第7話 幹部会議(4)
「くだらない、だとぉぉ~!?」
俺の言葉に、予想通り怒り心頭に達するグラキルス。
グラキルスを包む巨大な氷の鎧がさらに禍々しい形に変化し、両手を地に付けた頭の無い上半身だけの怪物の様になっていた。
「アハハッ 、ますますグラ君を怒らせちゃったね☆」
「いや、グラキルスの全力を引き出させるために、あえて挑発したのかもしれない。」
「全力を出させた上で、倒すわけか。さすが リオンだ!ガハハ!」
俺の先程の発言にポカンとしていた幹部達が勝手な解釈をするが、勿論俺にそんなつもりはない。
『…ふん、くだらん。』
これはリオンの口癖で、あらゆる場面あらゆる局面においても言うらしい。…それが、魔王軍幹部の会議中でも。
俺は、魔王軍の幹部会議で「…ふん、くだらん」ていう奴…リオンになりきって、グラキルスを説得するのだ。
「な、何がくだらないというのだ!?リオンッ!」
巨大な氷の鎧から、グラキルスが少し狼狽えた様子で問う。
「無能な低級魔族共を有効利用し、戦いに勝利するこの僕の完璧な作戦の事か!?」
「…ふん、くだらん。」
「それとも、ここにいる低脳幹部共に理解されない僕のことか!?」
「…ふん、くだらんな。」
「それとも、僕のこの大技…『コキュートスの巨人兵』のことか!?あ”ぁ”ッ?」
「…………………フン、クダラーン。」
「…なんか今、リオンさんのくだらんの言い方、変じゃなかったですか?」
和服姿の幹部ヒミカが、首をかしげる。
(いや、あのデカい氷の鎧は怖いって!)
周囲に冷気を纏う上半身と両腕だけのコキュートスの巨人兵とやらがさらに大きくなり、ついには天井にその大きな上半身がぶつかる。
「——ッ、ならば、何がくだらないか説明してもらおうか!?リオン!」
(さらに怒らせてしまったが、話を聞く気になったようだ。)
とりあえず、バトルは回避出来た。
元上司にくだらないと言われ、その言葉の真意を確かめたいのだろう。
氷の巨人兵付きではあるが、こちらの話を聞く気にさせることは出来た。いきなり攻撃されることはないだろう。 …多分。
(さて、ここから説得にかかるが…)
今までの他の幹部とのやり取りで、俺がグラキルスについて受けた印象は、プライドが高い奴だという事だ。
部下の存在を軽んじるような発言と作戦の立案、他の幹部に対して冷ややかな態度。
魔王軍随意一の頭脳を持ち、作戦参謀の任を与えられるほど優秀ゆえに、他の者を見下してしまうのだろう。
そんな奴を説得するには、真っ向からそいつの考えを否定するだけじゃだめだ。
己の間違いを気づかせる様に諭すのだ。
先程クレアに作戦の事を注意された時、グラキルスは少し動揺した様子を見せていた。
もしかしたら、自分より格上の魔族の意見は無視できないのだろう。
ならば、元上司であるリオンの言葉なら説得できるはずだ。説得に失敗すれば、あの氷の巨人兵に潰されるかもしれないが…。
(落ち着け、俺。 ここからだ)
まずは緊張しているのを悟られないよう、こっそり深呼吸をする。
(スゥ~ ハァ~ スゥ~ ハァ~ …よし。)
落ち着いたぞ。さあ、しっかりと話す相手の目を見て―—
「フーッ、 フーッ !! リィオォン、この野郎… ぶっ○すッ!」
(……………うわ~、完全に目がイッてるよ。)
殺気を含んだ目で見て来る奴を直視するのはきついが、目をそらしちゃだめだ。
リオンに言われた様に、何が起ころうと動じずに堂々と。常に構えずに自然体で構える気持ちで…。
(よし、いくぞ!)
