56.従順たる道化③
エリーはクロンスのいる屋上の方へ向かっていた。正確に言えばその下、5階にある教室だ。彼女はそこにつくと己の蛇に話しかける。
「クロンスちゃんのことは知ってるわね。あの子を助ける為に、今から言うことを覚えて頂戴。」
そうして自身の策を蛇に伝える。蛇は頷く訳では無いが、意思疎通を図れているのは理解していた。そして、準備を終えたエリーは教室の窓を開ける。息を吸い込み、作戦開始とする。
「すぅ…。クロンスちゃん!聞こえてるかしら!まだ戦ってたら、アタシを信じて床を崩して!」
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『すぅ…。クロンスちゃん!聞こえてるかしら!まだ戦ってたら、アタシを信じて床を崩して!』
クロンスと研修医タリラのいる屋上に、エリーの声が響き渡る。その声を聞いた途端、クロンスは安心した。どうやら、エリーの身は安全であったらしい。
何故彼女が床を崩せなんて言ったか、クロンスには分からなかったが、それでもすぐ実行に移そうとした。神託の力を使い床に手をあてようとしたクロンスを見て、研修医タリラは眉をひそめる。
「貴方、ホントに床を崩すつもり?下に落ちたらただじゃすまないわよん?」
「エリーちゃんが信じてと言ってるんです。やらない理由なんてありません。」
彼女は真っすぐ言い放つ。友を信じるその態度はもはや狂信的にすら思えた。それでも、クロンスは構わないと感じる。
そうして迷いなく神託の力で床を崩す。タリラは咄嗟に逃げようとしたが、それよりもクロンスが床を崩し終える方が早い。
屋上の床がぽろぽろと崩れる。無論、その上に立つ彼女達は重力に従い落下していく。その最中、タリラは見た。屋上から落ちた先の教室で、エリーが待ち構えているのを。
そしてエリーは落下するクロンスの下に滑り込む。彼女はギリギリといったところでクロンスの体をキャッチした。
反対にタリラは地面に叩きつけられる。何とか受け身をとったものの、打ち付けた体はやや痛んだ。だが、決して笑みを絶やさない。
「ん、ふ、ふ。酷いことするわねん。人様を床に落とすなんて。アタシ、体が痛くて痛くて仕方ないわん。」
どうにか回る口で相手の意識を割いて時間を稼ぐ。だが、その瞬間、手足へひんやりとした感触を感じる。何事かと見ると、蛇が巻きついていた。
「アンタ、心がよめるのよね?それじゃ、その蛇はアタシのだって分かるはずよ。もう、アンタの自由にはさせないわ。諦めなさい。」
エリーは毅然と己の勝利を伝える。しかし、タリラは閉口することない。
「こんなことをしてホントに良いのかしらん?アタシは神のしもべよん?神から指示を受けてここにいるのよん?貴方達、罰当たりになるかもしれないわん。」
その言葉にエリーと顔を合わせたクロンス。そして、タリラへ向いて自身の考えを口にする。たとえ、相手が心を読めても言葉にする。
「タリラさん。貴方は、自身で言っているほど神へ忠誠などないのではないのですか。」
「どうして、そう思うのかしらん?」
「私と会話をしているからです。心を読めるのに、わざわざ私の言葉を聞こうとする。それは、貴方が寂しがり屋だから。だから、貴方は自分の欲を満たすためだけに、こうして対峙している。私はそう思いました。」
クロンスの言葉を受けたタリラは頬を緩めて、盛大に笑う。彼女の発言は機械的で、ただの分析でしか無かった。その中には憐れみも思いやりも何も入ってはいない。
「あは!あははっ!えぇ!そうよん!だから、まだまだ遊びましょう!」
己の心を推し量られても、タリラは調子を崩さなかった。むしろ、開放的になった彼女は自身の為に物事を進めんとしている。
2人の問答を見聞きしたエリーは、そんなタリラへ指さし、宣言する。
「悪いけど今はヤシキの方も心配だから、アンタに構ってる暇はないわ!遊ぶんなら別の機会にしてあげる!……行きましょ、クロンスちゃん!」
それだけ言って、エリーとクロンスは去ってしまった。一人残されたタリラは少しの間放心状態にあった。その後、敗北した彼女は満足そうに呟く。
「あららん…。振られちゃったわねん。ふふっ。また今度、遊びましょうね…。」
2人が出ていったドアを見つめる。『従順たる道化』。その神託の力を受けたタリラは、己の享楽がこの先も約束されたと感じ、上機嫌で立ち上がるのだった。




