第39話 ヒールは、観客を狙う
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――歓声が、続いている。
「マスク!!」
「負けるな!!」
その声を背に、
俺――マスクは構えていた。
体は軽い。
動きは鋭い。
だが――
「……来る」
嫌な予感が、
背中を撫でた。
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オーク隊長が、
不意に距離を取る。
「……?」
逃げたわけじゃない。
考えている。
「……隊列、
変えたな」
リング外のオークたちが、
左右に分かれた。
武器を下ろし、
両手を広げる。
「……降参のポーズ?」
違う。
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「静かにしろ」
オーク隊長が、
低く言った。
それは――
俺に向けた言葉じゃない。
観客に向けた言葉だ。
「……?」
村人たちが、
戸惑う。
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「聞け」
隊長は、
リング中央から語りかける。
「声を出せば、
こいつは強くなる」
「だが」
口角を上げる。
「声を止めれば、
こいつは弱くなる」
ざわっ、と
空気が揺れる。
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「……嘘だ……」
「……でも……」
囁きが、
広がる。
恐怖が、
混じる。
「……マスク……」
リリアの声が、
震えた。
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「……やめろ」
俺は、
低く言った。
「……観客に、
話しかけるな」
「なぜだ?」
隊長は、
わざとらしく肩をすくめる。
「ルール違反か?」
女神レフェリーが、
慌てて確認する。
「……観客への発言は……
反則では、
ありませーん……」
声が、
弱い。
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「聞け、村人ども」
オーク隊長は、
続ける。
「貴様らは、
安全だ」
「だが」
一拍置く。
「この覆面が
負ければ――」
指を立てる。
「次は、
リングを張らせない」
空気が、
凍った。
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「……それって……」
「……結界が……」
恐怖が、
形になる。
歓声が、
揺らぎ始めた。
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「だから」
隊長は、
ゆっくり言う。
「黙っていろ」
「そうすれば、
この男は倒れる」
「……そして」
笑う。
「貴様らは、
今夜を生き延びる」
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「……っ!」
拳を、
強く握る。
最悪のヒールムーブ。
殴らない。
脅さない。
選択を押し付ける。
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「……やめて……」
誰かが、
小さく言った。
次の瞬間。
歓声が、
止まった。
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静寂。
耳鳴りが、
するほどの静けさ。
その瞬間。
「……っ!」
体が、重くなる。
声援ブーストが、
剥がれていく。
「……反動……」
息が、
乱れる。
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「……効いてるな」
オーク隊長が、
満足そうに言う。
「これが、
観客を黙らせる
ということだ」
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「……マスク!」
リリアが、
叫びかけて――
口を押さえた。
泣きそうな目で、
こちらを見る。
「……ごめん……」
その一言が、
胸に刺さる。
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「……違う」
俺は、
首を振る。
「……お前のせいじゃない」
だが――
声が、出ない。
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女神レフェリーが、
苦しそうに言う。
「……観客の沈黙は、
ルール上……」
一拍。
「問題ありません」
目を伏せる。
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オーク隊長が、
構え直す。
「さぁ、
続けよう」
「声なき試合を」
ヒールは、
やってのけた。
観客を黙らせるという、
最悪の勝ち筋。
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リングの上。
俺は、
膝をついた。
力が、
戻らない。
だが――
ここで倒れれば、
全てが終わる。
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次に立つのは、
声援のためか。
それとも――
自分のためか。
選ぶ時間は、
もう、無い
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