第36話 ヒール殺法は、正義が嫌がることしかしない
――ゴング代わりの笛が鳴った。
「試合、再開でーす!」
女神レフェリーの声が、
やけに明るく響く。
「……テンション間違ってるだろ」
俺――マスクは、
構えを低くした。
正面には、
オーク隊長。
そして――
リング外を取り囲むオークたち。
全員、
ニヤついている。
「……嫌な予感しかしねぇ」
⸻
最初に動いたのは――
俺じゃない。
「グルァァァ!!」
リング外のオークが、
突然叫んだ。
子供を指差し、
威嚇するように斧を振り上げる。
「……っ!」
だが――
結界がある。
分かってる。
分かっててやってる。
「観客への威嚇行為は――」
女神が言いかける。
「問題ありません!」
オーク隊長が即座に遮る。
「攻撃していない!」
「……うっ」
女神、
一瞬言葉に詰まる。
「……た、確かに……
攻撃はしてません!」
「……くそ」
完全にルール内。
⸻
「……来い」
俺は、
隊長を睨む。
「正面からやれ」
「それは――」
隊長は、
斧を地面に置いた。
「ヒーローの考えだ」
次の瞬間。
リング外から、
砂が投げ込まれる。
「……っ!!」
視界が、
一瞬白くなる。
「反則――」
「していません!」
即座に反論。
「投げたのは
リング外!」
「……うぅ……」
女神、
苦悩の顔。
「……視界妨害、
グレーゾーン……!」
「……最悪だな」
⸻
その隙に。
オーク隊長が、
組み付いてきた。
「……!」
力が、
重い。
「……だが」
踏ん張る。
「ヘッドロック!!」
首を締める。
「……効いてる」
だが――
リング外のオークが、
ロープを引く。
「……っ!」
バランスが、
崩れる。
「ロープは
触ってません!」
「……引いてるだろ!」
「触ってない!」
「……確かに
引っ張ってるだけで
触ってはいません!」
「……理屈がクソだ!」
⸻
隊長が、
耳元で囁く。
「守る者は、
忙しいな」
「……っ!」
その瞬間。
背中に肘。
「……ぐっ!」
倒れる。
ダウン。
「……ワン!」
女神が、
慌ててカウントを始める。
「……ツー!」
すぐ起き上がる。
2.3カウントくらい。
「……ちっ」
オーク隊長が、
舌打ち。
⸻
「……見ろ」
隊長が、
観客席を見る。
「貴様が倒れるたび、
奴らは息を呑む」
「……」
「それが――
ヒールの仕事だ」
胸糞が、
悪くなる。
だが。
否定できない。
⸻
次は――
連携。
隊長が、
俺をロープへ振る。
「……!」
反動。
戻った瞬間。
リング外から、
タイミングを合わせた威嚇咆哮。
「……っ」
一瞬、
集中が切れる。
「……今だ」
ショルダータックル。
叩きつけられる。
「……くっ」
⸻
「……反則では?」
女神が、
小さく呟く。
「全て――」
隊長が、
即答。
「ルール内だ」
女神、
唇を噛む。
「……確かに……」
⸻
リングの上。
俺は、
膝をついた。
「……なるほどな」
息を吐く。
「……ヒールってのは」
立ち上がる。
「強さじゃなく、
嫌さで勝つんだな」
マスクの奥で、
目が細くなる。
⸻
「……だが」
拳を、
握る。
「俺は、
嫌なことから
逃げるために
立ってるわけじゃない」
オーク隊長が、
ニヤリと笑う。
「ほう?」
「……次は」
構え直す。
「俺が、
“嫌なこと”を
やる番だ」
女神レフェリーが、
ごくりと唾を飲む。
「……え?」
⸻
リングの外。
オークたちが、
一斉に身構える。
そして――
観客席が、
静まり返る。
誰も、
声を出していない。
だが――
感情は、
確実に動いていた。
⸻
ヒール殺法は、
成功している。
だが同時に――
観客の心を
一つにまとめてしまった。
それが、
どれほど危険なことかを
オーク隊長は、
まだ知らない。
⸻
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