第42話 ヒールは、最後までヒールでいる
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――静かなリング。
俺――マスクは、
観客に背を向けたまま、
オーク隊長と向かい合っていた。
派手な動きは、ない。
声も、ない。
ただ――
確実に、押している。
「……ぐっ」
隊長の呼吸が、
乱れている。
さっきまでの余裕は、
もうない。
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「……終わりだ」
俺は、
低く言った。
「……ここから先は、
力でも、
声でも、
誤魔化せない」
踏み込む。
ブレーンバスターの体勢。
「……!」
隊長の体が、
浮く。
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――その瞬間。
「……今だ」
オーク隊長の目が、
細く光った。
合図。
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リング外。
オークの一体が――
わざと転んだ。
「グァァ!!」
大袈裟な悲鳴。
地面を転がり、
結界に体を打ちつける。
「……っ?」
女神レフェリーが、
反射的に振り向いた。
「え!?
な、何が――」
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その一瞬。
オーク隊長の膝が、
急所を狙って跳ね上がる。
「……っ!!」
息が、
一気に詰まる。
完全な反則。
だが――
レフェリーは、見ていない。
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「……っ、
く……!」
膝が、
崩れる。
リングに、
片膝をつく。
視界が、
一瞬白くなる。
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「……レフェリー!」
オーク隊長が、
叫ぶ。
「今のは、
貴様の攻撃が
滑っただけだ!」
「……え?」
女神が、
慌てて戻ってくる。
「……えっと……
確認します……」
困惑。
迷い。
完全に、欺かれている。
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観客席。
誰も、
声を出さない。
だが――
全員が、見ていた。
さっきまで黙っていた目が、
一斉に、怒りを帯びる。
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「……汚い」
誰かが、
小さく呟く。
だが、
声にはならない。
約束を、守っている。
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オーク隊長が、
俺の耳元で囁く。
「……どうした?」
「観客は、
助けてくれないぞ」
「……」
俺は、
歯を食いしばる。
痛み。
悔しさ。
怒り。
全部、
来る。
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だが――
振り返らない。
観客も、
女神も、
頼らない。
今は、
俺の問題だ。
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「……なるほどな」
息を整えながら、
立ち上がる。
「……これが」
拳を、
静かに握る。
「お前の、
“最後の切り札”か」
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「……効いただろう?」
隊長が、
笑う。
「ヒールは、
勝つためなら
何でもやる」
「……知ってる」
短く答える。
「……だから」
一歩、
踏み出す。
「ここで、
終わらせる」
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女神レフェリーが、
迷いながらも言う。
「……試合は……
続行です……」
声が、
震えている。
自分が、
欺かれたことを
理解している。
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リングの中央。
反則は、
確かに通った。
だが――
決定打にはならなかった。
オーク隊長は、
知らない。
今の一撃で――
完全に、
怒らせたことを。
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マスクの奥で、
呼吸が整う。
感情は、
もう、
揺れない。
「……次で、
終わりだ」
それは、
宣言じゃない。
事実確認だ。
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ヒールは、
最後までヒールでいる。
だからこそ――
負けた時の意味が、
はっきりする。
その瞬間は、
もう――
すぐそこだ。
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