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作者: 通りすがり

隆一は10年前に父親を病気で亡くし、今は自宅である一軒家で母親と二人で住んでいる。

だが母親は健康診断で癌が見つかり、今はその治療で入院をしているため、家には隆一だけしかいなかった。

ある日、仕事を終えた隆一は最寄りの駅から自宅へと向かって歩いていた。時刻は19時を少しだけ過ぎたあたりで、周囲は夜の帳が下りつつあった。

自宅は片側一車線のそれほど広くはない道路沿いにあった。その道は大通りへの抜け道となるため交通量も多く、自宅前の歩道と車道の間には鉄製の白いガードレールが設置されていた。

自宅が近づいてきたときに、自宅前のガードレールに、何かがぶら下がっているのことに気がついた。

その日の朝に家を出た時にはそのようなものはなかったはずだ。

近づいて見てみるとそれは手提げの袋のようだった。

濃い緑色をしたビニール製で、エコバッグなどによくありそうな感じの袋だ。

袋は手提げのところがガードレールの端の出っ張りに掛かっていた。

最初はなぜこんなものがここにと思ったが、もしかしたら道に落ちていたこの袋を親切な人が拾ってここに掛けておいたのかもしれない。

ならばそのままにしておくほうが良いだろうと隆一は考え、自宅の中へと入った。


その夜、寝ていた隆一は夜中に急に目が覚めた。寝る前に水を飲み過ぎたかもしれない。尿意を我慢できずに起き上がりトイレへと向かった。

トイレを終えて部屋に戻ろうとしたとき、どこからか猫が鳴いているような声が聞こえてくることに気づいた。

聞こえるといっても微かにという程度だったが、妙に気になる鳴き声だった。



翌朝、隆一は仕事に行くために家を出た。

家の前のガードレールにはまだ袋がかかっている。

昨夜は暗くてよくわからなかったが、袋はかなり汚れていボロボロの状態だった。

袋の表面には凹凸ができていて、中には何か固いものが入っているように思える。

袋の中身が気になったが、急がないといつも乗っている電車に乗り遅れてしまう。

隆一は横目で袋を見ながらも通り過ぎると足早に駅に向かって歩いて行った。


その日は仕事の帰りに母親が入院している病院に寄ったため、自宅に着いたのは21時を過ぎていた。

家が近づくにつれ、ガードレールにかかった袋のことが思い出される。

まだ袋があったなら袋の中身を見てみようかと思う。

自宅に着くとガードレールにはまだ袋がぶら下がっていた。

今日一日ずっと袋の中身が気になって仕方がなかったが、いざ目の前にすると中を見ることを躊躇ってしまう。

自分でもなぜと思うが、どうしても中を見ることができない。

何か......あえて言えば禍々しい何か、それが自身の中で見てはいけないとブレーキをかける、そんな感じだった。

隆一はしばらく悩んでいたが、とりあえず今はやめておこうと考え、そして家の中へと入った。


その日の夜中も隆一はまた目が覚めてしまう。

ただ昨夜とは異なり、はじめは意識が明瞭とせずに夢か現実かはっきりしなかった。深い眠りから唐突に起こされたような感じだった。

だんだんと意識がはっきりしてくると、強いのどの渇きを覚えた。布団から起きだして水を飲みに台所へと向かった。

冷蔵庫からペットボトルを取り出して水をコップに注いでいると、昨日と同じようにどこからか猫の鳴き声のような音が聞こえてきた。

昨日は微かに聞こえる程度だったが、今日ははっきりと聞こえてくる。

よく聞くと、それは猫の鳴き声というよりは人間の泣き声に近い感じがした。

こんな夜中にどこから泣き声が聞こえてくるのだろうと、台所の窓を開けてみる。

外気の湿気を帯びたムッとした空気がいっきに隆一の体を包み、不快感に顔を歪める。

どうやら、その泣き声が家の玄関の方向から聞こえてくるみたいだった。

その瞬間、隆一はガードレールにかかった袋のことが思い出した。

この泣き声のようなものと袋に関連があるとは思えないが、どうしても気になる。

だが、こんな時間にわざわざ外に見に行く気にはなれなかった。何より本能が外に出ることを拒絶していた。

隆一はその泣き声のことが気になりつつも寝室に戻り布団の中へと潜り込んだ。



カーテンの隙間から朝の光が部屋の中に洩れ広がる。

隆一は上半身を起こし、布団の上で深くため息をついた。

