70.刹那の烈火
球形遊戯同好会の生徒が部室を去った。彼女は、オッヘルくんの彫刻を手荒に扱って、そのまま行ってしまう。俺はそんな女生徒を追い掛けようとしたが、当のオッヘルくんが止めた。
「ヤシキくん。追う必要はない。」
「ど、どうして?あの人、君の作った彫刻に酷いことしたんだよ。」
謝罪とまでは行かないが、文句を言う権利はあると思う。だからこそ、女生徒を追いかけたい。そう思っての発言だったが、オッヘルくんの考えは違うらしい。
彼は俺を再び椅子に腰掛けさせて、言う。
「良いかいヤシキくん。事実確認というのは、何より優先させるべきことだ。」
「……オッヘルくんの彫刻を壊されたってのは、事実だと思うよ。だから、俺はあの人を追いかけようと、」
「彼女は言っていただろう?君は芸術倶楽部の人間でないと。それは事実だ。つまり、君がこの問題に首を突っ込む必要はない。不要な非難を浴びてしまうからね。」
人差し指を立てたオッヘルくんは、そうして俺を説得する。
理屈は分かる。確かに、俺は部外者だ。故に口出しは要らないのだろう。それでも釈然とはしないが、オッヘルくんの強い眼差しの前ではこれ以上弁明出来る自信が無かった。
俺が反論しないと察したのか、オッヘルくんは咳払いをして話を始める。
「さて、本題に戻ろう。君は主について聞きたいのだろう?」
そういえば、そうだった。俺は彼へ神様について聞きに来たのだ。その代わりに頼み事を聞くという条件を立てた。
先の出来事に引っ張られつつも、俺は頷く。
「うん。オッヘルくんは、神様に直接会って仕えてるんでしょ?」
「あぁ。………詳しく話したいところだが、今日は日を改めてくれないだろうか。予定がおしてしまってね。」
「そっか。分かった。それじゃあオッヘルくんの空いている日に話をしよう。」
「助かるよ。」
残念ながら今日は話を聞けないらしい。頭を切り替えて、俺は芸術倶楽部の部室を出る。残念だが仕方ない。
そうして帰路につこうとした俺の背に、声がかかる。
「ヤシキ!話は終わったのかしら?」
振り向くと、そこに居たのはエリーさんだった。そういえば彼女と共に芸術倶楽部を訪れたのに、気が付けばエリーさんは居なくなっていたな。
「エリーさん。実は、詳しい話は日を改めることになったんだ。」
「へー、そうなのね。じゃ、帰るの?」
「うん。」
「丁度良かった。アタシも帰るのよ。」
そう言って彼女は横へと来る。俺は疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「そういえばエリーさんは何処に居たの?一緒に部室へ行ったのに、居なくなってたから。」
「そこら辺ふらふらしてたのよ。だって、オッヘルって頭が硬いんだもの。ずっと一緒に居たらヘトヘトよ?」
「そ、そっか。……でも、前よりは柔軟になったって言ってたよ。」
オッヘルくんが女生徒と話しているのを思い出す。
俺も、以前の『女のくせに』なんて言う彼よりは今の彼の方が話しやすくていいと思う。
それに対してエリーさんは軽く手を振って続ける。
「そうねぇ。まぁ、前がよっぽどだったもの。」
「あはは。オッヘルくんって、ずっと前みたいな感じだったの?」
エリーさんはオッヘルくんの婚約者だ。つまり、彼のことを昔から知っているのかもしれない。
すると、彼女は眉をやや下げて答える。
「えぇ。でも、ホントに小さい時はそうでもなかったのよ。オッヘルの父上が亡くなってから、変になっちゃって。」
「お父さんが…?」
「そう。オリヴァ家を継ぐためとか何とかで、変に気を張って、意地も張って。だから、今はマシになったわね。」
そんなこと、彼は一言も話さなかった。いや、身の上なんてのはそうそう話すものでもないかもしれないが。それでも、素振りさえ見せなかったのは、オリヴァ家の長男としてのプライドか。
同級生というのに、これ程まで違うのか。改めて驚く。
それと同時に、俺は今日の選択を後悔した。彼が彫刻を壊された時、もう少し粘れば良かったかもしれない。
だって、オッヘルくんも悔しさを感じていたはず。だと言うのに、オリヴァ家を代表するから取り乱さないようにしていた可能性がある。
もしそうであるなら、俺が彼の代わりに感情的になれば良かった。
いや、どうだろう。
止まらぬ思考に反して足が止まる。
オッヘルくんは事実確認が大切だと言った。そして、彼の言う通り、俺はオッヘルくんにとって部外者で。
だから、俺にはそんな資格は無いのかもしれない。だとしても、重荷を背負っているオッヘルくんが潰れてしまわないか、心配だった。それは燃える炎が消えゆくのを見守るような気分だ。




