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第29話 助けを求める声は、考える時間をくれない




 ――翌朝。


 宿屋の食堂は、いつもより静かだった。


 俺――マスクは、

 木の椅子に座り、冷めかけたスープを見つめていた。


「……」


 考え事をしている時ほど、

 世界は容赦なく動く。


 それを、俺は知っている。



 バンッ!!


 扉が勢いよく開いた。


「……っ!」


 食堂の視線が、一斉に向く。


 そこに立っていたのは――


「……リリア?」


 見覚えのある顔だった。


 村で出会った、

 少し気の強い、でも根は優しい少女。


 息が切れ、

 服は埃だらけ。


「……マスク!」


 迷いなく、

 こちらを見た。


「……来たのか」


 それだけで、

 胸の奥が嫌な音を立てた。



「お願い!」


 リリアは、

 その場で頭を下げた。


「村が……

 村が危ないの!」


 食堂が、

 ざわつく。


「……オーク?」


 俺が聞くと、

 リリアは強く頷いた。


「最近、

 森の奥で動きが多くて……」


「最初は、

 一匹二匹だったの」


 声が、

 震えている。


「でも、

 もう“群れ”になってる」



「……」


 俺は、

 スープから視線を上げる。


 昨日まで考えていたこと。


 ――自分が変わっていること。

 ――マスクに引っ張られている感覚。

 ――このまま進んでいいのか。


 全部、

 一瞬で吹き飛んだ。


「……何人、いる」


「分からない」


 リリアは、

 唇を噛む。


「でも、

 見張りが戻ってこない……」


 それで十分だった。



「……マスクさん」


 宿屋の女将が、

 心配そうに言う。


「また……

 行くんですか?」


「……行く」


 即答だった。


 考えるより、

 早く言葉が出た。


「……ごめんな」


 リリアを見る。


「来るの、

 怖かっただろ」


「……うん」


 それでも、

 来た。


 それが、

 答えだ。



 立ち上がる。


 椅子が、

 音を立てる。


 周囲の視線が、

 集まる。


「……また始まるぞ」


「……覆面が動く」


 そんな空気。


 だが――


 今は、

 どうでもよかった。



 外に出る。


 朝の空は、

 静かだ。


 昨日までの“空”とは違う。


「……なぁ」


 歩きながら、

 リリアに聞く。


「オークの数、

 増えてる理由に心当たりは?」


「……分からない」


 少し考えて、

 言う。


「でも……

 最近、森がうるさいの」


「……うるさい?」


「怒鳴り声とか、

 木が倒れる音とか……」


 俺は、

 無意識に拳を握った。


「……嫌な予感しかしないな」



 門を抜ける。


 街の外。


 土の匂いが、

 濃くなる。


「……マスク」


 リリアが、

 不安そうに言う。


「……また、

 無茶する?」


 足を止める。


 一瞬だけ、

 考える。


 マスクに引っ張られている自分。

 変わっていく自分。


 それでも。


「……するかもしれない」


 正直に答える。


「……でもな」


 振り返る。


「無茶は、

 一人でするもんだ」


「守る時は、

 ちゃんと守る」


 リリアは、

 少しだけ笑った。


「……それ、

 マスクらしい」


「……そうか」


 苦笑する。


「……それが、

 問題なんだがな」



 森の方角。


 風が、

 不穏に吹いていた。


 オークの群れ。


 理由は、

 まだ分からない。


 だが一つだけ、

 確かなことがある。


 ――また、選ぶ時が来た。


 マスクとして立つか。

 自分として立つか。


 あるいは――

 その両方か。


 俺は、

 歩き出した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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