠蔽。
敵は気づかない。
だが――
気づいていなくても、警戒は跳ね上がる。
空気が変わる。
銃口が揃い、足音が止まり、呼吸すら抑えられる。
警戒態勢、MAX。
誰も見えない。
誰もいないはずなのに。
全員が理解していた。
ここにいる。
“何か”が。
そしてその“何か”は、もう狩りを始めている。
一人、また一人と警備員が消えていく。
異変に気づく者は、まだいない。
隣にいたはずの男が消える。
後ろにいたはずの男が消える。
まるで最初から存在しなかったかのように、音もなく削られていく。
回道は確実に、淡々と始末していた。
数が減り始めた頃――
ようやく一人が違和感に気づく。
警備員「……なんか少なくね?最初もっといたよな?」
その問いが口から出た瞬間だった。
何もない空間から、手だけが現れる。
警備員「――え?」
次の瞬間、その手が首元を掴み、絞め上げる。
骨が軋む。
警備員「ぐっ……!」
そして――
ドンッ!!
床に叩きつけられた。
周囲が一斉に反応する。
警備員たちが銃を構える。
だが、遅い。
その瞬間。
また一人が、背後に吹き飛んだ。
警備員A「なっ――!」
驚く暇すらない。
隣の男が振り向く前に――
ゴッ!!
うなじに蹴りが叩き込まれる。
身体が崩れ落ちる。
銃声はまだ一発もない。
だが、確実に死だけが増えていく。
見えない処刑人が、その場を支配していた。
その場の警備員は、全員片付けた。
回道「……終わりか」
そう思った、その刹那。
パンッ!
脇腹に一発、熱が走る。
回道「ぐっ――!」
回道はよろめきながらも即座に振り向く。
回道「……まだいたのかよ」
最後の警備員が震えた手で銃を構えていたが、次の瞬間には――
ドンッ!
見えない蹴りが顔面を砕き、男は壁に叩きつけられる。
沈黙。
回道は脇腹を抑え、血の滲む感覚に舌打ちした。
回道「扇に油断するなって言っときながら……俺が油断してどうすんだよ」
第三大隊・隊長室。
隊長「なに!?侵入者だと?」
副隊長「はい。一階で暴れているようです」
隊長「……だが大丈夫だ」
隊長は強がるように笑う。
隊長「一階には精鋭を置いている。ここに来ることは――」
その言葉を遮る声。
回道「ないって言いたいのか?」
隊長&副隊長「!?」
空気が凍る。
いつの間にか、部屋の中央に少年が立っていた。
副隊長「ば、馬鹿な……!」
次の瞬間。
回道が消える。
ドンッ!!
副隊長の顎が跳ね上がり、身体が床に沈む。
一撃で沈黙。
隊長「な――」
言葉を発する暇すらない。
回道は流れるように踏み込み――
隊長の喉仏へ裏拳。
ゴッ!!
隊長の目が見開かれ、呼吸が途切れる。
膝が崩れた。
回道「戦線離脱だ」
淡々と、処理するように呟いた。
隊長は床に転がったまま、必死に手を伸ばす。
隊長(無線…無線…!)
指先が震えながら床を探る。
通信さえ繋がれば――
その瞬間。
コツ…と足音。
回道の視線が、先にそれを捉えた。
床に落ちている無線機。
回道は無言で拾い上げ――
隊長「やめろッ…!」
次の瞬間。
グシャァッ!!
回道の足が無線を踏み潰した。
金属が悲鳴を上げ、部品が散る。
隊長「……ぁ…」
隊長の顔から血の気が引く。
真っ青になる。
逃げ道が消えた。
助けも来ない。
その時だった。
隊長の表情が変わる。
怯えではない。
覚悟だ。
隊長「……なら」
しゅぅ――
空気が抜けるような音が鳴った。
回道「……っ!」
回道の瞳が僅かに揺れる。
回道(自爆系か――!)
咄嗟に霊力を巡らせ、バリアを貼ろうとする。
だが――遅い。
隊長「道連れだァ!!」
ドンッ!!!!