今は泣き声のようなものは聞こえない。ただ、あれからずっと微かに聞こえる泣き声のような音が気になって、まったく眠れなかった。

隆一は寝起きとは思えないほどの疲労感を抱えながら、仕事に向かう準備をするといつもより早く家を出た。

そして家の前のガードレールにぶら下がっている袋の前に立つ。

夜中の泣き声の原因がこの袋にあるかどうかはわからないが、この中身を確認しないわけにはいかなかった。

隆一は意を決し、袋に手をかけて中を覗いた。

中に何かが入っているのは見えたが、最初はそれがなんだかわからなかった。

隆一はガードレールから袋を外して持ちあげると、袋の口を両手で広げて中身を見た。

袋の中には金髪の髪をした女の子の人形が一体だけ入っていた。子供が洋服を変えて遊ぶ、所謂着せ替え人形というものだ。

隆一はもっと禍々しいなにかを想像していただけに、少し拍子抜けするとともにホッとした。

どこかの子供が落としたものなのだろう。

袋の中から人形を取り出してみた。それまで金髪の毛に隠れて見えなかった人形の顔が見えた。

「うぉっ」

隆一は驚きの声をあげ、その人形を地面に放り出していた。

顔がない......いや、顔があるはずの箇所がぐちゃぐちゃに潰れていた。

これはいったいどういうことなのだろうか。

ただ自分が感じていた禍々しさの正体がこれだということだけははっきりと認識できた。

隆一はなるべく人形に触れないように指先で摘まむように人形を持ち上げると元あったように袋の中に戻した。

そして袋を持ったまま駅に向かって歩き出した。

駅前の商店街へと来ると、近くに見える金網で囲われたごみの集積所に向かってその袋を放り投げた。そして何事もなかったかのようにその場を立ち去って行った。



仕事を終えて自宅へ帰る際中に、あの袋を捨てたごみの集積所の前を通ったがそちらを見る勇気はなかった。

もしここに無かったら......、そして家の前のガードレールにまた袋がぶら下がっていたら......。

不安だけが頭を占めて、そんなことばかりを考えながら歩いていたが、気づくともう家のそばまで来ていた。

恐る恐るといった様子で家に近づいていく。

あのガードレールが見えてきた。袋が掛かっていたところに今は何もない。

「よかった...」

隆一は心底安堵した。もうこれで泣き声を聞くこともないはずだ。現にその日は夜中に目が覚めることもなく朝まで熟睡することができた。

袋を捨てたことによって、あの禍々しいものから解放されたのだと確信し安心することができた。

家を出て駅に向かって歩き出そうとすると、隣の家に住む老婦人に声をかけられた。

「おはようございます」

挨拶をすませると、老婦人は母の容態について訊いてきた。母とは年齢も近く普段から良好な近所の付き合いがあっただけに気にしてくれているのだろう。

手術も上手くいって近々退院の予定だと伝えると、良かったと喜んでくれている。

隆一はお礼を伝え仕事に向かおうと歩き出したが、すると老婦人が「そういえば」と何か言いかけた。

隆一は立ち止まり老婦人を見る。

「この前、夜中に変な音がすると思って窓から外を覗いたら、お宅の家の前に女性が立っていたのよ。」

「えっ、女性.....」

「そう。何をしているのかはよくわからなかったんだけど、金髪の長い髪が暗がりの中でもはっきりと見えたわ。あの方お知り合いか何か」

隆一は動揺を隠しきれず、しどろもどろに「知りません」と言うのが精一杯だった。

あの泣き声、隆一はてっきり人形から聞こえてきていたと思っていた。もしあの夜に泣き声の正体を確認しようと玄関の扉を開けていたら、隆一もその女を見たのかもしれないと思うとゾッとするのだった。

老婦人と別れ、駅へ向かう道の途中、例のごみ集積所が見えてきた。

あの袋のことが少し気になり横目でごみ集積所を見ながら歩く。

すると視界の中にあの袋を捉え、隆一は思わず立ち止まった。

ごみ集積所の入口には金網のフェンスがあり、そのフェンスの中央には扉が付いていたが、その扉の取っ手の部分にあの袋がぶら下がっていた。

隆一は慌ててその場を離れた。


それから隆一は駅までの道をあえて遠回りして、ごみ集積所の前を通らないようした。

そのあとあの袋がどうなったかは隆一は知らない。

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