ミラージュ ep3-幻の中の声-
星・ミラージュ。それは、見る者の心を映し出す、不思議な星。
今回の主役は、いつも泣きごとばかりの少年・トモキ。
ちょっぴり怒って仲間から離れた彼が迷い込んだのは――
「すごいね!」「天才だよ!」と、誰もが自分を認めてくれる夢のような世界。
でも、それは本当に“願っていた”場所なのだろうか?
優しさと誘惑に包まれた、甘く静かな罠。
トモキの小さな冒険が、静かに始まります。
「もう、知らないよぉ!」
トモキは怒ったように叫ぶと、シオンとカロンのもとを離れて歩き出した。砂を踏みしめる音が、遠ざかっていく足音にまぎれて消えていく。
あたりは霧のような白い光に包まれ、どこがどこだか分からない。さっきまでいた場所も、見知らぬ風景にすり替わっていた。
「……う、うぅん……こっち、だと思ったのにぃ……」
トモキは不安げに立ち止まる。だが、ふと思い出し、自作のガジェット「迷わナビMAX絶対帰宅くんDX」をポーチから取り出した。スイッチを入れると、くるくると円盤が回転し、立体地図がホログラムで表示された。
「ほらね……これがあれば、大丈夫なんだよぉ!」
そこに、不意に誰かの声が飛び込んできた。
「すごい!すごすぎるよ、それ!」
驚いて振り返ると、透明感のある瞳を持つ少年少女たちが、拍手しながら近づいてきた。
「こんな発明、見たことない!」
「君、天才なんじゃない?」
「他にもなにか見せてよ!」
トモキの頬がふにゃっと緩む。
「え、えへへ……じゃあこれは、『ちょっとだけ飛べるジャンピングスニーカーver.3』! えいっ!」
ぴょん、とほんの少しだけ空中に浮かぶトモキに、また歓声があがる。
「やっぱりすごい!」
「ずっと、ここにいてよ!」
褒められることに慣れていないトモキは、心地よいその世界に、つい身をゆだねてしまいそうになる。
「……みんな、優しいなぁ……こんなに褒めてくれるなんて、初めてかも……」
だが、ふと、胸の奥にチクリとした痛みが走った。シオンの声が、頭の中で響く。
『トモキ! あなたの発明が、みんなを助けるんだよ!』
「……シオン……」
トモキは顔を上げて、周囲の人影に聞いた。
「ねぇ、シオンと、カロン、ユーリを知らない? 一緒に来てたんだ」
すると、それまで笑顔だった彼らの表情が、すっと冷たくなった。
「さぁ、知らないな」
「そんな人たち、どうでもいいじゃない?」
「ぼくらといようよ、トモキ。ずっとここで、楽しく暮らそうよ」
トモキはぎゅっと拳を握った。
「……ごめんね。でも、ぼく、みんなのところに戻らなきゃ……!」
その瞬間だった。
周囲の人々の肌がひび割れ、光が消え、黒い影のような姿に変わっていく。目だけが赤く光り、口々にささやく。
「逃がさない……」
「ここにいればいいのに……」
「だれも君を必要としないのに……」
震える足で、それでもトモキは一歩、前へ出た。
「ぼくは……ぼくは、必要とされたいんだ。だから、行くんだよぉ!」
影たちがうねるように迫る。
たくさん褒められて、求められて、やっと見つけた“自分の居場所”。
そんな世界から離れるのは、とても怖いことです。
だけどトモキは、自分で決めました。
幻よりも――不器用でも、現実の仲間のもとへ帰ることを。
でも、ミラージュはそう簡単には逃がしてくれません。
「心の奥の影」を、次の罠として見せはじめるのです。
次の話でトモキは“自分自身”と向き合うことになります。
夢から目覚めた彼を待っているのは、今度はもっと厳しく、冷たい幻影――
どうか、最後まで見届けてください。