爆ぜた。
衝撃と熱が廊下まで突き抜け、床がひび割れる。
隊長の身体は力尽き、そのまま動かなくなる。
回道も吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
回道「……ぐっ」
身体中が軋む。
だが倒れない。
身体強化を耐久力に。
生存に全振りした肉体が、致命傷を拒んだ。
回道はゆっくり立ち上がり、煤を払う。
回道「ちっ……ここで結構食らっちまったな」
息を吐く。
そして、目が変わる。
もう、油断しない。
回道は無言で踵を返し、次の隊へと向かった。
第二中隊本拠地。
外冠死業の施設の中でも比較的大きく、兵の数も多い。
納谷の第五大隊とは違い、ここは「正規の戦力」が揃っている場所だった。
夜。
冷たい風が建物の隙間を抜け、廊下の蛍光灯が微かに揺れる。
扇は入口の影に立っていた。
扇の隣では、ヘルメスに掴まれた上之原が震えている。
上之原「……ここが第二中隊だ。数も多いぞ」
扇「黙れ」
上之原「……っ」
扇「ここから先は、全員殺す」
扇は、建物の中へ歩き出した。
中はすでに警戒態勢だった。
廊下の角。
銃を構えた兵が二人。
兵士A「侵入者がいるって話だが…」
兵士B「第五がやられたって噂、本当か?」
その会話が終わる前に。
兵士A「……ん?」
次の瞬間。
ドスッ!
扇の肘が兵士Aの喉を砕いた。
兵士B「なっ――!」
振り向いた瞬間、兵士Bの顔面に膝が突き刺さる。
骨が鳴った。
兵士Bはそのまま壁に崩れ落ちる。
扇は息を吐き、歩き続ける。
だが。
第二中隊は甘くなかった。
警報が鳴る。
ビーッ!ビーッ!
扇「チッ…」
すぐに廊下の奥から兵が押し寄せる。
兵士C「いたぞ!」
兵士D「撃て!!」
銃声。
ダダダダッ!!
扇は咄嗟に身を捻る。
だが避けきれない。
肩に一発。
扇「ぐっ…!」
血が滲む。
上之原「お、おい!撃たれてるぞ!」
扇「黙れ…!」
扇は印を結ぶ。
扇「阿修羅」
背後に現れる四本腕の神。
阿修羅は吠えず、ただ突進した。
兵士たちの列に突っ込む。
阿修羅の拳が一人の頭を潰す。
兵士C「うわぁぁ!」
二人目の胴が裂ける。
三人目が吹き飛ぶ。
血が廊下に散った。
扇は傷口を押さえながら進む。
扇(油断かぁ!…クソ!)
兵士の数が多い。
銃弾は避けても、全ては防げない。
扇の太腿に一発。
扇「……っ」
足が鈍る。
兵士D「当たったぞ!」
兵士E「囲め!!」
扇は舌打ちする。
扇「ガネーシャ」
象頭の神が現れ、床を踏み鳴らした。
ドンッ!!
衝撃で兵士たちが体勢を崩す。
その隙に扇が突っ込む。
扇「死ね」
拳が顎を砕く。
蹴りが喉を潰す。
兵士が倒れる。
だがまた銃声。
扇の脇腹を掠める。
扇「……ぐぅ」
血が温かい。
上之原「お前…無茶だ…!」
扇「無茶?」
扇は振り返り、上之原を睨む。
扇「無茶じゃない、お前一丁前に仲間顔しやがってよ!」
扇の声は低い。
怒りで震えている。
扇「俺たちの仲間を殺したんだ、てめぇに心配される筋合いはねぇ」
上之原「……っ」
奥の広間に出る。
そこには隊長格がいた。
第二中隊隊長「侵入者は貴様か」
扇「そうだ」
隊長「第五をやった程度で調子に乗るなよ」
扇「調子?」
その言葉で扇の目が完全に死ぬ。
扇「……そうか」
隊長「撃て!!」
兵が一斉射撃。
扇は避けきれない。
肩、腹、腕。
確実に削られる。
扇「ぐ…!」
膝が沈みかける。
だが。
扇は立つ。
扇「スサノオ」
戦鬼の神が現れる。
竜巻が巻き起こり、銃弾の軌道を逸らす。
兵士F「なに…!」
扇「遅いんだよ」
扇は突っ込む。
隊長が能力を発動する。
隊長「重力圧縮だ!」
空間が沈む。
扇の身体が床に押し付けられる。
扇「が…っ!」
骨が軋む。
隊長「潰れろ」
扇(ここで…終わるかよ…!)
