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88.慈愛の信徒⑤

 俺達は明光(あきみつ)くんを探していた。リザベラ先輩が彼に別れを告げるためだ。途中でニィナさんと戦ったので、明光(あきみつ)くんは遠くへ行ったと思われたがそうではなかった。

 彼は俺達がニィナさんと戦った直ぐ側の木陰に身を潜めていたのだ。


 「アキミツくん…。」

 「ご、ごめん。オレ、盗み聞きしてた…。なんか、変な風が吹いてたから変に思ってさ…。」


 バツが悪そうに明光(あきみつ)くんは言う。しかし、リザベラ先輩は首を振って告げる。


 「謝る必要はないよ。大丈夫。」

 「そ、そっか。」

 

 先と変わって、風ひとつ吹かないこの場で、俺の喉が鳴る。緊張からつばを飲み込んだのだ。そんな音だけが耳に入る。

 張り詰めた空気の中、リザベラ先輩はようやく次なる言葉を出す。


 「あのね、アキミツくん。あたし、お別れをしに来たの。良い所を紹介してくれてありがとう。………元気でね。」


 俺達は明光(あきみつ)くんと出会って1日も経っていない。彼にとってもそうだ。故に、リザベラ先輩が何故それほど別れを惜しんでいるのか理解をしてはいないだろう。

 しかし、明光(あきみつ)くんは水を指すことなく別れに応える。


 「うん。さようならお姉さん達。………あっ、その前にひとつ頼み事してもいい?」

 「勿論。なんでも聞くよ。」

 「それじゃあオレの記憶を消して欲しいんだ。」

 「え?」


 意を決して語る明光(あきみつ)くんの意図は掴めない。どうして急に、そんな話になるのだ。

 詳細を急かす前に、彼自身が己の口で説明を始めた。


 「記憶っていうか、感情?………その、オレ、仏様になるのを納得してるけど、でも、やっぱり怖いからさ。お姉さん達、なんか不思議な力持ってるんだろ?だから、お願いしたいんだ。」


 恐らく彼は、ニィナさんとの戦いを見てそう頼んできたのだろう。俺は望みを叶えることはできないものの、リザベラ先輩になら出来るかもしれない。

 俺はじっとリザベラ先輩を見る。彼女はなんて答えるだろう。大切な人の為に、どう動くのだろう。


 「…………分かった。任せて。」

 「ありがとうお姉さん。」


 リザベラ先輩は静かに答えると手を組む。そして、明光(あきみつ)くんに触れた。


 「あのね、『お兄ちゃんは仏様になる恐怖を忘れるの。』」


 瞬間、明光(あきみつ)くんが倒れ込む。気を失ってしまったようだ。


 「………お兄ちゃん、村まで運ぼっか。」

 「分かりました。」


 俺は先輩に従って、明光(あきみつ)くんを背負う。彼がやって来た方角を辿れば、村には到着するはずだ。そうして俺達は村近くに明光(あきみつ)くんを送り届ける。

 それを終えると、俺達は村を離れる。村が豆粒ほどに見えたところで、リザベラ先輩はじっとそこを見つめていた。風の音だけが俺たちを包む。


 沈黙の中、俺の頭にあるのはリザベラ先輩の選択だけだった。彼女は選んだ。大切な人の為に、身勝手とならないような選択肢を。


 「……先輩の神託の力は記憶とか感情も消せるんですね。」

 「うん。………でも、感情を消すにはそれに関する記憶も少し消さなきゃいけないんだ。…………だから、あたしたちのことも…。」

 「そう、なんですね。」


 先輩は己の手で明光(あきみつ)くんの記憶を消したということか。それはなんて残酷な選択なのだろう。大切な人の記憶を消してしまうとは。

 いや、俺が悔やんでも仕方がない。どうあれ、先輩は選択した。選んだんだ。


 「先輩は凄いですね。再認識しました。」

 「そう?」

 「はい。………俺も、人のこと言えないぐらい勝手だったなって、今、思いました。」


 俺はハインセさんと家族になりたいという気持ちを押し通した。結果として受け入れてもらったが、考えてみれば我儘極まれりだ。少し、自分を恥じる。


 「今日のこと、覚えてます。ずっと。先輩の選択した答えも。俺は、貴方を尊敬します。」

 「…………そっか。ありがとうお兄ちゃん。あたし、お兄ちゃんの先輩としてちゃんとしなきゃね。」


 なんて話していると俺たちの身体に変化が起きる。足元が透明になってきたのだ。異世界に留まるタイムリミットということか。

 

 空を見上げる。そこは、異世界だろうとなんだろうと変わらず青く、白い雲が足早に進んでいた。俺が死んでも、リザベラ先輩が明光(あきみつ)くんと別れを告げても、きっとこの空は変わらず流れていく。

 胸がすくような気持ちになりながら、瞳を閉じる。


 こうして俺達の異世界の旅は終わった。

 

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