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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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私の名前はアイビー 2

 一年前、フィリップとアイビーが出会ったのは偶然だった。もちろん会った事はある。それはアイビーが生まれた時にフィリップが無理やり侯爵家を訪ねて来たからだ。本来なら国王がいち貴族の子が生まれたからと自らの足で赴き祝うなどあってはならない。しかしこの国王に常識というものは通じず、“居ても立っても居られないから来た”、と言い放ったのだ。

 しかしそれからベルトラン家の子供達と国王の日常が交差する事はなかった。しかしある時、アイビーに運命の日が訪れた。

 母親と城の図書館にフェリックスを迎えに行った日の事だった。待っている間、母親と王城の中庭で美しく咲いた花々を鑑賞していた時、覗き込んだ花壇の間に寝転ぶようにしてフェリックスが眠っていたのだった。楕円形の花壇の中心に花は植えられていない。それでもアイビーから見たら花の上に眠る王子様に見えたらしく、丁度その時期に読んでいた童話のように、眠っていたお姫様ならぬ王子様に口づけをした。それはもうぶつかるような、落ちるようなゴツンと音がした激しいものだった。フィリップは驚きと痛みで飛び起き、アイビーは自分の口づけで王子が目覚めたと思い込み恋に落ちてしまった。


「全く、非常識にもあんな場所で昼寝などなさらなければ、今頃アイビーは陛下の毒牙にかからずに済んだというのに」

「あそこがあの時は誰にも見つからない場所だったんだよ。花壇と一体化する事で私はただの花になっていたんだ」

「全くまた訳の分からない事を。どうせどこかのご婦人かご令嬢からでも逃げていたんでしょう。しかしこれからは子供の世迷い言などと言っている場合ではなくなるかもしれません。アイビーが成長すればいずれ快く思わない家門も出てくるはずですから、そろそろ陛下からも距離を置いて頂きたいのです」

「私は子供がいないからアイビーが可愛くて仕方ないんだよね。それにそう心配しなくても同年代の子供達と交流が始まったらきっと私の事など忘れてしまうよ」


 そういってヘラっと笑う軽そうながらも色気のある美しい姿は、国王になっても健在だった。


「諦めればいいですがね。そもそも、自分と同じ年頃の男に娘を嫁に出すなんて絶対に嫌なんですよ」

「……アル君、そっちの方が本音だろう」


 呆れたようにフィリップが言うと、扉を叩く音がする。フェリックスが催促しているのだろう。部下を護衛に置いてはいたが、遊び相手にはならなかったらしい。


「それでは失礼致します。只今申し上げた事、くれぐれも宜しくお願い致します」


 アルベルトが扉を開けた瞬間、アイビーがすかさず部屋の中を覗いてくる。そして小さな手をヒラヒラと振った。


「ははッ、本当に可愛いなぁ」





 王城の門に停めていた馬車に向かおうとした時、見慣れた馬車がもう一台停まっている。開いた扉から出てきた姿に、三人は走り出していた。


「どうしたんだ!? エルザ何があった」


 身重のカトリーヌは出産間近のお腹を抱え、エルザに支えられながら馬車を降りてきた。


「これくらいの距離なら馬車に乗っても平気よ。動かないとむしろ辛いんですもの」

「お嬢様ももうお三人目なのですからご心配には及びませんよ」


 カトリーヌはお腹を避けるようにして抱き締めてきたアルベルトの腕の中から、両手で子供達の頭を撫でた。


「少し遠回りをして帰りましょうか」


 フェリックスとアイビーが嬉しそうに馬車に乗り込んでいく。しかしカトリーヌはふといつもと様子の違うアルベルトに足を止めた。


「何かありました?」


 隠し事が出来る訳もなく、アルベルトは子供達に聞こえないように距離を取ってから今日城であった事を話した。


「窓から落ちる事は考えなかったんでしょうね。アイビーらしいです」

「陛下は窓を全て安全な物に変更するおつもりだろうからご迷惑をお掛けしてしまった」

「陛下もアイビーには特にお優しいですもの」

「だがアイビーが傷つく前にちゃんと諦めさせないと。天地がひっくり返ったとしても陛下とは結婚出来ないのだと」

「アイビーがもしあと十年くらい諦めなかったら、本当に陛下と結婚すると言い出しかねないわね。でもその頃にはさすがに陛下にもご家族が出来ているでしょうから困りました」

