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第41話 マスクは、観客に背を向けた




 ――リングの上。


 俺――マスクは、

 ゆっくりと振り返った。


 観客席に、背を向ける。


「……?」


 村人たちが、

 一斉に戸惑う。


 何が起きたのか、

 分からない。


 ただ――

 見られなくなった。



「……何だ?」


 オーク隊長が、

 眉をひそめる。


「観客を捨てたか?」


「……違う」


 俺は、

 前だけを見る。


「……戻しただけだ」



 リングのロープ。

 足元のマット。

 正面の敵。


 世界が、

 急にシンプルになる。


「……今まで」


 静かに、

 言葉を吐く。


「……見られてることを、

 意識しすぎてた」


 声は、

 誰に向けたものでもない。



 観客席が、

 ざわつく。


「……マスク……?」

「……こっち、

 見てない……」


 不安と、

 戸惑い。


 だが――

 誰も、声を出さない。



「……ヒーローってのは」


 俺は、

 構えを低くする。


「……見られる存在だと思ってた」


「……期待に応えて、

 声をもらって」


 苦笑する。


「……楽だったからな」



 オーク隊長が、

 鼻で笑う。


「……今さら、

 悟ったか」


「……ああ」


 認める。


「……今さらだ」



 だが。


 足取りは、

 迷っていない。


 声援は、

 もうない。


 それでも、

 体は動く。



「……だから」


 一歩、

 踏み出す。


「……今は、

 観客を見ない」


 拳を、

 握る。


「……見るのは、

 お前だけだ」



 オーク隊長が、

 構え直す。


「……いいだろう」


「……正面から、

 来い」


 ヒールとしての余裕が、

 少しだけ消えた。



 女神レフェリーが、

 息を呑む。


「……観客との

 リンクが……」


 一拍。


「……完全に、

 切れた」



 リングが、

 揺れない。


 声援ブーストも、

 反動もない。


 だが――

 安定している。



「……ヒーローは、

 観られてなんぼだ」


 隊長が、

 挑発する。


「……そうかもな」


 短く答える。


「……でも」


 目を、

 細める。


「……戦う時は、

 誰にも見せなくていい」



 その瞬間。


 動きが、変わった。


 派手さはない。

 技名も、叫ばない。


 ただ――

 最短で、

 相手を倒す動き。



「……っ!」


 オーク隊長の斧を、

 かわす。


 懐に入る。


「……!」


 無言のボディブロー。


 鈍い音。


 隊長が、

 息を詰まらせる。



 観客席。


 誰かが、

 思わず声を出しかけて――

 口を押さえる。


 だが――

 目は、逸らさない。



「……どうした?」


 俺は、

 低く言う。


「……派手じゃないと、

 嫌か?」


 隊長は、

 歯を食いしばる。


「……黙れ」



 リングの中央。


 二人だけの世界。


 観られるためじゃない。

 期待に応えるためでもない。


 ただ――

 終わらせるための戦い。



 マスクの奥で、

 心が静まっていく。


 不安も、

 高揚も、

 全部、遠い。


「……これでいい」


 そう思えた。



 女神レフェリーが、

 小さく呟く。


「……これは……」


 一拍置いて。


「……ヒーローじゃなくて、

 “闘う人”ですね」



 観客に背を向けたことで、

 マスクは――


 初めて、

 自分のために

 リングに立った。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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