第25話 空は、技を使う
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――ゴングが鳴った。
歓声は、ない。
拍手も、ない。
あるのは、
沈黙という観客だけ。
リングの中央で、
俺――マスクは構えた。
対するは、
空を支配する存在。
輪郭は曖昧で、
形は一定せず、
ただ「そこにある」としか言いようがない。
「……レスラー向きじゃない見た目だな」
軽口を叩いてみる。
返事はない。
だが――
空気が、重くなった。
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次の瞬間。
足が、動かない。
「……っ」
踏み出そうとした瞬間、
体がマットに押し付けられる。
「……重力……?」
いや、違う。
空間そのものが、
下に引っ張っている。
『――静止』
頭に直接響く声。
『――空において、
動く必要はない』
「……それを、
地上に持ち込むなよ」
歯を食いしばり、
腕を突く。
立ち上がる。
ギリギリだ。
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影が、
ゆっくりと腕のような形を取る。
そして。
音が、消えた。
「……?」
次の瞬間、
衝撃。
「……っ!!」
見えない打撃が、
横腹を抉る。
だが――
音がない。
倒れ込む。
「……無音ブレス、
ってやつか……」
息が、詰まる。
『――歓声も、
衝突音も、
不要』
『――静かな破壊こそ、
秩序』
なるほど。
“空の戦い方”だ。
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「……悪くない」
俺は、
マットに手をつく。
「……だがな」
立ち上がる。
「ここはリングだ」
ロープに走る。
「――っ!?」
踏み込んだ瞬間、
空気が弾く。
ロープ反動。
「……効くな」
この空間では、
プロレスの物理が通る。
それが――
このリングのルール。
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影が、
一瞬だけ揺らぐ。
『――理解』
空の支配者が、
“適応”を始めた。
『――ならば、
技として処理する』
次の瞬間。
リング中央に、
見えない柱が立つ。
「……マット、
抜けてるだろそれ……」
だが――
リングは耐えた。
歪むが、
壊れない。
「……いいマットだ」
感心してる場合じゃない。
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影が、
突っ込んでくる。
速い。
だが――
「……読める」
五感が、
空間の歪みを捉える。
「タックル!!」
ぶつかる。
衝撃。
空気が、
弾ける。
「……当たった」
手応えが、あった。
影が、
後退する。
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『――衝突を許可』
『――ならば、
こちらも』
次の瞬間。
リング全体が、傾く。
「……おい」
上下が、
逆転する感覚。
天地が、
回る。
「……空間投げ、
かよ……」
体が浮き、
マットに叩きつけられる。
「……っ」
1カウントは、
入らない。
まだだ。
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「……いい技だ」
息を整え、
呟く。
「……だが」
拳を、
握る。
「受けて立つのが、
プロレスだ」
立ち上がる。
観客はいない。
だが――
見届けられている。
街の沈黙が、
重く、確かに存在していた。
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影が、
再び構える。
今度は、
正面から。
『――理解した』
『――この場では、
力を示す必要がある』
空の支配者が、
“競技者”になった瞬間だった。
「……ようこそ」
俺は、
構えを低くする。
「……リングへ」
次の技で、
試合は――
大きく動く。
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