「…グラキルス。俺はお前の考えの足りなさを、くだらないと言ったのだ。」
厳かな雰囲気を感じさせる低い声で話す。
「なにぃ!?」
「お前は魔王軍の作戦参謀であり、そして魔王軍随一の頭脳の持ち主だ。」
「ああ、そうだよ!」
「確かにお前の仕事は、魔王軍が勝つための作戦を考えることだ。しかし、お前には―」
「だから、僕はそのための作戦を考えているじゃないか!」
「こほん…しかし、お前には―」
「それなのに、あの低脳どもは言うことを聞かないんだッ!」
「いや、だから、 ちょっと話を―」
―ドコォォンンッッ
大砲の形をした氷の巨人兵の十本の指から、つんざく砲音とともに氷の杭が放たれる。
「おっと。」
「あらまあ。」
「アハッ☆」
例のごとく他の幹部達が魔法で防御したり破壊したりしている中、当然俺は何も出来ず、発射された氷の杭は、座って固まっているの俺の横を掠めた。
(…えぇ~~、話の途中で撃つかなー?普通。)
いや、既に状況が普通じゃないんだよな。
(びびるな、続けるぞ!)
俺はなんとか勇気を振り絞って話を再開する。
「しかし、お前にはもう一つ考えなければならない事がある。それは、仲間の事だ。」
「…ッ!? またそれか」
「 先程クレアが言った様に、皆はお前を信じて、お前の作戦に命を預けている。だからこそお前は、仲間を死なせてはならない。」
「勝つための必要な犠牲だと言っているだろう!駒を的確に使うのが、作戦参謀たる僕の役目だ!」
「違う。犠牲を出すことでしか結果を出せないのは、無能の考えだ!」
「む、無能だと…この僕が」
「そう…。お前は目先の結果だけに囚われ、大事な事を見落としている。部下を使い潰すお前の作戦は人的損失を生むだけでなく、さらにはこうして幹部同士の対立を引き起こし、組織内の不和が生じさせている。これでは、この魔王軍という組織はいつしか崩壊してしまう。…ふん。まさにお前は、リスクマネージメントが出来ない上司そのものだ。」
「なんだとぉ~!?ならば、どうしろと—」
「お前のやるべきことはまず、仲間を守る事だ!お前には強力な力と魔王軍一の頭脳がある。その力と頭脳を使って仲間を守ることで、本当の意味で組織を活かす。それがお前の役目であり、お前にしか出来ないことだ。」
「僕にしか、出来ない…こと」
「そうだ。つまり作戦参謀役とは、仲間の命を守りながらも個々の能力を正しく活用し、勝利に導く者。決して、仲間を見下して切り捨てるクズではない。お前は、魔王軍の皆から信頼され、命を預けられる重要な立場であるという事を自覚しろ!」
「…………ッ!」
「お前にはあったはずだ…、作戦参謀役としての信念が。それを思い出せ。」
グラキルスは、何かに気づいてハッとした様に目を見開く。
そして動きを止め、そのまま俯いてしまった。
グラキルスの周囲の冷気が消え、巨大な氷の巨人兵が徐々に溶け始める。
(やった!なんとか説得して、グラキルスの暴走を止めたぞ!)
魔王軍を会社に見立てて考えた説得がうまくいったようだ。
ついでに作戦参謀役の信念とかてきとーに言ってみたが…、どうやらグラキルスに思い当たるものがあったらしい。
「…リオンさん。」
さっきとまで違い、落ち着いた声でグラキルスが俺を呼ぶ。
「覚えていますか? 僕とリオンさんが初めてお会いした時の事を。」
「…あぁ。あれは、俺が率いる『リオン軍団』にお前が入団した時だったな。」
「…いえ、まだ魔王学院の学生だった時です。」
「…………」
はい、すみません。 当てずっぽうでした。
(ていうか魔王学院の学生って、魔王軍にも学校あるのか?)
