第1話 新しい体よ!
「————であるから、このプロジェクトを進めるにあたり、まずは予算の見直しと他社との調整を――」
(…眠い。)
とある会社の会議室。ホワイトボードを指示棒で指しながら手元の資料を読む上司とテーブルを囲む同僚達。
(会議、早く終わってくれないかな~…)
何時間も続く会議に、時折お経の様に聞こえる よくわからない意識高い系のビジネス用語を聞きながら、俺は眠気と戦っていた。
「——なので一人一人が高いマインドでタスクに取り組み、社員一丸でプロジェクトのアジェンダをシェアしてコミットすることで、マジョリティだけでなくマイノリティにもコンセンサスを得ることをマストに――」
(…えっと、魔女だけでなく舞い…海苔…手にコンセントを升…戸?)
だめだ、何を言ってるのかわからん。
(日本語で話せ…いや、日本語のみで話せ!)
なぜ日本の会社員は、ろくに外国語が喋れるわけでもないのに日本語に外国語の単語を混ぜて話したがるのか?
(ていうか、マジで眠い…)
昨日から会社に残って徹夜しての会議資料の作成。さらに無駄に長い会議。
疲れが溜まっていた俺は、眠気がピークに達していた。
会議開始から数分でずっとウトウトしていた俺は遂に限界を迎え、
(もう、いいや。 寝よ。)
諦めてあっさり眠りに落ちた。
……………………………。
――…気づくと、
俺は、体の無いフワッとした何かになって、上空から世界を見下ろしていた。
下は、一面緑の生い茂った森が広がっている。
(なんだこれ、夢か?…え!?うわあああ!)
突然何かに引っ張られる様に、急速に俺自身が落ちる。見下ろしていた高い木々を抜け、地面に近づいていく。
(うひぃぃ、ぶつかるぅぅ!)
地面が目前まで迫る。もうだめかと思ったが、ぶつかるギリギリのところで俺は宙に浮いたまま止まった。
「…え、…え?」
助かったかと思うと、地面に描かれたものが目に入る。
円を囲む更に大きな円。二重の円の間には何かの文字の様なものが書かれ、内側の円の中には五芒星が描かれている。
(これは、漫画とかにある魔法陣ていうやつか? )
何故、森の中にこんな図が? イタズラ書きか?
(…いや、違う。)
初めて見る図のはずなのに、なぜか先程俺を上空から引っ張った強力な引力は、これによるものだと直感した。
(どういう原理か知らんが、これを描いた奴が近くにいるかもしれない。今の俺の状態もそうだが、何がどうなってるのかそいつに聞かなければ。)
図の作者を探すため、辺りを見渡していると、
「…ふん、来たか。…こっちだ。」
弱々しく、低い男の声が聞こえる。
声の方を見ると、そこには全身を怪我している男が木に寄りかかって座っていた。
「ハァ…ハァ…」
怪我は酷い様で、一つ一つの傷は深いのか、服が変色する程体のあらゆる箇所から血が流れていて、呼吸も弱々しい。
「ハァ…ぐっ…」
「おい、あんた大丈夫なのか!?」
現在俺には体は無いが、しゃべることはできるようだ。
「…ふん、くだらないことを聞くな。」
男は、吐き捨てる様に言った。
見たところかなり重症な状態だが、そうは思えないくらい鋭く、怒気が籠った迫力のある目で俺を見る。
「…ッ!!」
男の放つ圧に気圧されてしまう。
「お前は、俺が呼んだ。お前に…、やってもらわなければならないことがある…。」
ケガの痛みに堪えながらも、男は声を絞り出すように話す。
しかし、その鋭い眼光はしっかり俺を見ていた。
「今からお前は、俺になれ!」
「…え、なんだって? どういう―」
「いいから、黙って聞けッ!」
口から血と一緒に吐き出す様に男は叫んだ。
「は、はいっ!?」
「俺は見ての通り、酷い有り様だ。だが、死にはしない。今から残りの力を全て使い、体を治す。その後、力を使い果たした俺は眠りつく。」
(力?何を言ってるんだ?)
頭も打っているのかな?可哀想に。
「…俺が眠っている間、お前は俺の体に入り…俺の代わりになれ。」
(……………………ん?)
え、何だって?
「全ての力が戻り、俺が目覚めるまでお前は、この 『リオン・アウローラ』として生きろ!」
(………………………。)
いまいち何を言っているのかわからないが…。
えっと…つまり俺は今 、突然呼ばれてこの瀕死の男の替え玉になれと?
(冗談じゃない! )
どこの誰かもわからないやつの代わりになんてなれるか!
しかも、瀕死なのに森の中で魔法陣描いてるような奴だ。こいつ、 絶対まともじゃない。
それに目力とかやばいし、めっちゃ命令口調だし、圧がすごいし…こやつ、絶対堅気じゃない。
(もしかして、やばい組織の人!?)
その怪我も、どっかにカチコミに行ってできたんじゃないか?そんな危ない奴に自分の鉄砲玉の替え玉になれってか?
嫌だね!
「…申し訳ないが、頼みは聞けない。あんたの代わりはできないが、その代わりに救急車を呼んでやる。担いで病院に連れてってもいい。」
正直関わりたくないが、さすがにこのまま見過ごす事はできない。
「病院に着いたら、俺は帰える。その後は、悪いが自分で何とかしろ。」
「…帰えるだと?どうやってだ?」
「そりゃ…」
(─ッ!!)
そうだ、 そもそもここはどこだ?ていうか、俺はいつまでこの意識だけみたいな状態なんだ?
……嫌な予感がしてきた。
男は、くくくっ…と怪しく笑う。
見ると、男の体の傷が徐々に塞がっていく。血で汚れ、変色していた服も元の色に戻り、破れた部分も直っている。
「なっ、なんだそりゃ!?」
「…ふん、 教えてやる。お前は現在、今までいた世界とは別の世界にいる。 」
「は!?」
「意識だけこの世界に呼んだ。当然、体はこの世界のどこにもない。このままでは、お前は意識だけの存在で過ごすことになる。」
(はあ!?…え、マジ?)
「俺の頼みを聞くなら、元の世界に返してやる。なに、俺が力を取り戻して目を覚ます間までだ。 」
「くっ…、卑劣なっ」
「さあ、どうする? 俺は力を使い果たし、間もなく眠る。そうなったら、起きるまでお前は意識だけで知らない世界を彷徨う事になるだろう。それに、運が悪くここで寝てる俺が敵に見つかって亡きものになれば、お前は永遠に元の世界には帰れないぞ。」
「なんだとッ!? くそ~」
もう何なのこいつ~! 嫌な奴! 勝手なんだから~!
(…しかし、事実今俺には選択肢はない。)
意識だけの状態でこの知らない世界を彷徨いたくはない。ここは一先ず、協力した方が良さそうだ。
「…わかった。 お前の頼みを聞こう。」
「…よし、交渉成立だな。」
そう言うと、男の背から漆黒の翼が広がる。
「つ、翼!?」
無数の黒い羽根が空中で舞い降りる中、それまで俺が居付いていた魔法陣が光り出す。
《《紅くなった眼》》を俺に向けて、男は言う。
「魔王軍幹部 リオン・アウローラの名において、…他の者よ、我が肉体に宿ることを許す!」
(魔王軍幹部!? 羽生えてるし、こいつ人間じゃないのか!)
「来たれ!」
男がそう言うと、俺は引っ張られる様に男の方に引き寄せられる。
そして、そのまま俺は…【魔王軍幹部 リオン・アウローラ】の体の中に入っていった。




