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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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第10話 男達の戦い

「回り込め! 国境まで押し返せ!」


 激しい足音とぶつかる金属音。地面に横たわるのは仲間と敵の死体。アルベルトは血の付いた剣を払いながら額から流れる汗に目を細めた。ヌチャヌチャと歩く度に足が取られるのは昨晩の雨のせいなのか、それとも流れた血のせいなのか。重くなる足取りで逃げ出す敵兵の後を追っていく。

 ベルガーの町を占領していたグロースアーマイゼ国から町を奪還したのは、王都を出て三ヶ月が過ぎた頃だった。今アルベルト達は逃げ遅れた残党を追い立てていた。

 無人になった家の中を隅々まで調べ、納屋や地下への入口も探していく。そして遠くで仲間の誰かが敵兵を見つけたという合図の白煙灯が上がった。


「殺すな! 生きて捕らえろ!」


 馬を走らせ、素早く前に躍り出たアルベルトは剣を振り下ろした。切っ先は敵兵の肩先を僅かに掠めて止まった。


「この者達を連れて行け! 捕虜として話を聞く!」


 肩を押さえて怯んだ敵兵が引っ立てられていくのを横目に、アルベルトは野営地へと一足先に駆け戻った。



 一気に開けた天幕の中でフィリップは昼寝をしていた。わざと大きな音を立てて枕元まで行くが、それでも起きる気配はない。


「起きて下さい! フィリップ殿下!」

「……ん、……起きる起きるから……」


 しかしすぐにまた寝息が聞こえてくる。アルベルトは剣を抜くと、フィリップめがけて振り下ろした。剣はフィリップのすぐ横に突き刺さり、さすがのフィリップも目を見開きアルベルトを見上げた。


「アル君それ謀反だからッ。捕まるから!」


 それでもしれっとして刺さった剣を抜くアルベルトを恨めしそうに見ながら、フィリップは大欠伸をした。


「あなたがこうして惰眠を貪っている間にも部下達が戦い傷付いているのですよ!」

「そりゃそうでしょうよ。だって戦争だもの。それで成果は?」


 淡々とした口調にアルベルトは拳を握り締めた。


「敵兵を捕らえました。これから尋問をしてきます。一緒にいらしゃいますか?」

「行こうかな。聞きたい事もあるし。でも敵兵を捕らえるのに結構時間が掛かったね。君ならもっと早く捕らえると思っていたけれど」

「申し訳ありません」

「言い訳はなしって訳ね。結構結構。それじゃあ行こうか」


 アルベルトは息を吐きながら後に続いた。 


 捕らえる事が出来たのは二人。近くで見て驚いたが二人ともまだ若かった。十六、七歳くらいの男達で、肩を斬られた男はすでに止血の治療を受けて包帯を巻いていた。

 フィリップはテントの中で座っている捕虜達の前に椅子を持っていくと、長い足を優雅に組んだ。そして捕らえられた捕虜をしばらく見つめた後、“子供だね“と呟いた。


「私は第二王子のフィリップだ。お前達の名はなんと言うんだ?」


 しかし男達はせめてもの抵抗なのか、唇をぐっと噛んだままじっとフィリップを見つめていた。


「口がきけないのなら文字は書けるかい?」


 やはり返事はない。するとフィリップはスクっと椅子から立ち上がった。


「よし分かった! 口もきけない字も書けないならその舌も指も不要だろう。切り落としてお国に返そう」


 元気よくそう言うと、肩を怪我していない方の男が早口で言った。


「俺はオヴァル! こいつはクロードだ」


 隣りでクロードが驚いたようにオヴァルを見ていたが、フィリップは再び椅子へと戻り、二人が会話をする事は許されなかった。

 

