57.二心の呪い
「収穫祭なんて久々に来たな。」
学校へ足を踏み入れたハインセは一人、そう呟く。すると背後から男の声がした。
「何だ貴様。ヤシキの様子でも見に来たのか。」
「おう。アイツ、随分力入れてたからな。」
声をかけてきたのは旧友であり、ここの教師をしているフィルだ。彼は己の腕を組みながらハインセの隣へ来る。どうやら共に収穫祭を回るつもりらしい。
「で、ヤシキの教室はどこにあんだ?」
「案内してやる。……ところで、今日は酒を飲んでないのだな。平気なのか。」
「あ?おう。理由は分かんねぇが、今日は頭の中で声がしやがらねぇ。」
そう言ってハインセは自身の頭を指で突く。彼は数十年、頭の中で自分でない声が聞こえる呪いに苛まれていた。しかし、不思議と今日は頭の中がクリアなのだ。
故に、気を紛らわす為の酒も不要だった。
「そうか。ふっ。呪いも貴様に愛想尽きたのかもしれんな。」
「そりゃあいい。」
2人は笑い合いながらヤシキのいる教室へ向かう。その道中、女生徒の大声が聞こえた。内容は分からない。が、つい立ち止まる。
声がしたのは校舎の上の辺りからだ。教師として、何かあったのかとフィルは見上げる。窓から顔を出して上を見ても、特にこれといって異変は見られない。
それでも懸念はあった。今日は折角の収穫祭なのだから、トラブルがあってはいけない。
「ハインセ。悪いが私は少し、あそこの様子を見てくる。ヤシキの教室はすぐそこだ。」
生徒との会話を終えたハインセはフィルへ答える。
「いや、俺も行くぜ。聞いたところ、ヤシキは校内回ってるらしいからな。まだ会えねぇみてぇだ。」
「そうか。なら、来てくれ。あぁ、暴れてはくれるなよ。」
「今日は酒入ってねぇから、心配はいらねぇよ。」
そうして2人は声のした上階へと上がった。階段を登る。途中、ハインセは北の棟へ続く渡り廊下が目に入った。それだけだと言うのに、彼の胸はヤケにざわつく。
渡り廊下を眺めているとフィルは様子を尋ねてくる。
「?どうしたハインセ。」
「いや、妙な胸騒ぎがしてよ。……こっちではなんかやってんのか。」
北の棟へ顎をやって聞く。フィルは首を振って答えた。
「まさか。今日は北の棟へ立ち入る人間など居ないさ。……もしかすると、声は北の棟の上から聞こえたのか…?」
顎に手を添えて思い返す。答えは直ぐ様でてくることはなかった。しかし、ハインセの勘はよく当たる。それが呪いのせいかは知らないが。
どちらにせよ、北の棟を確認するのも悪くはないだろう。
「念の為、北の棟も確認するとしよう。」
「………だな。」
用心をしつつ、2人は渡り廊下を通って北の棟へやって来た。のだが、どうにも後ろをついてくるハインセの様子がおかしい。
先程までとは打って変わって、額に汗をにじませる表情はかなり深刻なものだ。
「………声が、戻って来やがった…。それも、いつもよりうるせぇ…。」
「……もしや、この辺りに何かあるのか…?」
呪いの詳しい研究は未だ進んでいない。ただ、神に見捨てられたものが呪われるとだけ言われる。故に、ハインセの容態が変化した原因はよく分からない。
「………こっち、だ。」
ハインセはかする声のまま、足を進める。その先にあるのは、会議室だった。生徒や教師が使うものだ。彼は迷いなくそこへ入る。
中はコの形をした机が大部分を占めている。机に添えられるように、椅子がいくつか置いてあった。その椅子の内の一つ、出入り口から離れた場所に座る人間がいた。
そして、出入り口には見覚えのある男子生徒もいる。
「ヤシキ…?こんなところで何を…。」
フィルの言葉を待たずして、椅子に座るフードの人間は愉快そうに言う。
「まずは、第一の来訪者、というわけだ。」
その声は低くい。フィルはフードの男を警戒する。
「ふっ。そう身構えるな人の子よ。我はただ、余興を楽しみに来ただけだ。」
「随分大層な態度だな。悪いが、部外者が北の棟へ立ち入るのは禁止だ。」
「部外者…?そう悲しいことを言ってくれるな。」
男はそう言ってフードを外す。そこから現れた顔は見知ったものだ。いや、見知ったと表現するのは無礼。何せ、彼の顔は教会にある彫刻と相違ない。つまり、
「まさか、神だと…!?」
「そうだ。人の子らが奉ずる主だとも。崇めることを許可してやろう。」
尊大な態度の男、いや、神はそう言って両手を広げるのだった。




