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71.刹那の烈火②

 オッヘルくんと彫刻を撤去した翌日、俺は再び芸術倶楽部の部室を訪れた。放課後になり、日が傾いている。すっかり涼しくなって暗くなるのも早い。

 空の境界が曖昧になっている時間に、部室の扉を叩く。返事はない。オッヘルくんは居ないのだろうか。そう思って、扉を開けてみる。


 「失礼します。オッヘルく、ん、」


 部屋へ入って視界に映るのは散乱とした様子だった。部室にあった彫刻や絵画、そしてテーブルの類が壊されて転がっている。

 一体誰が。そんな疑問がよぎる間もなく、答えは分かった。犯人が目前にいるんだ。その人は、昨日、オッヘルくんに絡んできた球形遊戯(ラウンダン)同好会の女生徒だった。


 彼女は俺に気付くと悪びれもなく鼻を鳴らす。


 「何、お前。またこんなとこ来たんだ。暇なんだね。」

 「………なんで、こんなこと、してるの。」

 「何でって、言ってるでしょ。うちはここの部室が欲しいの。だから芸術倶楽部とかいう下らない倶楽部には出てって欲しいんだってば。」


 部室が欲しい。それだけの理由で、ここまでするのか。俺はつい、彼女を睨む。しかし、怯むことなく女生徒は続ける。


 「こっわぁ。睨まないでくんない?ってか、うちがこんなことしようがしまいが、芸術倶楽部なんて潰れるよ。」

 「どういうこと?」

 「倶楽部を作ったオッヘル・オリヴァの神託の力がなんて名か知ってる?」


 今、聞きたいことがあるのは俺なのに、彼女は逆に質問をしてくる。仄かに苛立ちながらも答える。


 「知らない。」

 「なら教えてあげる。彼の神託の力の名は『刹那の烈火』。分かる?神託の力ってのはその人間の過去や現在、未来を表現するの。」


 つまり、彼女はこう言いたいのか。『刹那の烈火』であるオッヘルくんは、文字通り瞬く間に消えてしまう、と。だが、そんなのただの方便だろう。何から何までその通りになるとは、

 なんて思っていると挑発的に女生徒は口を開く。


 「可哀想にねぇ。オッヘル・オリヴァの父親は『盛行な(ほむら)』って呼ばれてたのに、息子が『刹那』なんて不吉なモノなんて。」

 

 馬鹿にするような言い方に、俺の頭が熱くなるのを感じる。

 神託の力の名が何だというのだ。そんなものがどうあれ、オッヘルくんはオリヴァ家を背負うと励んでいるではないか。だというのに、『刹那の烈火』と称されただけでその頑張りまで否定される謂れはないだろう。


 彼女へ言い返そうとすると、俺の背後から声がした。


 「また、君かい。」


 やって来たのはオッヘルくんだった。彼はこの部屋の惨状を見ても、いたって冷静だ。本来ならば冷静でいられる筈もない。だって、部室にあった作品はもれなく崩されているんだ。それなのに、オッヘルくんは表情ひとつ歪めない。


 「あのさ、そろそろ決心してくれた?うちとしては早く部室を明け渡して欲しいんだけど。」

 「何度も言っているが、その件は断る。」

 「……あっそう。『刹那の烈火』のくせに、未練がましいね。さっさと散っちゃえば良いのに。」


 子供じみたことを言う女生徒。にも目をくれず、オッヘルくんは破られて倒された絵画を起こす。片付けをするようだ。

 あいも変わらず平然としているオッヘルくんが気に入らないのか、女生徒はわざと声を張り上げる。


 「まっ、お前の親も『盛行』なんて言われたけどすぐにくたばったもんね。案外、神託の力の名前って当てになんないのかも。じゃなきゃ、しょぼいまま死んだお前の親が説明つかないよね。」

 

 ヘラヘラと笑う女生徒に対して、オッヘルくんは今までにないほど声を低くして発言する。


 「………僕を何と言っても構わない。だが、君に、父様について何か言う筋合いはない。」

 「なぁに?怒ってるわけ?でも事実でしょ。神様も泣いてるよ。『盛行な(ほむら)』なんて立派な神託の力を授けたのに、すぐ死んじゃってさ。あーあ。可哀想な神様。」

 

 女生徒の高い声が、その声で紡がれる言葉が、俺の頭にこだまする。それが、とても気に触った。

 気付けば、俺は彼女に負けないぐらい声を出していた。


 「君は!部室が欲しいんでしょ!なら、オッヘルくんの父親を侮辱なんかしてないで、実力で取ったらどうなの!?」

 

 突然の大声に、場の空気が滞る。


 僅かな沈黙。先に口火を切ったのはオッヘルくんだ。


 「そうだね。彼の言う通り、勝負でもしようか。賭けるのは部室。どうだい?」

 「…………良いよ、別に。『刹那の烈火』がここまでだってこと、証明してあげる。」


 こうして、芸術倶楽部の部室を賭けた勝負が始まろうとしていた。

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