「オヴァル、クロード、お前達の命はまさに風前の灯火だ。そこで質問なんだが、君達はなぜ我が国に戦争を仕掛けたのか? 目的はなんだ?」


 男達はビクリと身体を跳ねさせると、フィリップを睨み付けた。


「ほう、薄青い瞳ね。二人は生まれもグロースアーマイゼ国なのか? おやおや、やっぱり舌はいらないようだね」


 その問いにも返事はない。しばらく二人を見下ろしたフィリップは下を向くと小さく溜息を吐いて言った。


「舌を切って向こうに送り帰して」


 ぎょっとしたのは敵兵の男達だけではない。アルベルトにはせっかく苦労して殺さずに捕らえた者達を拷問した上に帰すなど考えられない。しかも情報を引き出す目的でなく、ただ傷つけるだけの拷問。涼しい顔と声色で平然と言ったフィリップに声を上げずにはいられなかった。


「お待ち下さい殿下!」


「何? まさか可哀想なんて言わないよね? お前達はここへ何しに来たの? 同情していたら命なんて幾つ合っても足りないよ。こいつらは我らの領土を踏み荒らし家を壊して民を殺した。若くても武器を持って攻め込んだ以上、覚悟あっての事だろう」

「ですがまだ何も聞き出していません! 何故今回グロースアーマイゼ国が戦争を仕掛けて来たのか吐かせなくては!」

「この者達はまだ若く訓練もほとんどされていない。死体を見ただろう? 他の者達も同様だ。大方、金か食い物で釣られたのかもしれないね。お前達、金が貰えると言われて人を殺してきたんだろう? そうだ、目玉もくり抜いておけ。野営地内部の場所も覚えられてしまったからね」

「殿下!」

「……アル君の言い分も分かるよ。虫もジッと見てしまうと情が湧いて殺せなくなるものだ」


 フィリップとアルベルトのやり取りを見ていた男達は、自分達の処遇が決まっていく様子に震えを増していた。


「悲鳴は聞きたくないから、うるさくしないよう手早くね」


 フィリップがにこりと笑いながら天幕を出ていこうとした時だった。


「待って! ……話すから、待ってくれ」

「誰に口を利いているのかな?」


 すると身体をびくりと跳ねさせたオヴァルは青白い唇を震わせながら答えた。肩を斬られているクロードの方はもう意識を失ってしまいそうだった。


「……ここは本命じゃない、です。ここからもっと西を、西を目指して軍が動いています」

「それ以上は言うな。どうせ殺されるんだぞ!」

「お、俺は嫌だ、舌を切られるのも目玉をくり抜かれるのも!」


 フィリップは男達の前にしゃがみ込んだ。


「西のどこを目指しているんだい?」

「西のモンフォールという場所です」

「モンフォール領へ? 何の為に!」


 アルベルトは思わず声に出したが、男達は顔を見合わせると互いに首を振った。


「知らない。ただモンフォール領が目的地だと言われただけで。俺達はただの時間稼ぎだと……」


 するとフィリップは立ち上がった。


「それは本当の事のようだね。良かったよ、話してくれて。これで苦しまずに殺してあげられる」


 男達がはっとして顔を上げた瞬間だった。フィリップは振り返りざまに近くにいた騎士の腰から剣を抜くと、男達二人に向けて振るった。


――ガキンッ。


「どういうつもり? アルベルト」


 アルベルトが引き抜いた刀身は、辛うじて男達の首とフィリップの剣との間に捩じ込むように入っていた。


「殺す理由が分かりません。この者達はすでに戦意を喪失していますし、こちらの質問にも答えています」

「それをどうするつもり? まさか逃がすんじゃないよね?」

「連れて行きます」

「……いつか寝首を掻かれるよ」


 フィリップは剣を騎士に突っ返すと天幕から出て行ってしまった。


「殿下! フィリップ殿下お待ち下さい! 俺はまだ納得していません!」


 アルベルトは怒りが収まらないままフィリップの後を追った。先程の俊敏さは嘘のようにゆったりと歩くその背中に声を投げつけると、面倒くさそうに振り返った。


「クラウスは君を買い被っているんじゃないかな。本当に騎士団の副隊長なの? ここは戦場だよ、今日見逃した相手に明日背中を刺されるかもしれない。生かしておく理由がないじゃないか。まあもうそうなっても君の骨は僕が拾ってあげるよ、アル君」


