第24話 ゴングが鳴る時、空は黙る
――世界が、四角く区切られた。
雲の上。
あり得ないはずの場所に、プロレスリングが固定されている。
ロープが張られ、
マットが敷かれ、
コーナーポストが空に突き立っていた。
「…………」
街は、異様な沈黙に包まれていた。
誰もが理解できない。
だが――目を離せない。
⸻
「……なあ」
正統派勇者パーティの剣士が、低い声で言った。
「お前、あれが何か……分かってるのか?」
俺――マスクは、ロープに手をかけたまま答えなかった。
代わりに、後方から一人の男が進み出る。
街の文官。
古い記録を管理する、初老の学者だった。
「……これは、
王国ができるより前の話です」
彼の声は震えていたが、はっきりしていた。
⸻
「空は、かつて“戦場”でした」
人々の視線が、空へ集まる。
「竜が空を支配し、
飛行魔法が戦争を変え、
空賊が都市を見下ろした時代」
「……」
「空に立つ者は、
地上にいる者を
一方的に裁けた」
それは、
優位性という名の暴力。
⸻
「その歪みが、
限界に達した時」
文官は、空を指差した。
「現れる存在がいる」
「神ではありません。
魔物でもありません」
一拍置いて、言う。
「空を“静かに戻す”ための存在」
街の誰かが、息を呑んだ。
「それが――
空の支配者です」
⸻
「……守ってくれる存在、
じゃないのか?」
兵士の一人が、絞り出すように聞く。
文官は、首を振った。
「守りません」
「……え?」
「助けもしない。
壊しもしない」
ただ――
「空が、騒がしくなった原因を
排除するだけ」
その視線が、
俺に向いた。
⸻
「……原因って」
誰かが、呟く。
「空で……
歓声が上がったからだ」
文官は、静かに頷いた。
「拍手。
歓声。
見世物」
「空の支配者にとって、
それは“騒音”です」
空は、
支配の場であるべきで、
祝われる場所ではない。
⸻
その瞬間。
雲の奥から、
直接、頭に響く声。
『――理解したか』
街全体が、震えた。
『――私は秩序だ』
『――歓声は不要』
『――支配は静かであるべきだ』
誰も、声を出せなかった。
⸻
俺は、
リングの中央へ歩き出た。
マスクの奥で、
深く息を吸う。
「……なるほどな」
空を見上げる。
「お前は、
空を守ってきた」
否定はしない。
「……でも」
ロープを、軽く叩く。
「ここは――
支配する場所じゃない」
マットを踏みしめる。
「決着をつける場所だ」
⸻
沈黙。
そして――
『――覆面の者』
空の支配者が、
初めて“こちらを見る”。
『――その四角は、
何だ』
「……リングだ」
短く答える。
「逃げられない」
「誤魔化せない」
「上下もない」
拳を握る。
「対等になる場所だ」
⸻
雲が、
ゆっくりと裂ける。
巨大な影が、
リングの上空へ降りてくる。
『――理解した』
その声には、
怒りも、侮蔑もなかった。
『――ならば』
『――その秩序で、
語ろう』
影が、
リングの中へ“収まる”。
ロープが、
ぎしりと軋んだ。
⸻
「……」
街の誰かが、
喉を鳴らす。
「……始まるぞ」
誰かが、呟いた。
歓声は、ない。
拍手も、ない。
ただ、
見届ける沈黙だけがある。
⸻
その時。
カァン!!
澄んだ音が、
空に響いた。
――ゴング。
俺は、
構えた。
「……メインイベントだ」
覆面レスラー・マスク
vs
空を支配する存在
逃げ場なし。
殺し合いなし。
勝敗は――
3カウントのみ。
空が、
初めて――
黙った。
⸻
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