第34話 リングを張るということ
――夜。
村の中央。
焚き火の火が、静かに揺れていた。
俺――マスクは、
村人たちの前に立っていた。
子供も、大人も、
全員が不安な顔でこちらを見ている。
「……オークの群れは、
必ず来る」
嘘は言わない。
「……数も、
装備も、
統率も、
今までとは違う」
空気が、
張り詰める。
⸻
「……だから」
一拍置く。
「……リングを張る」
ざわっ、と声が上がる。
「……リング?」
「……戦うのか?」
「……村の中で?」
リリアが、
俺を見る。
信じている顔だ。
それが、
少しだけ怖い。
⸻
「……誤解するな」
俺は、
はっきり言った。
「……リングを張るのは、
“派手に戦う”ためじゃない」
地面を、
指で叩く。
「……守るためだ」
⸻
次の瞬間。
「ふふん!」
「……来たか」
空気が、
きらりと歪む。
村の中央に――
女神が降臨した。
いつも通り、
ドヤ顔で。
「今回の試合、
重要なので!」
「……試合って言うな」
⸻
女神は、
くるっと回る。
「いいですか、皆さん!」
村人に向かって、
やけに丁寧に説明し始めた。
「マスクが
リングを張った瞬間――」
指を鳴らす。
「その範囲は
プロレスリングという異界空間になります!」
⸻
「リングの中では、
マスクも敵も
リングのルールに従わなければなりません」
「つまり!」
女神が、
胸を張る。
「リングに上がらない限り、
オークは攻撃できません!」
村人たちが、
息を呑む。
⸻
「じゃ、じゃあ……」
「村は……?」
「ご安心を!」
女神は、
指を天に向ける。
「周囲の人間は、
観客扱いになります!」
「観客は――」
一拍置いて。
「結界で完全保護されます!」
⸻
「……つまり」
俺が、
補足する。
「……リングを張っている間、
村人は
絶対に巻き込まれない」
ざわめきが、
希望に変わる。
だが――
「……ただし」
俺は、
続けた。
⸻
「……オークも同じだ」
「……え?」
「……リングに上がらない限り、
俺も攻撃できない」
女神が、
うんうんと頷く。
「ルールは
平等です!」
「……最悪の場合」
拳を、
握る。
「……オークの大軍が、
リングの外で
待つだけになる」
沈黙。
⸻
「……それでも」
俺は、
目を伏せる。
「……村は守れる」
「……ただし」
顔を上げる。
「……戦いは、
完全に俺一人になる」
⸻
リリアが、
一歩前に出る。
「……それでも、
やるんだね」
「……やる」
即答だった。
逃げない。
だが――
それは、覚悟だ。
⸻
「そして!」
女神が、
人差し指を立てる。
「今回――」
にっこり。
「私がレフェリーです!」
「……最悪だ」
⸻
「レフェリーの役割は、
ルールの監視!」
「反則の裁定!」
「勝敗の宣告!」
ドヤ顔。
「……ただし」
女神は、
少しだけ声を落とす。
「レフェリーを欺ければ、
反則も可能です」
「……言うな!!」
「プロレスですから!」
⸻
村人たちは、
理解できていない。
だが――
雰囲気だけは伝わっている。
これは、
賭けだ。
成功すれば、
村は無傷。
失敗すれば――
俺が、倒れる。
⸻
「……マスク」
村長が、
震える声で言う。
「……そこまでして……」
「……選んだ」
それだけだった。
マスクに、
触れる。
「……俺が、
張る」
⸻
夜風が、
強くなる。
森の奥から、
太鼓のような足音。
オークの群れが、
動き始めた。
女神が、
笛を取り出す。
「それでは!」
楽しそうに。
「メインイベントの準備を始めましょう!」
「……楽しむな」
⸻
俺は、
深く息を吸った。
リングを張る意味。
それは、
勝つためじゃない。
守るために、
一人になる選択だ。
そして――
このリングは、
逃げ場でも、
保険でもない。
覚悟そのもの。
⸻
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