扇の脳裏に、クラスメイトの死体がよぎる。
守れなかった。
間に合わなかった。
その後悔が扇を燃やす。
扇「……プロメテウス」
火が灯る。
神の炎が扇の身体を包む。
神の力で防御壁をつくる
隊長「なっ…!」
扇は立ち上がる。
扇「皆殺しだ」
隊長が後退する。
隊長「来るな!」
扇は一歩。
隊長「来るなァ!」
扇はもう一歩。
そして。
扇の拳が隊長の顔を砕いた。
隊長は吹き飛び、壁に叩きつけられる。
動かない。
残った兵士たちは震えていた。
兵士G「ば、化け物…」
扇「化け物?」
扇は血まみれで立つ。
扇「お前らが化け物なんだろ。」
阿修羅が最後の兵を潰す。
ガネーシャが扉を破壊する。
スサノオが逃げ道を塞ぐ。
炎が広間を照らす。
第二中隊は壊滅した。
扇は息を荒くする。
血が垂れる。
扇
扇は壁にもたれ、上之原を睨む。
扇「次だ」
上之原「……まだ行くのか…」
扇「当たり前だ、今夜で終わらせる、全てを、」
神々が静かに背後に立つ。
扇は歩き出した。
血を引きずりながら。
復讐のために。
建物の外にまで響く爆発音。
ボンッ――!!
第二大隊本拠地の一角が吹き飛び、夜空に火花と粉塵が舞った。
壁は崩れ、床は割れ、血と瓦礫が混ざり合う。
その中心。
死体の山の上に、回道が腰を下ろしていた。
息は整っている。
肩も上下していない。
ただ、全身が血に濡れている。
それが自分のものか、他人のものかも分からないほどに。
扇が別方向へ向かっている間に、回道はもう終わらせていた。
第一小隊。
第四大隊。
潰した。
現在回道がいる場所は第二大隊。
回道は俯いている。
顔は見えない。
静かすぎる。
生き残った者にとって、その沈黙が一番恐ろしかった。
瓦礫の向こうから、か細い声が聞こえる。
第二大隊隊長「……もう、やめてくれよ……」
声が震えている。
泣き声に近い。
隊長は膝をつき、両手を床につけていた。
隊長「俺たちは……命令されただけなんだ……」
回道は動かない。
隊長「納谷が勝手に……第五が……!」
回道の肩が、ほんの少しだけ揺れる。
それが笑いなのか、怒りなのか、隊長には分からない。
隊長「頼む……頼むから……」
隊長は顔を上げる。
そして理解した。
目の前にいるのは人間ではない。
血に濡れた少年の皮を被った、復讐心そのものだ。
回道はゆっくりと立ち上がった。
死体の山が崩れ、肉の音がした。
隊長「ひっ……!」
回道が一歩、近づく。
隊長は後ずさる。
隊長「待て!待て待て待て!」
回道は止まらない。
隊長「俺は殺してない!俺は直接手を下してないんだ!」
回道の足が止まる。
俯いたまま、低い声。
回道「……直接じゃない?」
隊長「そ、そうだ!俺は……!」
回道「じゃあ、間接ならいいのか?」
その声には温度がない。
隊長の喉が鳴る。
隊長「違う……違うんだ……!」
回道が顔を上げる。
目が赤い。
充血ではない。
憎悪で染まっている。
回道「直接とか、間接とか、関係ねぇ、てめぇらが存在してること自体がこの世界のバグなんだよ」
隊長の呼吸が止まる。
隊長「命令だったんだよ!第五も!」
回道「命令?命令なら何してもいいのか」
隊長「……っ」
回道「じゃあ俺も命令されてる」
隊長「誰に……?」
回道の声が落ちる。
回道「死んだ奴らに」
隊長の顔が歪む。
隊長「やめろ……やめてくれ……!」
回道は近づき、しゃがむ。
隊長と目線を合わせる。
回道「最後に聞く」
隊長「……っ!」
回道「誰に命令された?」
隊長は震えながら首を振る。
隊長「…………」
回道の指が隊長の額に触れる。
隊長「ひぃっ!?」
回道「嘘つくなよ?」
隊長「幹部だよ!外冠死業の……!ただ、」
回道「ただ、何だ」
隊長「ただ……生きたかっただけだ……!言うことを聞かなきゃ、死ぬんだよ!」
その叫びは、哀れだった。
回道は一瞬だけ目を細める。
だが次の瞬間、冷たく言う。
回道「生きたかったのは、皆同じだ」
隊長の涙が落ちる。
隊長「……っ……」
回道は立ち上がる。
隊長は悟る。
終わりだ、と。
隊長「……あ」
次の瞬間。
隊長の声は途切れた。
第二大隊は完全に沈黙した。
