第37話 声は、ルールの外から生まれる
――リングの上。
俺――マスクは、
静かに息を整えていた。
オーク隊長は、
余裕の笑みを浮かべている。
ヒール殺法。
反則すれすれ。
観客を煽る動き。
全部、計算通り。
「……どうした?」
隊長が、
わざとらしく肩をすくめる。
「さっきより、
元気がないぞ」
「……十分だ」
短く答える。
だが――
内心では、
別のものを感じていた。
⸻
静かすぎる。
村人たちは、
声を出していない。
怒鳴らない。
罵らない。
応援もしない。
ただ――
息を詰めて、見ている。
「……いい観客だ」
隊長が、
低く言う。
「怯えたまま、
黙っている」
「……違うな」
俺は、
一歩踏み出す。
「……溜めてるだけだ」
⸻
次の瞬間。
隊長が、
俺のマスクを掴んだ。
「……っ!」
乱暴に、
引き寄せる。
そのまま――
リング中央で、
頭を叩きつける。
「……っ!!」
マットが、
鳴る。
「……ワン!」
女神レフェリーが、
反射的に数える。
「……ツー!」
起き上がる。
ギリギリ。
⸻
その時。
「……やめろ……」
小さな声。
誰かが、
呟いた。
最初は、
風の音かと思った。
⸻
「……それ以上、
やめて……」
今度は、
はっきり聞こえた。
子供の声。
リングの外。
結界の向こう。
リリアじゃない。
別の子だ。
⸻
「……?」
オーク隊長が、
眉をひそめる。
「……やめろ!!」
次は、
大人の声。
怒りでも、
命令でもない。
必死な声。
⸻
女神レフェリーが、
目を見開く。
「……あ」
その瞬間。
一つ、拍手。
――パン。
小さく、
震える音。
誰かが、
思わず叩いた。
⸻
次。
パン、パン。
増える。
「……負けるな……」
「……立て……」
囁きが、
声になる。
⸻
オーク隊長の表情が、
歪んだ。
「……やめさせろ」
リング外のオークに、
目配せする。
だが――
止まらない。
⸻
「……マスク!!」
誰かが、
はっきり叫んだ。
「……負けるな!!」
次の瞬間。
歓声が、
爆発した。
⸻
女神が、
笛を落としかける。
「……観客の声援……」
呆然と、
呟く。
「……これは……」
⸻
リングが、
揺れた。
ロープが、
震える。
マットが、
僅かに沈む。
「……おい」
オーク隊長が、
足元を見る。
「……何だ、
これは……」
⸻
俺は、
立ち上がる。
声が、
背中を押している。
熱でも、
魔力でもない。
感情。
⸻
「……聞こえるか」
隊長を見る。
「……これが」
拳を、
握る。
「リングの外から
来る力だ」
⸻
「……馬鹿な」
隊長が、
一歩下がる。
「観客は、
安全な場所で
見ているだけの存在だ」
「……違う」
はっきり言う。
「見てるだけで、
関わってる」
⸻
女神レフェリーが、
震える声で宣告する。
「……声援は……」
一拍置く。
「……反則では、
ありません」
⸻
その瞬間。
歓声が、
一段階、
大きくなった。
「マスク!!」
「負けるな!!」
「立てぇ!!」
⸻
オーク隊長は、
歯を食いしばる。
「……観客を
利用するとは……」
「……最初に
煽ったのは、
お前だ」
俺は、
構えを取る。
⸻
リングは、
完全に――
“試合会場”になった。
静寂で支配する空は、
もう、ここにはない。
ここにあるのは――
声と感情で成立する場所。
⸻
女神が、
笛を高く掲げる。
「試合は――
続行です!!」
ヒール殺法は、
確かに効いた。
だが同時に――
観客を、
敵に回した。
それが、
どれほど致命的か。
オーク隊長は、
まだ理解していない
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