 そういってヒラヒラと手を振りながら天幕へと戻っていく。アルベルトは剣を抜くと地面を斬った。





 怒りを収めてから離れた天幕に入っていくと、フィリップはすでに机に地図を広げ、なにやら考え込んでいるようだった。黙っていれば王族の風格漂うその容姿に内心溜め息を吐きながら、机に近づいて行く。その側にはベルガー辺境伯も一緒だった。

 細身の長身であるベルガーはとても辺境伯の任に就いているようには見えない容姿だったが、私兵のみでグロースアーマイゼ国の侵攻を食い止めていた所を見る限り出来る男なのだと思えた。短い髪に詰め襟のシャツ、細身の革のパンツがよく似合っている。額から眉にかけてある古い傷が、この華奢な男が辺境伯なのだと唯一思わせる戦闘の痕だった。


「アル君の奥さんは確かモンフォール家のご令嬢だったよね。何かモンフォール領について聞いた事はないかな」

「特には。何かお気づきになられたのですか?」


 共に地図を覗き込むとそこにはジュブワ王国の詳細が記載されている。よく目にする物よりもより細かく色分けされ、点や線が入っていた。その中で一際大きな領地に目をやった。


――モンフォール領。


 緑色で縁取られた広い領地。モンフォール家の領地は色分けされた地図上で見ると、他領に比べてその広さがよく分かる。しかし昨年の災害ではその広大さが仇になった。その広さ・人口の多さゆえ、災害で被った被害を取り戻すのは安易ではなく、領民全ての食料を確保するのはモンフォール家だけでは不可能だった。王命によって国庫が開かれ、その担保として本来価値のなくなってしまった広大な領地を差し出したも同然の処置に、他の貴族からはモンフォール家は早々に領地と領民を切り捨てたと酷い噂が王都に流れていた。

 フィリップはトントンッと指で緑で縁取られた領地を指差した。


「モンフォール家の土地にはね、昔から様々な噂が流れているんだよ。地下に財宝が眠っているとかどこかに鉱脈があるとか、それこそ作物がよく育つ土は神からの賜り物だとかね。まあ知らなくても、元々王家にしか知られていない情報もあるしね」

「しかしそれがグロースアーマイゼ国が攻め入る理由になるでしょうか。それこそ戦争になれば大地そのものが駄目になってしまいます。そもそも大洪水でかなり大きな損害を受けているのですから、攻め入ってまで手に入れるような重要な土地ではないように思いますが」


 フィリップはしばらく考えてから小さく唸った。


「……これはもしかしたら緊急事態かもしれないな。これからモンフォール領に向けて進軍する。陛下には早馬を出してくれ」

「フィリップ様、一体何がお分かりになったのですか」

「大洪水だよ。あの災害で地表の大部分が流され削り取られたはずだよね。災害の事はグロースアーマイゼ国の耳にも入っているだろうから、もし噂が本当ならモンフォール領の下には……」

「フィリップ様?」


 アルベルトは不安を乗せて口を開いた。しかしフィリップは硬く口を閉ざすと地図を巻き取ってしまった。


「ベルガー辺境伯、ここからモンフォール領まではどのくらいだろうか」

「ここからですと、三日程で領地には入れます。しかしあそこは広い土地なので、中心部には更に一日要するでしょう」

「それなら先に偵察部隊を出そうか。引き続きベルガー辺境伯にはこのままこの地を守って欲しい。奴らが戻って来ないとも限らないからね」

「かしこましました。ベルガーの兵も少し連れて行かれますか?」

「ここにいた者達が囮だったなら先に向かった者達の数はそう多くはないだろう。王都からの援軍を待って兵を送ってくれればいいよ」

「承知致しました。ぐれぐれもお気を付け下さい」

「アル君は新婚だったよね。奥さんに手紙でも書いておく? 家にはもう暫く戻れなくなるかもしれないよ」


 冗談めいた口振りにアルベルトは眉根を寄せた。


「知らせるような事は互いにありません」

「そうなんだ? それならいいんだけど。アル君を連れ回していると奥さんに恨まれたくないしね」

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