瓦礫の中に立つ回道だけが残る。
血の匂いの中で。
そして少年は、次の獲物を探すように歩き出した。
扇は血に濡れた廊下の先を見つめたまま、舌打ちした。
敵は潰している。確実に壊滅させている。
それでも終わらない。
次から次へと湧いてくる。
逃げる者、隠れる者、命乞いをする者、無線で繋がる者。
扇「……埒が明かねぇな」
一歩ずつ進むたびに、床に残る血痕が増えていく。
扇は理解していた。
自分と回道がどれだけ速く動こうと、
“点”で潰している限り、敵は“面”で逃げ回る。
なら――
扇は静かに印を結んだ。
空気が変わる。
神域の気配が廊下に満ちた。
扇「一気に潰す」
上之原が震えながら顔を上げる。
上之原「な、何する気だ……」
扇は答えない。
ただ、低い声で命じる。
扇「配置する」
その瞬間、扇の背後に気配が重なった。
戦場を割り、空間を割り、扇の神々が現れる。
阿修羅。
ガネーシャ。
プロメテウス。
スサノオ。
卑弥呼。
ラー。
ヘルメス。
オーディン。
扇の目が鋭く細まる。
前の扇ならもうこの時点で倒れていたはずだ、だが、精神力が上がった扇はその数だして制御できるまでに成っていた。
扇「第一大隊――オーディン」
王の神が静かに頷き、影のように消える。
最上位を狩るための切り札。
扇「第一中隊――ラー」
太陽が燃え上がる気配を残し、光が飛ぶ。
逃げ場を焼き払う殲滅。
扇「第二小隊――卑弥呼」
内部から破壊していく。
扇「第三中隊――スサノオ」
大剣が唸り、突撃の神が走る。
正面突破。
扇「第三小隊――ガネーシャ」
圧と制圧。
抵抗する小隊を押し潰す巨体。
扇「第四中隊――阿修羅」
殺戮神が笑う。
精鋭だろうが関係ない。
扇「第四小隊――プロメテウス」
炎が揺らめく。
建物ごと、武器ごと、存在ごと燃やす。
扇「第五小隊――ヘルメス」
羽音。
伝令神が空へ舞い、戦場を繋ぐ。
八つの神が、それぞれの方向へ散っていく。
廊下に残ったのは扇だけ。
上之原が呆然と呟く。
上之原「……お前、何を……」
扇は冷たく言い捨てた。
扇「皆殺しだ」
外冠死業の拠点が、内側から崩れていく。
扇は歩き出す。
扇「もう逃げられると思うなよ」
回道が第四中隊の区画へ足を踏み入れた瞬間だった。
空気が熱い。
血の匂いが濃い。
そして――そこにいる。
阿修羅。
壁を砕き、床を割り、逃げ惑う兵を叩き潰していた。
もはや戦闘ではない。虐殺だ。
回道は遠目にその光景を眺めながら、静かに息を吐く。
回道「……派手にやってるな」
神が暴れるたびに肉が裂け、骨が砕ける音が響く。
外冠死業の精鋭だろうが関係ない。
阿修羅の前では、ただの肉塊だった。
回道は携帯を取り出し、扇へ電話をかける。
数秒で繋がった。
回道「なんか、阿修羅がいるんやけど」
扇の声は少し疲れていたが、妙に落ち着いていた。
扇「あぁ、ごめん。説明してなかったな」
回道「……?」
扇「残りの隊に神を送ったんだ。配置して一気に潰す」
回道は目を細める。
回道「なるほどな」
扇の声には、悔しさが混じっていた。
扇「これを最初からしとけばよかったんだよ」
回道は返す言葉を探さない。
失ったものが多すぎる。
回道「もうほとんど解決済みか?」
扇「あぁ。阿修羅のとこももう終わるっぽい」
回道は阿修羅の背を見つめた。
阿修羅は最後の一人を掴み上げ、まるで玩具のように地面へ叩きつけた。
赤い飛沫が散る。
回道「……みたいだな」
終わる。
終わってしまう。
この夜の復讐は、もうすぐ完遂する。
そう思った――その瞬間だった。
電話越しに、微かな呼吸の乱れが聞こえた。
扇「……っ」
回道「どうした?」
返事が遅い。
扇の中で何かが走った。
脳髄を針で刺されたような痛み。
扇「ぐっ……!」
扇が頭を押さえる。
回道「扇?」
扇の声が低く震えた。
扇「……今」
回道の眉が僅かに動く。
沈黙。
そして――
扇が絞り出すように告げた。
扇「プロメテウスが……負けた」
回道の足が止まった。
回道「……は?」
プロメテウスは殲滅の炎。
第四小隊を焼き尽くすために放ったはずだ。
それが――負けた?
