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99.オンリー・ユー③

 「さっきぶりね。リザベラちゃん?」


 生徒に囲まれながら下に降りてきたリザベラへ向かって、タリラは弾むような声で話しかける。対するリザベラは神の元へ戻るために、はやる気持ちを押し殺しながら口を開く。


 「…………ゆっくりお話しするつもりはないよ。…………早く、かみさまの所に行かなくちゃ。おじさん、おばさん、あの人を倒して!」


 リザベラは対話の意思を見せず、周囲の生徒に命令を下す。それを受けた生徒たちは目前のタリラへ襲いかかる。幅が狭い廊下。多勢に無勢で、人に押されるかと思ったが、そうではなかった。

 押し寄せる生徒相手に、タリラはひらりひらりと軽やかなステップでかわしていく。時には生徒の股下をくぐり、時には生徒同士の拳がぶつかるように腕をつかんで誘導をする。そうしてかわしながらも、流石に疲れたらしく額に汗の粒を浮かばせながら口を開く。


 「ねぇ、リザベラちゃん。貴方は、自分のことが好き?」


 姿の見えないエリーを探していたリザベラは、突然の質問に戸惑う。そんな反応に関せず、タリラは続ける。


 「私は、私が大好きよ。貴方が探してるエリーちゃんもね。………」

 

 何故そんなことを聞くのか。意図がつかめないリザベラは苛立ちと混乱をはらんだ瞳でタリラを見る。


 「…………そんなこと、どうでもいいよ。それより、あたしはかみさまのとこに行かなきゃ。」

 「どうして?どうしてそこまで神の所に行きたいの?」

 

 心が読めるというのに、タリラは聞く。リザベラ自身の言葉を待つ。


 「どうしてって…。あたしは、あたしは、かみさまが大好きだから。あたしの話を聞いてくれたかみさまの役に立ちたいから。だから、早く、どいて!」


 生徒をいなしながら、怒号に怯むことないタリラは憐れみを感じさせる雰囲気を漂わせる。そして、ゆったりとした口調で続ける。


 「かみさま、かみさま、かみさま。貴方はそればかりね。………もう少し、自分に目を当ててあげなさいよ。」

 「っ!余計なお世話だよ!」


 何を今更。今まで、父も母も、自分自身を見てはくれなかったのに。そんな自分を見るなんて、無意味に決まっているのに。だから、リザベラは己が大切に想う存在の為に生きているのだ。それを否定するタリラを睨む。


 「自分に目を当てる!?そんなこと、しても、意味なんかないよ!見て、何になるの!?」

 

 耳をつんざくほどの慟哭。窓を震わせるほどの悲痛な叫びに、タリラは答えなかった。あくまで、タリラは。


 「何になる?そうね。少なくとも、自分の好きなとこが見えてくると思うわよ!」

 「!?」


 突然の声にリザベラは周囲を警戒する。しかし、それも既に遅い。彼女の視界の端には姿の見えなかったエリー。そして、足元には蛇がいた。

 蛇を払おうと手足をバタつかせるよりも先に、相手が動く。組んでいた手を蛇に離され、その拍子に操っていた生徒が糸を切ったマリオネットのように倒れる。


 いつの間にか背後をとっていたエリーはリザベラへ語りかける。


 「アンタの一番の理解者はアンタなんだから、きっと他人と同じくらいかそれ以上、自分を好きになれるわ。だから、もう少し自分を見てやりなさいよ。あんまりおざなりにしてると、疲れてることにも気付けないわよ?」

 

 リザベラは彼女の言葉をすぐには受け入れられなかった。いつだって、大切だと認識した家族や存在の為に生きてきたのだ。だと言うのに、自分を見つめろだなんて、難しい。容易くないことに出会ったとき、人は何を感じるか。答えは恐怖だ。

 今までとは違ったことをする。歩んできた道とは別の、外れた道をゆく。それはなんと恐ろしいことなのだろう。


 が、リザベラの心の内を読めるタリラは言う。優しく、温かく。


 「私は、知ってるわ。恐怖を抱えていても変わった人間を。だから、貴方もきっと大丈夫よ。…………もし、不安なら保健室にいらっしゃい。いつでも話を聞くわ。」


 らしくない表情。まるで聖職者のような温和な笑み。それにつられて、あるいは負けじとエリーも言葉を重ねる。


 「保健室で貰えるコーヒーは美味しいのよ!アタシもたまに行くの。だからリザベラちゃんも行きましょう!」


 2人の話を聞いて、リザベラは体の力を抜く。その拍子に床へ座り込む。

 すっかり脱力しきった少女は、提案に答える。


 「……………気が向いたら、行ってみようかな。」

 「あっ!気が向いたら行くって、あんまり行かない人が言うのよね!?」

 「あららん。それは悲しいわん。それじゃあ、無理にでも連行しようかしらん。」

 「そうね!覚悟しなさいよ!」

 「………ふふっ。そうするね。」


 喧しい声が白い廊下に響く。風は冷たくとも、白い床に反射する陽の光は温かい。眩しい光はまるで、変わろうとするリザベラを祝福するように窓から差し込むのだった。

 

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