「……陛下と結婚出来ないの?」


 とっさに後ろを振り返ると、少し離れた所でアイビーが立っていた。いつの間にか馬車を降りていたらしく、フェリックスが窓から何事かと覗いていた。


「いつからそこにいたんだ。というか今の話を聞いていたのか?」


 泣くのを我慢しているのかプルプルと震えている。そしてそのまま走り出してしまった。


「アイビー待ちなさい! 走るんじゃない! 君はここにいてくれ、絶対に走るんじゃないぞ!」


 走って来る子供の姿に何事かと使用人達が驚いている間に、アイビーが駆け抜けていく。アルベルトはぶつからないように避けたせいでアイビーを掴み損ねてしまった。


「っと、どうしたんだい。とっくに帰ったのかと思っていたよ」


 アイビーがぶつかったのは他でもないフィリップだった。堪えていた感情が堰を切ったように溢れ出したアイビーは、大きな声を上げてフィリップに抱き付いて泣いた。


「陛下が女性を泣かせているわ。あんなに小さなお子様まで……」


 ヒソヒソとよくない声が周囲から上がり出す。さすがに苦笑いを浮かべながらフィリップはアイビーを抱き上げた。


「アイビーこちらへ来なさい!」

「いや! 結婚するまで離れないから!」

「我儘言うんじゃない! お前がしている事は王族への不敬罪だぞ! お父様達が罰せられてもいいのか!」


 その瞬間、フィリップの腕の中でアイビーの体がびくりと強張った。難しい話でも、“父親”と“罰”は理解したらしい。小さな手をフィリップの肩から外そうとした。


「こんな事でお前のお父様を罰したりはしないよ。お父様の方が昔は不敬罪どころかむしろ謀反に取れるような事をしたんだからね。忘れたとは言わせないよ、私が眠っている時に真横に剣を突き立てた事があるよねぇ」

「あれは戦時中だというのに陛下があまりに働かなかったからでして……」

「そんな訳で少しお嬢さんを借りるよ」


 そう言うと、フィリップはスタスタと歩き出してしまった。


「借りる? お待ち下さい! 陛下!」



 フィリップはここに来るまでの間に、泣きながら話すアイビーを宥めながら歩いていた。幾人もとすれ違いながら辿り着いたのは、王城の敷地内にある離れの塔だった。

 見張りの兵士はフィリップを見止めたがその場を動こうとはしない。この塔には、近づける者も運び込む物も全てが決まっている。フィリップは少し離れたその場所からじっと塔を見上げた。


「ここには兄が住んでいるんだよ」

「陛下のお兄様! 私も会いたいです」

「そうだね、私も会いたいよ。でもそう簡単には会えないんだ。兄は昔悪い事をしてしまったから罰としてここから出られないんだよ」

「悪い事?」

「そうなんだ。とても一人では償いきれない程のね。アイビー、私は誰とも結婚はしないよ」


 同じ目線で真正面からそう告げると、思いのほかアイビーの目から涙が溢れてこなかった。


「どうしてですか? 私がお嫌いですか?」

「アイビーの事は大好きだよ。だからこそ、私は大好きな人とは一緒にはいられないんだ。それが私の罪滅ぼしだからね。まだ少し難しいかな」


 困ったように微笑むと、アイビーは小さな両手でフィリップの頬を掴んだ。


「分からないけど分かりました。私もっと勉強します。そして陛下に一杯好きって言います」

「……諦めないって事か。でもね、私は結婚するつもりも子供を設ける気もないんだ。だからアイビーを幸せには出来ない」

「大丈夫です。私が幸せにします」

「いやいや、全然噛み合わないな」

「でも誰とも結婚しないって事は私が大人になってもしてないって事ですよね。それじゃあ私が大人になった時に結婚して下さいね」


 そう満面の笑みで言われれば笑い返すしかない。すると後ろから盛大な溜息が返ってきた。


「何子供に言い包められているですか。なんの為にこんな場所まで連れて来たんです?」

「アイビーは賢いから分かってくれるかなって思ったんだよね。でもまあ、意志の固さは君譲りみたいだからしょうがないか」


 大股で近づいてきたアルベルトは無遠慮にフィリップの腕の中からアイビーをもぎ取った。


「お母様が心配しているからもう帰るぞ。お母様は大事な時期なんだからあまり心配を掛けないように」

「ごめんなさい。お母様大丈夫?」


 しゅんとしたまま連れて行かれるアイビーを見兼ねたフィリップは、フリフリと手を振った。その瞬間、辺り一帯に響く声でアイビーが叫んだ。


「愛しているわーー! 大人になるまで待っていてねぇ!」


 塔の見張りをしていた兵士はぎょとした表情でフィリップを見た。いくら女性との噂が絶えないとはいえ、あんな幼女にまで手を出していたのかと暫く疑惑の目で見られるのだった。


 それから十三年後、アイビーが恋愛結婚の末に嫁ぐのはまた別の話。

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