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第16話 覆面に、贅沢の使い道はなかった





 ――冒険者ギルドを出た後。


 俺――マスクは、しばらく町を歩いていた。


「……とりあえず」


 手の中の、小さな革袋を見る。


 盗賊引き渡しの報奨金。

 量は多くないが、しばらく食って寝る分には困らない。


「……生きられるな」


 それだけで、十分だった。


 腹も減っている。

 今日はもう、無理をする日じゃない。



 宿屋は、街道沿いの中規模な建物だった。


 看板には――

 《旅人の止まり木亭》。


「……普通で助かる」


 中に入ると、

 木の香りと、煮込みの匂い。


 だが。


「………………」


 宿屋の主人が、

 俺を見て、完全に動きを止めた。


「……えっと」


 俺は、慣れた調子で言う。


「……泊まりたい」


「……」


 主人は、

 俺の顔――マスクを見る。


 次に、

 腰のパイプイスを見る。


 最後に、

 後ろを確認する。


「……盗賊、連れてませんよね?」


「……今日は、連れてない」


 数秒の沈黙。


「……」


 主人は、深く息を吐いた。


「……一泊、前払いだ」


「……当然だ」


 革袋から、

 素直に金を出す。


「……部屋は、端だ」


「……構わない」


「……騒ぎは起こすなよ」


「……起こさない」


 ※起きないとは言っていない。



 部屋は、

 簡素だが清潔だった。


 ベッド。

 机。

 小さな窓。


「……ホテルだな」


 思わず、口に出た。


 ベッドに腰掛けると、

 身体が沈む。


「……悪くない」


 覆面のまま、だが。



 夕食は、

 宿屋の食堂で出された。


 パン。

 スープ。

 肉の煮込み。


「……うまい」


 村で食った飯もうまかったが、

 これは別のうまさだ。


 周囲の客は、

 チラチラ俺を見る。


「……覆面だ」

「……あれ、噂の……」


 慣れた。

 慣れたが――


「……目立つな」


 当たり前だ。



 食後。


 部屋に戻り、

 ベッドに横になる。


「……さて」


 天井を見ながら、

 考える。


「……金は、ある」


 問題は――

 使い道だ。


「……酒」


 ……飲める。

 が、強くない。


「……装備」


 剣、槍、鎧。


「……全部、持てない」


 触った瞬間、

 落とす未来しか見えない。


「……娼館」


 一瞬、

 頭に浮かぶ。


 次の瞬間、

 マスクを触る。


「……無理だな」


 覆面。

 外れない。

 目立つ。


「……出禁になる未来しか見えない」


 想像して、

 やめた。



「……結局」


 指を折って数える。


「食う」

「寝る」


 終わり。


「……」


 しばらく、

 無言。


 そして。


「……あれ?」


 胸の奥が、

 じわっとする。


「……俺」


 声が、

 少し震えた。


「……金、あっても……

 やること、ないのか……」


 贅沢。

 娯楽。

 逃げ場。


 全部、

 マスクの外側にある。


「……」


 ベッドに、

 顔を埋める。


 マスクは、

 自動洗浄で綺麗なままだ。


「……ちくしょう」


 小さく、

 呟いた。


「……ちょっと、

 泣いていいか……」


 誰も、

 見ていない。


 覆面の中で、

 静かに、

 目を閉じた。


 ――ほんの少しだけ。



 その夜。


 宿屋の廊下を歩く足音。

 遠くの笑い声。


 町は、賑やかだ。


 だが、

 俺の世界は、

 この部屋だけ。


「……まぁ」


 布団を引き上げ、

 呟く。


「……生きてるだけ、

 マシか」


 マスクの目元が、

 わずかに――

 寂しそうに光った。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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