ミラージュ ep5-影に咲く、誓いの刃-
守ることと、壊すこと。
それは刃の両面のようなものなのかもしれません。
今回は、ロボット・カロンの記憶に眠る“人間だった頃”の物語。
彼が背負う過去と、守る者としての覚悟が描かれます。
「……ここは……?」
ミラージュの幻影に囚われたカロンは、ひとり静かな廃墟に立っていた。
空は鈍く灰色に曇り、血のような赤い雨が降っている。
──コツン。
足元に転がるナイフ。手に取ると、かつての手の感覚がよみがえる。
「これは……私が、人間だったころの……?」
場面が変わる。目の前に広がるのは、豪奢な寝室。
シルクのシーツ、煌びやかな照明。そしてベッドに横たわるのは──男。
眠る間もなく、喉元にナイフが突き立てられる。
カロンの目が見開かれる。
「これは……私が殺した……!」
次に映るのは、酒と煙草の匂いが染みついたマフィアの本拠地。
暴力に溢れた笑い声、銃を片手に笑うボス。
そこにも、ナイフ一本で忍び込み、彼は静かに、正確に心臓を貫いていた。
──ただの仕事。命令通りに。
けれど、それだけでは終わらなかった。
小さな子どもが泣いている。中華マフィアの幹部の娘。
「見逃して……」と泣く彼女の瞳。
でも──彼は刃を下ろした。
「やめろ……見せるな……」
幻影の中で、ロボットの体を持つ今のカロンが、膝をつく。
しかし、ミラージュの声が頭に響く。
『そんなお前が守る? 笑わせるな。お前は、壊す者だ』
「……私は……」
罪の記憶に押し潰されそうになったその時──
ふと、遠い記憶がよみがえる。
──雨の日。
びしょ濡れの公園。
泥にまみれ、ゴミのように捨てられていた彼に、一本の傘が差し出された。
「なんだこのボロ雑巾みてぇなやつは。……おい、大丈夫か?」
その声の主は、マサキだった。
「施しなど必要ない……私は、もう処分されたアサシンだ……」
冷たく拒絶する彼に、マサキは笑いながら言った。
「なら、お前──これからは誰かを守って生きてみろ。……おれの息子を守れ」
その瞬間、頭に浮かぶ名前。
「……トモキ……!」
カロンは走り出す。だが──その行く手に、かつての“人間のカロン”が立ちふさがる。
黒いスーツにナイフを構えた影のカロンは、無言で突撃してきた。
その動きは異常なまでに速く、鋭く、正確だった。
ガッ。
装甲にひびが入る。
「こんな力で誰を守る? 守れるわけがない。あきらめろ。……弱い者に、何も守れはしない」
カロンは吹き飛ばされる。視界がぐらつく。けれど──その時、また別の記憶がよみがえった。
──ある日の路地。
カロンが修理中で動けなかった時のこと。
目の前に立ちはだかる、小さな身体。
「ダメ! カロンは、まだ修理中なの! だめ! 来ないで!」
牙をむく野良犬に向かって、震えながら叫ぶ小さなトモキ。
両手を広げて、今にも泣きそうな顔で、でも後ろに下がらずに──カロンを守った。
「……あの日、私は……守られた……」
カロンの心に、確かな光がともる。
「だから……僕は、もう迷わないデス……!」
その瞬間、カロンの身体が黒く光を帯びる。
装甲が変わるわけではない。ただ、色が深く染まり、闇を纏うような強さが現れる。
影のカロンのナイフを受け止め、はじき返す。
──カン!
「守るデス。たとえ、弱くとも……守る覚悟がある限り、私は戦うデス!」
黒く染まったカロンの一撃が、影のカロンを吹き飛ばす。
影は苦笑しながら、言葉を残す。
「……あの小さな命、大切にしろよ」
そして、煙のように消えていった。
……
ミラージュの幻影空間が崩れる。
カロンはセンサーを最大限に開き、トモキを探す。
──見つけた。
「トモキ、大丈夫デスか?」
「カロン!!」
トモキが泣きながら飛びついてくる。
「さっきは、言い過ぎたデス……ごめんなさい」
「ぼくも……ごめんね! これからも、そばにいてね!」
カロンは、静かにうなずいた。
「もちろんデス。命をかけて、お守りしますデス」
「……ユーリさんにも、謝りに行かなきゃ!」
「はい、すぐに向かうデス!」
カロンとトモキは、再び一緒に歩き出した。
その背中には、かつての影すらも背負いながら──
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は、カロンの心の深淵に迫る回となりました。
彼の罪、記憶、そして“守る”という選択は、旅の仲間たちにどんな影響を与えていくのでしょうか。
次回は、そんな彼らを守る戦士──ユーリのエピソードへと繋がります。
黒き騎士に秘められた真実が、いよいよ明かされる──。
お楽しみに!




