ミラージュ ep4-その幻に、負けない-
「過去の傷は、今の自分を否定するためにあるんじゃない。乗り越えるためにあるんだ」
幻視の星ミラージュが見せる“心の幻影”は、ただの幻ではない。
トモキの心の奥深く――他人に見せたことのない、黒くて重い記憶をえぐるように、彼を試してくる。
もう逃げたい、忘れたい、そう願った日々の記憶。
それでも、彼は立ち上がる。
傷だらけでも、不器用でも、信じた道を歩く勇気は誰にも奪えない。
今、トモキが“本当の自分”に出会う――その瞬間が訪れる。
真っ暗な空間に、ぼんやりと浮かぶ光。
その中央で、トモキは黒い影に囲まれていた。
影たちは口々に囁く。
「ここにいてよ、トモキくん。君のこと、すっごく褒めてあげるよ」
「君は天才だ。最高だ。だから、ずっとここにいて……」
にこやかな笑顔。優しい声。
でもその奥に、何か冷たいものが潜んでいることに、トモキは気づいていた。
「……違うよ……ぼく、帰らなきゃ。みんなのとこに……」
そう言った瞬間、影たちの目が黒く、赤く光り出す。
「それが答えか。なら――見せてあげよう。おまえの現実を」
光が揺れ、空間が変わる。
そこは――トモキの記憶の中。
⸻
■過去・飛び級の学校
「トモキくんって、すごいね!」
「もうこんな公式使えるの!? 天才だ〜!」
年上の子たちから浴びる賞賛の言葉。
自分が認められる。必要とされている――そんな日々。
でも、それは長くは続かなかった。
「またアイツかよ」
「あいつが来ると、目立てないんだよ!」
「勉強しかできないクセに、調子乗んなよ!」
彼らの目が、変わっていく。
クラスの空気が、冷たくなっていく。
そして、ある日。帰り道。
「来んなって言ったろ、天才くん」
3人の上級生に囲まれ、突き飛ばされる。
鞄が転がり、ガジェットが壊れる音が響く。
「やめてよ……」
「うるせぇ!」
「泣けよ、天才くん!」
地面に押し倒され、髪を引っ張られ、身体を踏みつけられ――
幼いトモキは、ただただ震えていた。
(……力じゃ、敵わないんだ……)
あの日。
トモキは学校をやめた。
誰にも言わず、誰にも頼らず、そっと消えるように。
⸻
「やめろっ……もうやめてよぉ!」
今、再び同じ光景が目の前に広がっている。
幻影の中で、あのときと同じように殴られ、蹴られ――
痛みも、怖さも、本物だ。
それでも、トモキは歯を食いしばる。
「おれは……帰るんだ……! みんなの……元に……っ!」
その叫びに反応するかのように、空間が変化する。
見えたのは――笑顔のシオン、カロン、ユーリ。
だけど……その顔が、冷たい。
「トモキってさ、うるさいよね」
「泣き虫だし、足手まといデス」
「トモキがいない方が旅はスムーズだよ?」
心が、また折れかける。
「……やだよぉ……そんなこと言わないでよぉ……」
でも。
トモキの目は、まだ生きていた。
「違う……」
小さく、でも確かな声で。
「シオンも……カロンも……ユーリも……そんなこと、言わない……っ!」
言葉とともに、空間に亀裂が走る。
だが――ミラージュは最後の一撃を放つ。
「それでも信じるのか? なら……これを見せよう」
現れたのは、トモキの一番好きな人。
「……パパ……?」
マサキ。
トモキが、誰よりも尊敬する父。
だけど、目の前のマサキは、冷たい声で言った。
「お前には……がっかりだ」
「全然できねぇじゃねぇか」
「もう、諦めろよ。向いてねぇんだよ」
その言葉は、トモキの心を突き刺した。
身体が、力を失い、地面に沈んでいく。
(……もう……だめなのかな……)
でもそのとき。
視界に、ひとつのものが映った。
転がった工具箱。
そこには、油性ペンで書かれた字があった。
《発明王かぶれ → 本物になるべし! by マク》
「……そうだ……」
「マクさんが言ってた……おれは、発明王になるんだって……!」
そして、脳裏に浮かぶ、父の言葉。
《科学は、不可能を可能にする学問だ。》
「負けない……! 負けるもんか!!」
「おれの発明で……みんなを助けるんだぁっ!!!」
叫んだ瞬間。
鏡のような壁に、大きなヒビが走る。
バリィィン!!
砕けたガラスの中から、もう一人のトモキが現れた。
「よく言った」
「逃げてたお前はもういない」
「自分を信じられなかったお前もいない」
「さあ、行け。仲間のもとへ――!」
声が消えるとともに、幻が霧のように溶けていく。
前を見ると、立っていたのは――カロン。
「カロンッ!!」
トモキは駆け寄って、彼に抱きついた。
「心配したデス、トモキ……」
「ううん……でも、もう大丈夫。おれ、見つけたんだ。自分を」
「立ち上がるその姿に、“強さ”が宿る」
ずっと小さく縮こまっていた心が、ひとつの言葉でほどけていく。
影の中でさえ、見つけた希望。
自分の存在を肯定してくれる“記憶”と“声”が、トモキに勇気を与えた。
そして迎える次なる試練は、彼のすぐ傍にいた存在――カロン。
かつて命を捨てかけた“暗黒”の記憶。
無機質なボディに宿った、“命”の意味が、いま問われる。
次回――
「誰より人間らしい、ロボットの物語」
カロンの心が揺れるとき、仲間たちは何を見るのか。