「…学生の頃、魔王軍と人間軍の戦争の歴史について研究していた僕は、研究に行き詰まり、無理言って父の知り合いに戦場に連れていってもらいました。」
(…グラキルスの過去か。一応、聞いておくか。また、記憶に抜けがあるかもしれないし。)
「そこで僕は運悪く、勇者と出くわしてしまいました。」
(……勇者?)
リオンの記憶から検索する。
頭の中が靄がかかっているかの様で詳しい事は見えないが、確かにこの世界には存在する様だ。
(魔王もいるし、勇者がいたって不思議はないよな。)
「その場にいた魔族は全滅し、父の知り合いも倒されました。僕一人だけになり、勇者に追い詰められたその時でした…。リオンさんが助けに来てくれたのです。」
グラキルスは俯いていた顔を上げ、俺を見る。
「激しい戦いの末、リオンさんは見事に勇者を追い払いました。その時、貴方が僕に言った事を覚えていますか?」
「…ふん、さあな。」
(すみません、わかりません。)
また当てずっぽうで外すのは、まずい。
「目の前で全滅していく皆を見てるだけで何も出来なかったと嘆く僕に、『…お前は誰よりも仲間を守れるくらい強くなれ。』と、言ってくれました。僕はその言葉を胸に、魔王軍幹部になるため頑張りました。」
(…リオン、そういう事言う奴なのか。なんか意外。)
「思い出しましたよ。僕は魔族の皆を守るために魔王軍幹部…そして、作戦参謀役になったのだと。」
どうやらグラキルスは、結果ばかりを追い求め、いつしか初心を見失っていたようだ。
「先程貴方が言った様に、今の僕は誰よりも仲間の命を守る立場にいる。しかし、効率よく勝つ事ばかりを考えて結果に囚われてしまい、昔貴方に言われた事を忘れてしまっていたようです。」
物忘れとは、魔王軍随一の頭脳もまだまだですね…と、自嘲気味に笑うグラキルス。
氷の巨人兵が完全に溶けて消えると、グラキルスはそのまま会議室の扉へと向かった。
「すみませんが、僕は自室で頭を冷やしますので、会議は早退します。」
扉の前で立ち止まり、振り返らずにグラキルスは言う。
「……今日は、お騒がせしました。これからは犠牲を出さず、 皆が納得のいく作戦を考えれるように努力します。」
そう言って、そのまま扉を押し開けて退室ようとする。
「おい!グラキルスよ。」
フレイムルが呼び止める。
「次の作戦、期待しているぞ!ガハハ!」
「お願いしますね、グラキルスさん。」
「楽しみに待ってるからね~☆」
「マシな作戦が思い付かないなら、軍神と言われた私を呼びな。話くらい聞いてやるよ。」
「クケケ」
「…ふむ。頼りにしてるぞ、作戦参謀殿。」
幹部達が次々にグラキルスの背中に声をかけていく。
背を向けたまま、グラキルスは手を眼鏡のある位置まで持っていった。
眼鏡クイッをするにしては、若干その指が眼鏡の内側にあったように見えた気がした。
「……失礼します。」
そう言って、グラキルスは会議室を後にした。
『………………………………。』
騒がしかった会議室に静寂が訪れる。
「…ふむ。」
しばらくして、クレアが口を開く。
「ご苦労だったな、リオン。君の説得のお陰で、彼も良い意味で考えを改めてくれるだろう。」
「…ふん、くだらん。」
(いえいえ、どういたしまして。)
「…とは言え」
クレアが室内を見渡す。
テーブルや椅子は壊れ、天井や壁は穴だらけとなり、氷柱や氷の巨人兵が溶けた事で、室内は水浸しになっていた。
「これでは、会議はできんな。仕方ない。」
室内の惨状を見て議長は溜息をつくと、
「本日は、これにて閉会とする!」
会議終了を告げるのであった。