扇「そんなはずないって思うだろ」
回道の目が細く鋭くなる。
回道「誰がやった」
扇の呼吸が荒い。
扇「分からない。でも……いる」
痛みと共に伝わってくる。
神を倒せる存在が、残っている。
回道の声が低く落ちた。
回道「……扇、合流しよう」
扇「あぁ……分かった。」
回道は電話を切った。
静かに拳を握る。
扇は、その場で立ち尽くした。
耳の奥に残る回道の声。
阿修羅の咆哮。
そして――脳を刺すような痛み。
扇「……っ」
額に浮かぶ冷や汗を乱暴に拭う。
確かに隊は潰せた。
第一も、第三も、第四も。ほぼ全て、
神を配置し、外冠死業の拠点は壊滅寸前まで追い込んだ。
間違いなく、計画通りだった。
扇「……潰せたんだよ」
呟きは震えていた。
扇「全部……終わったはず」
だが。
プロメテウスが負けた。
扇の胸に、冷たいものが沈む。
扇「……何かが来た」
最初はいなかった。
回道が暴れ始めた時も。
扇が神を放った時も。
敵は、ただの隊員と隊長格だけだった。
なのに――
今、突然現れた。
扇の目が揺れる。
扇「おかしい……」
息を吸う。
扇「最初はいなかったんだ」
確信があった。
この戦場に、後から“混ざった”存在。
隊を潰したからこそ引き寄せられた何か。
扇は奥歯を噛み締める。
確実に神を落とせる存在がいる。
扇「まだ終わらねぇってことかよ……」
復讐の夜は、終幕ではなく――
新たな地獄の幕開けだった。
回道と合流するため、扇は上之原を引き連れ走っていた。
足音が響く。
扇の血の匂いがまだ残っている。
上之原「……ヘルメスが離してる今なら、俺、逃げれるけど」
扇は振り返りもせず吐き捨てる。
扇「逃げたら回道に何されるか考えてみろ」
その一言で上之原の背筋が凍った。
回道の顔。
あの無表情。
あの殺意。
上之原は理解してしまう。
逃げるという選択肢は、自由ではなく死刑宣告だ。
上之原「……っ」
口を閉ざし、走り続けた。
その時だった。
扇の頭に、鋭い針を突き立てられたような痛みが走る。
扇「――っ!」
ズキッ。
視界が揺れた。
扇はその場で膝から崩れ落ちる。
上之原「お、おい!大丈夫か!?」
扇は荒い呼吸のまま、歯を食いしばる。
扇「……負けた」
上之原「……は?」
扇の声は震えていた。
扇「プロメテウスに続き……ヘルメスも……ガネーシャも……卑弥呼も……!」
上之原「は!?!?」
上之原の顔が青ざめる。
理解できなかった。
あの神々が負ける?
ありえない。
上之原は一度、扇の能力を奪ったことがある。
だからこそ分かる。
扇の神は、ただの召喚獣じゃない。
戦場そのものを支配する切り札だ。
そんなものが、立て続けに落ちる?
上之原「……そんな容易く負けるわけが……」
扇は答えない。
答えたくない。
だが上之原の脳裏に、ひとつだけ最悪が浮かぶ。
上之原(……本部だ)
隊員でもない。
隊長格でもない。
外冠死業の“本物”。
上之原(本部の連中が出てきたって事だ)
もしそうなら――
扇でさえ削られる。
神でさえ潰される。
上之原は喉を鳴らした。
上之原(回道や扇でも太刀打ちできるか……?)
恐怖が背中を這う。
だが。
上之原の思考は、最後にひとつの結論へ辿り着く。
上之原(いや。)
上之原(回道なら……行けるかもしれない)
その希望が正しいのか、ただの錯覚なのか。
答えはすぐそこまで迫っていた。
第13話、ここまでお読みいただきありがとうございました。
今回の話で描きたかったのは、ひとつの区切りと、次の絶望の到来です。
回道と扇が第五大隊を壊滅させたことで、ひとまず「学園襲撃の元凶」は潰せた。
普通なら、ここで終わってもおかしくない。
ですが外冠死業という組織は、そんな浅い層だけで成立していません。
扇が配置した神々が次々と敗北する。
これは単なる戦力差ではなく、世界のステージが変わった合図です。
今まで彼らが戦ってきたのは“部隊”でした。
しかしここから先は“本部”、つまり外冠死業の本体。
扇の神が負ける。
それは扇自身の心が折れるということではなく、
「扇の常識が通じない敵が現れた」
という宣告です。
そして同時に、回道という存在の異常性も浮き彫りになっていきます。
仲間を失い、怒りと喪失で突き進む回道は、もはや止まれない。
止まった瞬間に、全てが無意味になるからです。
次回、物語は最終局面へ入ります。
神すら沈む敵。
本部の影。
そして回道と扇が最後に選ぶもの。
ここから先は、復讐ではなく――決着です。
次話もよろしくお願いします。




